No.58:運命を分けた


「土曜日の図書館は、結構人が多いんだな」


 俺は市立図書館で調べ物を終えて、出てきたところ。

 やはり週末は人が多い。

 これからはできるだけ、学校帰りに寄った方がいいな。


 ここに来るときには、西山には少し離れたホームセンターの駐車場で待ってもらうことが多い。

 図書館の駐車場は狭く、常に満車状態だ。

 それに図書館の中であれば、危険なこともない。

 また西山は無類のホームセンター好きで、暇さえあればホームセンターに行きたがるのだ。

 新しい探偵グッズを手作りするのに、ホームセンターは材料の宝庫らしい。

 先日も水道用の塩化ビニールパイプを何本も購入していた。

 何に使うのか、大いに興味があるところだが。


 俺はホームセンターに向かって歩きながら、月島の一件を思い出していた。

 問題は全て解決しているはずだ。


 あの後、吉岡は山田組の組長と話をして、オーシャンファイナンスに月島の父親のローンを手放すように説得してもらった。


 もっと抵抗されるかと思っていたが、オーシャンファイナンスの安田社長はあっさり手放したらしい。やはり組長直々の依頼であれば、是非もなかったようだ。


 結局宝生グループの金融会社、東日本ファイナンスに当該のローンを買い取らせた。買取金額はローン金額よりも若干高くなったが、これは必要経費だろう。そして返済条件を最長の35年に変更してやった。これで返済が楽になるはずだ。


 ついでに傘下の法律事務所から、過払い金請求をするように案内書も入れておいた。やはりかなりの借金をしているようだ。しかも昔の借入れの金利が高い。おそらく数百万円単位で、過払い金が戻ってくるだろう。



 月島のローンの譲渡が完了したことを親父の執務室に報告に行くと、親父はすぐさま俺の目の前で美濃川のオヤジに電話をかけた。


 電話口で、まず月島の父親のローンは既に延滞しておらず、現状反社会的勢力とは全く関係ないことを宣言した。


 加えてこれ以上難癖をつけるのであれば、今後英徳学園への寄付は一切取りやめると脅した。

 宝生グループからの寄付金が無くなれば、学校運営は間違いなく立ち行かなくなる。

 そうなるとPTA自体も、窮地に追い込まれる。

 そしてそれが美濃川のオヤジのせいだとなると、彼は批判の的にさらされるだろう。


 親父の攻撃は、さらに続いた。


「そもそも、なぜ饅頭屋がPTA会長などにしゃしゃり出てきたんだ!? おまけに事あるごとに学校運営に口出ししよって! 即刻PTA会長の職を辞して、そのクソまずい饅頭でも作っておれ! さもなくばウチの傘下の和菓子屋からお前のところの大口取引先に、原価割れの安値攻勢をかけてさせて取引を全て奪ってやる! 市内11店舗の饅頭屋、全てぶっ潰してくれるわ!」


 普段冷静な親父は、電話口でわめき散らしていた。

 いや、そこまでしなくても……。

 親父はやるといったら本当にやる人間だ。

 美濃川の親父は、これでおとなしくなったようだ。

 まあ次回のPTA総会で、会長職も交代だろう。


 全ては終わった。

 月島の表情も明るくなった。

 この間はお好み焼きをごちそうしてくれた。

 また元のような関係に戻れるだろう。

 そんなことを考えて歩いていると……


「あれ? 宝生君」


 信号待ちをしていた茶髪ロング女子。

 三宅だった。

 こうしてみると、三宅はスタイルもいいし美人だったんだな。


「おう。三宅も図書館か?」


「うん。そうなんだ」


「勉強か?」


「ちがうちがう。弟が借りていた本を返しに来たんだ。もうアイツ1週間も延滞してたんだよ。しかも今日と明日、部活で行けないから代わりに返してきてって」


「そうか。大変だったな」


 俺たちは信号が変わるのを待ちながら、立ち話をした。


「宝生君……華恋を助けてくれて、ありがとう。特待も継続されたみたいだし……華恋、学校をやめなくてすんだよ」


「そうだな。まあ俺が勝手にやったことだ」


「それでね、宝生君。私、あやまらないといけないことがあるんだ」


「? 三宅がか? なにかあるのか?」


「うん……宝生君にね、華恋には黙っておいてくれって言われたじゃない? でもこのまま内緒にしておくのはよくないんじゃないかなって。ほら、華恋って素直じゃないところが……」



 そこまで言って、三宅は言葉を止めた。

 その視線が、俺の背後に向けられる。

 俺はつられて、振り返った。


 俺の背後は、こちらに向かって緩やかな下り坂になっていた。

 そこには、若い子連れのお母さんが2人。

 そのお母さん2人は、話に夢中でまったく気づいていない。


 

 そばにあったベビーカーが、車道に向かって動きだしていることに。

 


 ストッパーを止め忘れたのか?

 道の上側はカーブになっていて、見通しが悪い。

 車のエンジン音が近づいてきた。

 

 まずい!

 俺は反射的に走り出していた。

 ダッシュでベビーカーに向かって駆け上がる。

 

「宝生君!」

 

 ベビーカーが車道に飛び出した。

 車がかなりのスピードで、カーブを抜けてきた。

 下り坂なので、車はさらに加速する。

 間に合え!


 俺は手を伸ばして、ベビーカーのハンドルを掴んだ。

 そのままベビーカーを歩道方向へ強く引っ張った。

 ところが……反作用で、俺の体は数センチ車道へ出てしまった。

 これが運命を分けた。


「キャァーーーー」


 派手な車のブレーキ音と俺の体に車体がぶつかる鈍い音。

 それに三宅の悲鳴が重なった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る