No.43:溢れる想い


 夏休みに入ったばかりのある日、柚葉がメッセージを送ってきた。


 柚葉:ねえこれ見た? いろんなところに拡散されてるよ。


 添付されていたのは、宝生君と美濃川さんの2ショット写真。

 1学期最後の日に、教室で撮ったあの1枚だ。

 宝生君の肩に頭をつけて、嬉しそうにピースしている美濃川さん。

 明らかに仏頂面の宝生君。

 その表情が可笑しくて笑ってしまったが、カップルに見えないこともない。


 柚葉:どうやら美濃川さん、既成事実みたいに外堀を埋めたいみたいだよ。本当に必死だね。


 柚葉いわく、美濃川さんはこの写真を「匂わせコメント」と一緒にアップしたらしい。

 そしてそれが拡散中ということだ。


 私は大きなため息と一緒に、その写真を削除した。

 もうそれ以上、少しでも視界に入れたくはなかった。 


 夏休みに入ってからも、宝生君は毎日のようにLimeをくれた。

 私はあたりさわりのない返事に終始した。

 

 マクドや図書館、映画や食事にも誘ってくれた。

 でも私はいろいろと理由をつけ、全て断り続けた。

 何かあったのか?と気遣ってくれた。

 特に何もないよ、と返信する時、心が悲鳴をあげていた。


 音声通話がかかってくることもあったが、全部出なかった。

 あとから忙しくて出られなかったと、メッセージで言い訳をした。

 

 そのうちに空気を読んでくれたのか、連絡が少しずつ来なくなった。

 私は安心しながらも、寂しさと辛さで押しつぶされそうだった。

 本当は宝生君に会いたい……。

 あの笑顔、声、温もりをそばで感じたかった。

 でもそれはかなわない願いだった。


 私は連日バイトに精をだした。

 とにかく体を動かしたかった。

 バイト代も稼げるし、その間はいやなことを忘れられる。


 8月に入ったある日、柚葉から連絡が来た。

 そろそろ連絡が来る頃かなぁ、とは思っていた。

 案の定、夏休みの課題を手伝ってほしいとのお願いだった。

 実は去年の夏休みも全く同じ時期に、柚葉の手伝いをしたからだ。


 せっかくだから、ハリー君にも声をかけていいかと聞かれた。

 もちろん問題ないよと返事をしておいた。

 結局3人で、市立図書館に集まることにした。

 幸い会議室の予約が取れたのだ。


        ◆◆◆


「ねえ、なんで夏休みでこんなに勉強しなくちゃいけないの?」


「三宅さん、これは勉強じゃなくって課題でしょ」


「だってさ、『夏の休み』なんだよ? これじゃ全然休めないじゃん」


「その理屈だと、平日しか勉強できなくなっちゃうよ」


 市立図書館の会議室で、3人で課題を始めた。

 私は夏休みの課題は、ほとんど終わらせている。

 残りの課題に手を付けながら、柚葉の質問を受け付けていた。


 この3人で来れば、少しは気が紛れるだろう。

 そんな事を考えていた。

 ところがいざ来てみると……逆効果だった。


 この会議室で、試験前に宝生君と勉強をしていたこと思い出す。

 私がまとめた手書きのプリントを見て、『これ凄いな』って言ってくれた。

 やさぐれた私に、『色白で華奢で……いいと思う』って言ってくれた。

 あんなに俺様なのに、あんなに優しかった。

 

 そんな彼が、ここにはいない。

 私だけに見せてくれていた優しい姿を、もう見られないかもしれない。

 そんな気持ちを、私は柚葉とハリー君の前で必死に隠さないといけなかった。


 私は自分で思っていたよりも、ずっと重症だったようだ。


「華恋、大丈夫?」 

 柚葉が聞いてきた。


「ん? なにが?」


「目が真っ赤だよ」


「え? そ、そう? ちょっと寝不足かも」


「あー、華恋はバイトとかあるし大変だよね」


「三宅さんは、いつも睡眠十分っぽいよね」


「あたりまえでしょ? 睡眠は美容と健康に必要なの」


「その時間を、少しだけ勉強時間に振り替えたら?」


「嫌だよ。だから今は『夏の休み』なんでしょ? 休まないとダメなの!」


 柚葉とハリー君のショートコントは、私を少しだけ癒やしてくれた。

 それにしてもこの2人、あいかわらず仲がいい。



 会議室での勉強が終わったので、3人で休憩室に移動した。


「華恋、アイスティーでいい? 奢るよ。勉強教えてくれたし」


「本当に? ありがと」


 私がそう言うと、柚葉はボトルのアイスティーを買ってくれた。


「はい」


 柚葉はそのまま、私に手渡してくれた。

 そういえば……宝生君は気がつくと、私にボトルのアイスティーを買ってくれてたっけ。

 俺だけだと飲みづらい、っていうのが彼のいつものセリフ。

 

 そして……必ずキャップひねってを開けてから、私に手渡してくれた。

 いつだって、さりげなく優しかった。


(宝生君……)


 私は我慢していたものが、心の奥底から一気にせり出してきた。

 自分でも不思議なぐらい、突然涙が溢れ出してきた。

 

 どうしようもなく、彼に会いたかった。

 会いたくて会いたくて、仕方がなかった。

 次から次へと溢れだす涙を、私は止めることができなかった。


「ちょ、華恋?」

「月島さん、どうしたの?」


 二人が慌てるのも無理はない。

 私は大丈夫だから、と言って待っていてもらった。

 私の嗚咽は、しばらく止まらなかった。

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