きみへの返事はいつも二文字

中村悠

第1話

前半、女性視点

後半、男性視点です。


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 今日も奴から返ってくる通常運転の返信に安堵とガッカリの息が漏れる。

どんな文章を送っても奴からの返事は、いつも二文字。




 おけ


 りょ


 なる


 だね


 かも


 そう




 大体が、これらのローテーションだ。

 私がどんなに長い文章を送っても二文字でぶった切られるのだ。悩みに悩んで綴った長い文章であっても、だ。ばっさりと「へえ」とか「あそ」とか「草」とかって。

 学校の課題について質問したら。



 だる



 と二文字ソッコーで返って来た。

ならばと奴の好きなゲームについて触れてみたら。



 神


 良き


 やば


 すご


 だろ


 どや



 と、どんどん返事がヒートアップしながらも変わる事なく返って来る二文字。


 そもそも奴は学校でも口数は少ない。ディスコードも繋がってるの?と思うくらいに無音だ。愛想もなくぶっきらぼうで。でも、さりげなく合わせてくれたり、気づかない程度に優しい。

 きっと私しか奴の繊細さや優しさに気がついていないんじゃないかと一人得意げになる。

 だから、気を遣って話題作りとかしなくていいし、愛想笑いなんてしなくて良いし、無理にテンション上げておしゃべりしなくてもいいし、外見の褒め合いもないから服装も全身流行フル装備で固めることもしなくていいし、と奴の優しさに付け込んで、つまるところ自分らしさ全開で中も外も着飾らない私が出来上がっていた、奴の前では。

 それが奴にとって好ましいことなのかどうかなんて気にした事はなかった。ただ私が居心地が良かっただけなのだ、自分勝手に。


 出会ってすぐに自分から「ID交換しよう」と言って、無表情の奴のスマホに自分のスマホをかざした。すぐに「よろしく」と普段擬態するときに使う、陽キャ女子が使いそうな可愛い絵柄を送ったけれど、返って来たのは「よろ」の二文字だった。そしてそこからの私の勝手な負け戦。いつか三文字以上の返信をもぎ取ってやろうと頑張ってみるものの全て撃沈。勝手に気分が浮き沈みながらも、二文字に込められたメッセージを読み解く日々が続いた。

 ちなみに課題でわからないところ(理系)やゲーム攻略なんかは、奴の模範解答の写真やゲーム画面のスクショが送られてくるので、これは三文字以上とはみなさない。

 私の為にちくちくと文字を入力させたいという、どうしようもなくあほな願望だからだ。

 それは普段無表情な奴が「ぷはっ」と吹き出すのを見た時に芽生えた感情だったと振り返ってみれば思うのだ。自然体の自分が彼の笑顔を引き出せた悦びに嵌ってしまったのだと。

 笑顔を引き出したいとか三文字以上の返信を貰いたいとか思って策を練っている段階で、それはもはや自然体とか言わないと途中で気がついたのだが、自分を偽らず無理のない行動なら良しとしようとマイルールを勝手に定めた。

 だから、余計に送る文字に悩むのだ。

自分らしさを無くせば、三文字以上の返信を引き出すことは正直難しくはないだろう。

だけど奴との普段の何気ない日常会話で三文字以上を引き出したいのだ。二文字以内で表せないやりとりが、私達二人の間にはあるのだと。





 その日、学校で奴の姿がなかった。

奴の友人に声をかけると、「体調が悪くて休むってさ」と教えてくれた。

 慌ててメッセージを送る。「体調はどう?」と。

すぐにピコンと反応があったけれど



 だる



と一言、いつもと変わらないメッセージが画面に現れた。



           熱は?


 ある


          まじで!

     今日は家の人いる?

     なんか持っていく!


 いい


         アイスとか

         ゼリーとか


 寝る


          お見舞い

       行っても良い?

      食べたい物ある?

      持っていこうか?



 最後は既読もつかなかった。次の日の朝もそのままで、既読がついたのに気づいたのは昼休み。放課後にはゲームのスクショが送られて来てあったので、少しは回復したアピールだろう。


 奴の家の前でメッセージを送る。奴の家のマンションには何度か、数名でゲームしに来た事がある。リビングや奴の部屋でギャーギャー騒ぎながら盛り上がったが、奴だけは相変わらず無表情だった。




        私リカちゃん

      今家の前にいるの


 は?




 すぐに既読がつき返信が来た。どうやら起きてたようだ。熱にうなされているといったことはないかも。ほっと胸を撫で下ろす。




        だって返事に

          ゲームの

          スクショ

      送られて来たから

       誘いかと思って


 はあ


        なんて、嘘。

      玄関のドアノブに

        かけておくね


 なに



 返信せずにガサガサと袋をかけて、扉の前を足速に去った。これが二次元の少女漫画なら、扉が開くのを待って、「お見舞いに来たよ〜」ってなるところなんだろうけれど現実にはそうはいかない。

 奴は病人だし、仮に病み上がりだとしても、風呂入ってないかもだし、髪の毛ベタベタかもだし、パジャマや部屋着はリラックスしやすいようにあえてのヨレヨレやくたくたかもだし。自分が見舞いに来られた側なら、友人であっても嫌だ。異性ならさらに無理だし、好きな人なら尚の事。ちなみに私の部屋着は、くたくたの伸び伸びだ。

ちなみに入院とかのお見舞いもそういった理由から敢えて行かないのだが、それによって同級生から「冷たい人」と言われた過去がある。

 奴もドアノブのぶら下がった袋を見て私のことを冷たいやつだと思うのだろうか。だけど自然体で行くと決めたのだから、自分を取り繕ったりなんかしない。

とりあえずただでさえ食の細い奴のことが心配で、奴の好物を袋に詰め込んでぶら下げて帰ってきたことに満足する。所詮これも自己満足だ。

だが奴からの返信に安心した。



 見た



 と送られたあと、ちょっとして



 うま



 と返ってきたのだ。たった二文字に顔が歪む。たった二文字だけなのに私を浮かれさせ、ドキドキさせるのだ。奴が誰にもわからないくらいに口元を緩ませ、ぱくりと食らいつく姿が脳裏に浮かぶのだ。二文字なのに奴の破壊力たるや、否、己の妄想力にのたうち回る。



 おれ

            俺?



 コレ

           これ?



 すき

           だよね

          知ってる



 奴の家に遊びに行くたび、奴の好みのものを持ってお邪魔しているのだ。中でもどれが「神」で「美味」で好きなのかは奴のほんの少しピクピクと下がる口元でリサーチ済みだ。しばらくののちメッセージが送られてきた。



 もう


           もう?


 だめ


          どした?

         弱ってる?


 かも


      いっぱい食べて!

         ただでさえ

         食べなくて

         心配なのに



 やば


         やばいって

        何があった?



 好き


           だから

        知ってるって

       この間食べる時

      口元緩んでたよ〜



 まだ

           まだ?

          「まじ」

       の打ち間違い?


 ……


           おーい


 里香


       お!起きてた!

     寝落ちたかと思った



 にじ

           二時が

        どうしたの?


 無理

           イミフ

          どした?


 あす


        明日の二時?


 あほ


             は?

         なんであほ?



 そしてそれっきり返信のないままのだいぶ経ってからの夜、寝る寸前に送られてきたメッセージ。



 ごめん

 俺があほだった

 明日、話させて



 二文字を超えるメッセージだったけれど、まさかの謝罪の言葉と不穏な気配に迷った挙句「りょ」と二文字だけ返した。







******





 高校も二年に上がって、新しい教室に新しいクラスメイト。無表情だと言われる俺は表にこそでないものの、内心ではひどく不安な新学期だった。幸い親友とも呼べる友人が同じクラスになれたので、そいつとばかり過ごしていた。

 だけどいつのまにか隣の席の女子と少しずつだけど会話するようになった。彼女もゲームをするらしく、俺と友人の会話におずおずと入ってきたのが始まりだったように思う。

 二人でしゃべっているうちにみんなでゲームしたいねって話になって、その流れで彼女が俺のIDを聞いてきた。

その場で彼女がメッセージを送って寄越すから

「よろ」って送ったら


「よろしくのよろなのか、ヨロヨロのよろなのか、あ、喜びのよろかも〜」


ふふって彼女が笑って言うから、ドキリとした。

言い当てられたと思ったからだ。


 母親が三交代の仕事に変わったこともあって「適当に食べるから俺のことは心配すんな」と思春期特有の気恥ずかしさを盾にぶっきらぼうに気遣ってみたものの、慣れない環境に食欲も無く、親さえ気づかない胃の痛みに耐える俺はマジでしんどくて。

 でも隣の席の彼女と話すゲームの会話が気が付けば俺を支えていた。

緊張によってさらに無表情になるうえ突き放すような言葉を発する俺に、周りは冷たいと噂するが、そんな俺と会話を続けてくれてそれだけで嬉しかった。なのにその上ID交換だなんて、好意を持つなというほうが無理だった。


 ヨロヨロだけど喜びに溢れてる俺がよろしくって送った事実に彼女が気づいたのかどうか、真実はわからない。だからこそ、その後もそのまま、文字少なめに送ることに拘った。始めニ字縛りにするつもりはなかったけれど、彼女が


「ニ字以内で返さないと死んでしまう呪いにでもかかってんの?」


 と笑いながら言ったから、俺はその時彼女の呪いにかかってしまったんだと思う。彼女に笑って貰いたくって。


 だけど、俺のこと、二字だけで汲んでもらおうなんて思い上がりだった。嫌、違うかな。彼女はいつも俺の心の機微を読み取って的確に返信を返してくれていた。そのことが俺は嬉しかったんだ。だから、つい彼女の優しさに甘えていたんだと気づいたんだ。


 いつもなら「は」一字ですらも

疑問の「は」なのか、失笑の「は」なのか、納得の「は」なのか、了承の「は」なのか、煽りの「は」なのか、とにかくわかりづらい会話の流れでも的確に突いてくる彼女が、初めて、間違えた。



 俺、好きだって伝えたつもりだったんだけどな。


 誰にもばれてないと思っていた俺の好物。だけど、彼女はちゃんと汲み取ってくれていて。他人にしたらそれぐらいってことかもしれないけれど、無表情といわれる俺にしたら、めちゃくちゃうれしくって。しかも好きな女の子が自分のこと理解してくれているって、そりゃもう幸せだよね。弱ってたこともあって思わず思いが溢れちゃったよね。なのに。



「この間食べる時

 口元緩んでたよ〜」


 ってなんだよ。

思わず、まだ食っちゃいねえ!って伝えそうになった。お前のこと、食っちゃったら口元どころか、顔中弛緩するわって突っ込みたい衝動にどうにか耐えて耐えて、そしてさらに耐えるため、スマホを放り投げて布団を被った。

しばらくののち、ようやく冷静になった頭とキリキリ痛み出した胃に、自分の気持ちを素直に、直接伝えようと決心しスマホを手にした。









 だが。

 次の日の放課後、







「まだ食べられてなかった、わたし」


 と先に、ふひっと笑いながら言われ。




「二文字でも、伝わったよ」


 と彼女が言った後、俺のスマホがポコンと鳴る。





 好き




 里香から通知が来たのが見えた。

 そして



「愛とか、ラブとか、萌えとか、すことか、二文字も結構いっぱいあるね!」




 そう言って、ふふっと里香は微笑んだ。

してやったりな得意げな表情で俺を見つめるから、だから俺はスマホの画面を見つめて、文字を入力した。

だけど、これもきっと彼女に導かれての行動なのかもしれないと思った。でも、それでいいのかもしれない。だって、本心だから。伝えるのに理由や行動の裏付けなんて必要ない。





 里香


 好き


 ずっと


 大好き


 付き合って


 デートしよう


 返事ください





 一文字ずつ増えていくメッセージを見つめる里香の表情が目の前でくるくる変わる様子にご満悦な俺に気づいたんだろう。俺をじろりと睨むと、俯いてスマホを弄った。俺のスマホがポコンとなる。見れば



 はい



 と二文字。





「こうして記録に残るのもいいね!スクショしようっと」


 里香は朗らかに笑った。










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