No.61:3年B組
「月島、これを月島のお父さんに渡してくれないか?」
「お父さんに?」
私は封筒を受け取りながら聞いた。
「これ、中身なにか聞いてもいい?」
「求人票だ」
「求人票?」
「ああ。いままで宝生グループで新たにビルを立てたり内装工事をする際、その設計は外注で依頼をしていたんだ。しかしそれだとどうしても効率が悪くてな。新たにグループ内の案件を一括して引き受ける設計事務所を立ち上げることにしたんだよ。そこの所長のポジションだ」
「……新しい設計事務所の、所長さん?」
「そうだ。月島のお父さん、一級建築士だろう? それに年齢的にも実務的にもちょうどいいんじゃないかと思ってな。もちろん、うちの採用チームの面接次第だけど」
「……ありがと。渡しておくね」
「ああ。ポジション的に待遇はいいはずだ。興味があったら是非応募するように言ってくれ」
「うん、わかった」
私だけじゃなくって、お父さんのことまで心配してくれている。
本当に……私はどうやってお返しをすればいいんだろう……。
「ところでさ……怪我の方は大丈夫なの?」
「それ、一番最初に聞くやつだろう?」
「ご、ごめん」
「大丈夫だ。車にちょっと接触してしまってな。右足の脛骨に少しヒビが入ったらしい。ギプスで固定して2週間くらいは松葉杖が必要らしいが、大したことはない」
「よかった……」
「ここまで走ってきたって……めちゃめちゃ早かったな。月島の家からここまで、4キロ以上あるはずだぞ?」
「うん……とにかく夢中で走ってきたからね」
「お前、中学の時3年B組だったんだな」
「え?」
宝生君の視線の先を追うと、私の左胸に名札が縫い付けてあった。
3年B組 月島
うわっ……私は家でくつろぐ時に着る、中学の時の体操服で来ていた。
「それでここまで走ってきたのか? マラソンの最中の中学生だな」
「し、仕方ないでしょ? 本当に焦ってたんだから」
「そうか……いや、三宅が急に『ねえ、私と賭けをしてみない?』っていうから乗ったんだが……まさか本当に20分以内に来るとは思わなかったぞ」
「だって……本当に死んじゃうかもって思ったんだからね!」
「そうか」
「でも……落ち着いて考えてみたら、302号室の隣が集中治療室なわけないよね。301か303号室だよ」
「そんなこともわからなかったのか?」
「そんなに冷静になれるわけないでしょ……それに……こんな服で、その……ファーストキスとか……ありえない……」
「いいんじゃないか? 月島らしい」
「ちょっと、それどういう意味よ」
「いいんだ。俺はそんなことで、人を判断しないってことだ」
「もう……」
宝生君は隣に座っていた私の手を握った。
そしてそのまま自分の方へ引き寄せる。
私の顔が、再び彼の胸の上に抱き寄せられた。
「吉岡さん、入ってくるかも」
「そこまで空気を読まない男じゃない」
「私走ってきたから、汗臭いよ」
「俺は気にしないぞ」
「変態」
彼は鼻で笑った。
「宝生君」
「なんだ」
「いろいろありがとうね」
「いろいろって、なんだ?」
「助けてくれて」
「俺がやりたくてやったことだ。気にするな」
「本当に私でいいの?」
「何度も言わせるな」
「体の凹凸がなくっても?」
「それは俺がこれからつけてやる」
「もー……」
彼はまた私の頬に手をやって、顔を起こした。
そして3度目のキス。
今度はゆっくり、そして少しずつ深くなっていった。
キスをしながら、彼は私の手を握ってくれた。
私は彼からの中級のキスに、答えていくのに必死だった。
自分の鼻から抜けていく熱い吐息に、自分でも驚きながら……。
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