No.55:お好み焼き屋さん


 それから一週間が過ぎた。

 私の心配をよそに、平和な日々が送れている。


 例のオーシャンファイナンスからお父さんのところへは、全く連絡がなくなったらしい。

 家に来られることもない。

 もちろん東日本ファイナンスというところにローンが移行されたわけだから、当然といえば当然だけど。

 お父さんも心なしか、表情が明るくなった。


 学校ではPTAの臨時総会が開催されるという話も聞かない。

 一つ気になるのは、美濃川さんの視線が変わったこと。

 彼女とすれ違う時に、夏休み明けには不気味な薄笑いを浮かべていたのが、最近では睨みつけるような視線に変わった。

 まるで親の敵でも見るような視線だ。

 まあもちろん直接的な被害を受けたわけじゃないけど、あの視線が気になって仕方ない。


 平穏な日々が、戻ってきた。

 まったくあの騒動は何だったのか。

 あの騒動自体が、夢の中だったんじゃないか。

 そんな風に思えるぐらいだ。


 私は宝生君に話をしようと思った。

 話をしなくちゃいけない。

 今まで何があったのか。

 許してくれるかどうかわからないけど、正直に話すことが私の務めだと思う。


 久しぶりに宝生君へLimeを送る。


 華恋:こんばんは。話したいことがあります。一緒にお好み焼きか焼きそばを食べに行かない? 私が奢るから


 今までのお礼も兼ねて、ささやかだけど私がご馳走したかった。

 

 宝生君:わかった。楽しみにしている。


 日曜日に彼と会うことにした。

 私は今から緊張していた。


        ◆◆◆


「なるほどな。そんなことがあったのか。大変だったな」


「やきやき屋」というお好み焼き屋さんは、宝生君と一緒に行った映画館のすぐ近くにある。

 その店内で、私と宝生君は向い合わせで座っていた。


「ううん、大変というか……でも結局は全部いい方へ解決したんだよ。でもいまだに、なんでそんな風に解決したのかわからないんだ。お父さんの借金といい、PTA会長のことといい……」


「確かにそうだな。でもまあ世の中いろんなことが起こり得るからな。ラッキーな偶然が重なったんじゃないか? あまり深く考えても答えは出ないぞ」


「そうかな……私はちょっと気持ち悪いよ」


「心配性だな」


「ていうかさ、後から『やっぱりお金、返して下さい』っていわれても困るじゃん」


「大丈夫だろ? その、なんだ、東日本ファイナンスだっけか? そこから来た書類が確かなものだったら、問題ないだろ?」


「うん、それは大丈夫みたい。お父さんも電話を入れて、確認してたから」


「なら大丈夫だ」


 そうしているうちに、注文していたものが運ばれてきた。

 私は焼きそば、宝生君はお好み焼きだ。


「お好み焼きなんて、久しぶりだぞ」


「うん、そうかなと思って。いやだった?」


「そんなことはない。それこそ花火大会の夜店で買って食べたとき以来だと思う」


「え? ということは小学校以来?」


「多分そうだな」


「そっか。うちは焼きそばが、お父さんの得意料理だからね」


 そんな事言いながら、2人でいただきますをして食べ始める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る