No.56:何かあったら、言えよ


「熱いな」


「そりゃそうだよ。ヤケドしないようにね」


 宝生君は箸で切り分けながら苦戦中だ。

 熱いものが苦手なのかな?


「でもさ……本当に今まで言えなくてゴメンね」 


「だから何度も言わなくていいぞ。状況は理解したから。ところで和菓子屋……美濃川からは何も言ってこないか?」


「うん、特に何も。ただすれ違う時に、凄い形相で睨まれるけどね」


「何かあったら、言えよ」


「大丈夫だよ」


「月島」


「ん?」


 焼きそばを箸で口に運びながら顔を上げると、宝生君が真剣そうに私を見つめていた。


「これから何かあったら、俺に言え。確かに今回みたいに、俺は何もできなかったし助けてやれないかもしれない。でも月島が苦しんでいるのを見ているのは、俺も辛いんだぞ。逆の立場だったらどうだ? 俺が苦しんでいるのを、何もせずに看過できるか? 月島はそんなヤツじゃないだろ?」


「宝生君……」


 ……そういう言い方はズルいよ。

 私は胸が熱くなった。

 涙腺が緩みそうになる。

 目の前のコップに入った水を飲んで、なんとか誤魔化した。


「うん、わかった。これからは相談するね。その代わり、宝生君も私に言ってね」


「ああ。そうさせてもらう」


「それこそ私は何もできないかもしれないけど」


「そこは問題じゃないぞ」


 それから2人は、お好み焼きと焼きそばの残りを食べ続ける。

 ここは焼きそばもお好み焼きも、どちらも美味しい。

 あっという間に2人とも完食した。


「ごちそうさま。美味かったぞ」


「でしょ? ここのお好み焼きは、山芋が入っててね。生地がふわふわなんだ」


「なるほどな。よくここに来るのか?」


「たまにね。柚葉と来ること多いかな。ねえ、お好み屋さんとか、宝生グループにあるの?」


「あるにはあるが、この辺りにはない。粉モノは儲かるからな」


「粉モノ?」


「ああ。小麦粉主体のものを指す場合が多いな。お好み焼き、たこ焼き、パンケーキ、人によってはうどん屋とかパン屋なんかも粉モノという人もいる」


「ああ、そっか」


「やはり小麦粉は原価が安いから利益率が高くなる。ただ最近は競争が激しくなってきているから、一概に儲かるともいえない」


「そうなの?」


「参入障壁が低いんだよ。お好み焼きもたこ焼きも、作るのにそれほど高度な技術を必要としないだろ? だから『じゃあやってみようか』と始める業者も多いんだ。だから最近はそれを嫌って、高級路線で行くケースもある。高級パン屋なんていうのがいい例だな」


「ああ、最近多いよね」


「小麦粉自体にこだわったり、イースト菌にこだわったり……他とは違うことを打ち出して、それを売りにする。とにかく最近は高級パン屋がブームみたいで、うちのグループも粉モノはそっちに舵を切っている。低価格競争に巻き込まれたくはないからな」


「そっかぁ。でもそんな高級パン、我が家には縁がないなぁ。私は庶民的な物で十分かな。屋台のたこ焼き屋さんとかさ」


「ああ、移動販売はとてもいいやり方だ。なにしろ固定費が押さえられる。それに一人でやれば、人件費もかからない。最近はフードトラックとか使って、いろんな移動販売店が増えているよな」


「あーそう言えば、フードトラックでチーズケーキとかシフォンケーキとか売ってるの、見たことあるかも。あとオムライスも」


「そうだな。個人でやるのには面白いだろう。いま宣伝はSNSでできるから、当たればでかいぞ」


「なんか楽しそうだね」


「ああ、俺はそういうアイディアを考えるのも好きだな」


 なんだか普通の高校生と話しをしてるとは思えないや。

 こんなふうに宝生君と、また話せるようになってよかった。

 私は心から安堵した。

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