No.47:予感的中


 それから2-3日は、平穏な日々が続いた。

 隣の席の宝生君とは、特に多くを話すわけでもなく無視するわけでもなく、必要最低限の会話をする。

 ただその声は低く優しく、眼差しにはいつもの包容力を感じられた。

 彼も私に気を使ってくれている。

 それがとても嬉しかった。


 ところが……新学期4日目の帰り際に、担任の北条先生から呼び出しを受けた。

 あとで職員室に来るようにと。

 いやな予感がした。


 職員室に入ると、北条先生と一緒に小会議室へ案内された。

 そこには……教頭先生が待っていた。


「わざわざすまないね、月島さん。まあ座って」


 教頭先生から椅子に座るように勧められ、私と北条先生は並んで座った。

 

 教頭先生は、当たり障りのないことから話し始めた。

 前回テストはよかったね、とか。

 クラスの雰囲気はどう? とか。

 私は適当に返事をしていたが……


「いや、実はちょっと困ったことになってしまってね」

 教頭先生は、本題を切り出し始めた。


「なんでしょうか」


「月島さんは今、特待制度を受けているわけなんだけど……PTAの会長から強くクレームが入ってね」


「……」


 私は言葉が出なかった。

 恐れていたことが、起こってしまった。


「いやね、月島さんのお父さんが、反社会的勢力が絡んだところから金銭を借りていて、返済が滞っていると……美濃川会長が言われているんだ。会長はそれを強く問題視していてね」


「……はい」


「それでね、月島さん。ちょっと聞きづらいんだけど……お父さんはそういうところからお金を借りているという事実は、あるのかな?」


「……お金を借りているというのは本当です。そのお金は、亡くなった母親の病気の治療費で」


「ああ、それは聞いてるよ。気の毒だったね」


「あ、はい、それで……私も正直、父がどういったところからお金を借りているのかはわからないんです。ただ最近、返済の請求の連絡があったりしているのは確かなのですが……」


「なるほど、そうなんだね」


 教頭先生は腕組みをして、椅子の背もたれに体を預けた。


「学校の特待制度規定では、家庭の借金問題については特に規定していないんだよ。ただ問題は、美濃川会長がPTAの臨時総会の開催を要求していてね。もしその総会でこの事が問題になった場合……学校としてもPTAの意向は無視できないんだ」


 それは……最悪のシナリオだ。


「もちろんこれはまだ確定したことじゃない。学校としても、できるだけのことはしたいと思っているんだ。月島さんは品行方正で、極めて優秀な生徒であることは間違いないからね」

 教頭先生は、笑顔でそう言ってくれる。


「ただ一方で、特待が外れるケースというのも想定しておかないといけないと思うんだ。もちろんそうならないのが一番いいんだけど……なにしろお金がかかることだからね」


「……はい、そうですね」


「とりあえず今学期のまでの分、つまり12月末までの授業料は心配しなくてもいい。ただそれ以降については、最悪のことも考えられる。その事を早めに月島さんに伝えておいた方がいいと思ってね。」


「はい、ありがとうございます。早めにお知らせいただいて、よかったです」


「お父様とも、一度相談してみてもらえないかな。学校としても、できるだけのことはするからね」


 私は立ち上がり、教頭先生にお礼を言った。

 会議室を出て北条先生にもお礼をいって、職員室を出る。


 そこから教室までどうやって戻ったのか、私はあまり覚えていない。

 考えなければいけないことが、あまりにも多すぎた。


 1月から学費を払わないといけなくなったら……。

 それは今の経済状況では無理だろう。

 転校しないといけないの?

 公立高校への編入は、多分試験があるよね。

 編入時期はいつ?

 来年1月から?それとも4月から?

 4月からだとしたら、受験のタイミングで新しい高校に移るの?

 最悪だ。


 そもそもなんで美濃川さんのお父さんが、うちのお父さんの借金のことを知ってるの?

 あまりにもタイミングが良すぎるじゃない。


 だめだ、頭の中がまとまらない。

 教室の中に入ると、柚葉だけが残って私を待っていてくれた。


「華恋、大丈夫? 顔色悪いよ。具合悪いの?」


「柚葉……」


 私は呆然自失だった。


「柚葉、どうしよう。私、最悪来年学校をやめないといけなくなるかも」


「えー?! ちょ、ちょっと、どういうこと?」


「恐れていたことが、起こりそうなんだ……」


 私はさすがに一人では抱えきれず、柚葉に事の成り行きを漏らし始めていた。

 会議室での教頭先生からの話をすると、柚葉の怒りは頂点に達した。


「許せない! そんなのおかしいじゃない。華恋は直接は関係ないでしょ!」


「結局美濃川さんにしてみれば、私が邪魔なだけなのかもしれないね……」


 柚葉が怒ってくれたおかげで、私はいくらか冷静になれた。

 やっぱり誰かに聞いてもらうのって、大切な事なんだな。


「柚葉、私バイトがあるから、急がないといけない」


「あ、ゴメン。わたし日直日誌を職員室に持っていかないと」


「そっか。じゃあ私、先に帰るね」


「うん、気をつけてね」


 これじゃあ本当にバイトに間に合わない。

 私は小走りに、廊下を駆け抜けていった。

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