No.50:オーシャンファイナンス

 

 画面が動く。

 西山が物陰に移動したようだ。


 画面に階段の上部から降りてくる2人の男が映し出される。

 ズームで顔まで、はっきりわかる。

 一人は角刈りで茶色のサングラスを掛け、黒っぽいジャケット。

 もうひとりは茶髪で若く、アロハっぽいチャラチャラしたシャツを着ていた。


「ストップ」


 吉岡がそう言った。

 西山はマウスをクリックして、動画を止める。


「この男……」

 吉岡が呟いた。


「知ってるのか?」


「ええ。山田組の幹部の東郷という男です。間違いないと思います」


「山田組? あの指定暴力団のか?」


「ええ、そうです。西山、続けて」


 西山は再びマウスをクリックした。

 画像の2人は、アパート前に止めてあった黒塗りの車の前まで移動した。

 

「アニキ、追い込めそうですかね」


「追い込むんだ。娘が高校生っていうのは、魅力的だ」


「それにしても安田社長も美味しいっスねぇ。追い込んだ女どもを、自分が先に味見するわけっスから……オレもあやかりたいっス」


「坂上、余分なことをペラペラとしゃべるんじゃない。お前のその口、縫い付けておけ」


「はい、スンマセン……」


 その後2人は車に乗り込み、走り去っていった。



「どういうことだ?」

 俺は口にしていた。


「奴らの狙いは、月島の娘の方……月島華恋ということか?」


「どうやらそのようです」

 西山が答える。


「昔のツテと使って、ちょっと調べてみたんですよ。そうすると奴らはオーシャンファイナンスで返済が遅れている何人かを、同様なパターンで追い込んでいます。そしてそれらは全て若い女性か、若い娘を持つ借入人ばかりです」


「なんでそんなことをするんだ?」


「追い込んだ若い女性を、自分たちの組の系列の風俗店で働かせてるんですよ。そして骨の髄までしゃぶり尽くす。ひでえやり方だ」


「なんだと……」


「オーシャンファイナンスの安田社長はかなりの女好きで、しかも素人好きらしいです。それで……自分が一番最初に『お試し』するみたいですよ」


「ふざけるな!」


 そんなことが、まかり通るのか?

 あの月島を……風俗で働かせるだと?


 俺は怒りで自分の血が逆流していくのを感じた。

 ふざけんじゃないぞ!


「ちょっと待て……ひょっとして月島を追い込むために、奴らが美濃川のオヤジに情報をリークしたのか?」


「どうやらそのようですね。直接やりとりはしてないようですが、美濃川総本家の取引先には山田組の息がかかったところもあるでしょう。そういったところから、美濃川氏に情報を流していたようです」


 なんてことだ。

 美濃川のオヤジがその情報を掴んだと同じ時期に、あのバカ娘からも月島の話を聞いたんだろう。

 そこで月島を学校から追い出すことに、拍車がかかった。 


 俺は自分の手が、怒りで震えているのに気づいた。

 ありえない。

 こんなことが許されるはずがないだろ! 


「吉岡、オーシャンファイナンスの経営規模は?」


「秀一様」


「買収するのに、いくらかかる!」


 俺は怒りで理性を失っていた。


「……非上場のオーナー企業です。おそらく3億から5億の間で経営を掌握できますが、価格交渉は向こうの言い値になります。ですがそれ以前に」


「すまない、吉岡……忘れていた。今の言葉、忘れてくれ。冷静さを欠いていた。買収は……ダメだ。絶対に」


「……はい、秀一様。思い出していただいて、なによりです」


 そうだった。

 この会社を宝生グループに取り込んではいけない。

 

『反社会的勢力と、絶対に関わりを持たない。関わりを持った会社には、絶対に手を出さない』


 これが親父からビジネスの初歩を叩き込まれたときに、一番最初に言われたこと。

 そういう連中を取り込んでしまうと、あとで必ずうみが出て組織全体がダメになる。

 基本中の基本だ。


「秀一様。月島様の借金を肩代わるというのは、どうでしょうか?」


「吉岡、それは俺も考えた。でもそれはダメだ。アイツは多分、そういうのを一番嫌う。俺はアイツと対等でいたい。札束で頬を張るような真似はしたくないんだ」


 これは俺の本心だ。

 これぐらいの金額なら、俺はすぐに返済してやることができる。

 ただそれをしてしまうと、俺と月島の関係性が間違いなく変わる。


 アイツの性格からして、自分たちのことは自分たちで片付けたいと言い出すだろう。

 それは立派な考え方で、俺もその気持は尊重したい。

 俺はアイツと対等でいたいし、アイツだって同じはずだ。


「秀一様。なにも秀一様ご自身が、その借入を肩代わらなくてもいいのではありませんか?」


「俺が肩代わらずに? なんだ、その禅問答……」


 俺が肩代わらずにどうやって……俺は無い知恵を絞る。

 たまに吉岡は、こう言って俺に問題を出してくるのだ。


 すると……俺の頭の中に、解答が一つ。 

  

 なるほど……できると言えば、できる。

 しかし……

 

「向こうが応じるだろうか?」


「応じさせるんですよ。この問題、わたくしに預けていただけませんか?」


「吉岡、どうするつもりだ?」


「正面からオーシャンファイナンスへ行っても門前払いでしょう。山田組の方からアプローチしてもらいます。山田組の組長さんとは、昔ちょっとありましてね。貸しがあるので、少し返してもらいましょう」


 吉岡は少し悪い笑顔を浮かべた。


「秀一様。覚えておいて下さい。宝生家の人間が直接反社会的勢力にコンタクトを取ることは、絶対にしてはいけません。わたくしのような社員でも何でもない人間をお使い下さい。そして状況が悪くなったときには、すぐに首を切ること。トカゲの尻尾は、早めに躊躇なく切る。これが宝生グループのトップに立つ者の鉄則です」


「吉岡、お前」


「大丈夫ですよ。わたくしはそんなヘマはしません。これからそういうことが起こったときに、ということです。覚えておいて下さい」


「わかった。肝に命じるよ」


「ありがとうございます。借金問題の方はわたくしにお任せいただくとして……PTA会長の件は」


「ああ、それは俺の方から頼んでみる」


「その方がよろしいかと」


 俺は小さくため息をついた。


「こんなことで親父に頼むなんて……怒られるかもしれないな」


「いいえ、きっと旦那様はお喜びになると思いますよ」


 気持ちの滅入る俺を、吉岡は励ましてくれているようだった。

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