第30話 3年後


 ことはの死書を回収しようとしていた死書官は、高島だった。

 確かにリストに名前があったのに、どうして消えてしまったのか不思議には思っていたが、まさかそれが優子によるものだとは知らなかった。


「まさか……お前の子供だったとは。花咲の嫁であるお前が、俺と同じ死書官だったと知った時も驚いたが……死書の書き換えを無断で行うのは、禁止されている。それを知っていて……なぜ…………」

「死書官である前に、私は一人の母親なのです。たとえ、自分の回収リストに肉親の名前があっても任務を遂行しなければならないのは死書官として当たり前だと言われるでしょうが……私には、できませんでした」


 実は高島は、ことはの父方の祖父母と知り合いだった。

 それは優子が結婚する前からのことで、嫁だと紹介され、何度か顔を合わせたことはあったが同じ死書官であることを知ったのは割と最近になってからだ。

 それも、聞けばあの神威家の娘。


 死書官としての心得は、だれよりもあると思っていたのだが……

 それでも、子を思う母親の気持ちに勝るものはなかったのだろう。


「……それで、そのカギを送るのは、なぜ3年後なんだ? それも、娘の誕生日とはどういうことだ?」

「私は、あのカギが本当に未来を変えることができるカギなのか、実験をしました。3日後、1週間後、1ヶ月後のことはに起きてほしい出来事を、死書に書き記したのです」


 優子はことはの死書を開いて高島に見せた。

 通常の死書は文章は黒い文字で書かれているが、とこどころ、赤い文字が間に書かれている。


「この赤い文字で書いたことはの未来は、すべて実現しました。どう書いても、本当に不可能だろうと思うようなことでも、必ず実現したのです。使い方を間違えれば、これはとても危険なカギであるとわかりました」


 未来を変えることのできるカギ。

 普通の過去を変えるカギでも、死を取り消すことは可能であるが、そこまでだ。

 死書にその先を、未来を書き記すことはできない。

 しかし、このカギなら、未来を自由自在に変えることができる。

 ということは、すべてが思い通りになるということ。

 手にしたものは、時の神になれるといっても、過言ではないだろう。


「でも、私は時の神ではありません。なにかの拍子に、封印を偶然解いてしまっただけです。何年先の未来まで有効なのかわかりません。それに、娘のこれからも続く長い人生を、私が勝手に決めるのもどうかと……」


 優子は、3年後の12歳になることはの死書に書いたのだ。


“時の彼方へ行けるカギを受け取り、死神図書館へ行く”


 そして、さらに6年後の15歳になることはの死書には、こう書いた。


“6年前の花咲優子に会いに来る”



「なん……だと? では、まさか……そこにいる死書官が————」

「ええ、私の娘です。15歳になった花咲ことはです」



 * * *



(15歳の……わたし!?)


 優子と一緒にいるこのメガネの死書官の正体が、15歳の自分……つまり、今から3年後の自分だなんて、ことはは全く想像もしていなかった。

 メガネをかけているから……というのもあるが、身長も、体型もすっかり大人の女性になっている。


「15歳なのか……人間の成長期って本当にすごいよね。たった数年で、あんなに大きくなるなんて……別人じゃないか」


 奏は成長したことはの胸のあたりをじっと見て、それから今となりにいることはのも見た。


「ちょっと……!! どこ見てるのよ!!」


 聞こえないように小声でツッコミを入れるが、そんなことをしている場合ではない。

 15歳のことはの口から、この事件の犯人が明かされようとしているのだ。



「それで、この事件の犯人は、一体、だれなんだ?」


「それは……————」


 15歳のことはが、犯人の名前を口にしようとした、その時だった。

 急にガタガタと、教会の古びた棚が揺れだした。


「じ……地震!?」


 立っていられないほどの強い揺れ。

 教会の天井が崩れ始める。


「ちっ……こんな時に! とにかく、ここから逃げるぞ……!! 生き埋めになってしまう」


 高島、優子、そして15歳のことはは教会から避難しようと走った。

 その様子を見ていたことはと奏も、3人の後を追いかけるように走った。


「きゃぁああっ!!」


 高島が出口を出たところで、後ろにいた優子の目の前に瓦礫が崩れ落ちて来る。


「神威!!!」


 そこで、高島の死書から、優子が消えた。

 こちら側の状況がわからない高島の死書に、優子の様子は残っていない。



「やっぱり、ここで終わるのね……」


 15歳のことはが残念そうにそうつぶやくと、くるりと振り返り、12歳のことはの耳元で囁いた。

 奏には、聞こえないように……そっと。


「違法死書を止められるのはあなただけ。あなたはもう、すでにあのカギを持っているわ。そのことを、奏に気づかれてはダメよ」


 15歳のことはの胸にある死書官のカギとミッピィのペンダントが揺れ、紫の光が放たれた後、高島の死書の中から15歳のことはが消えた。



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