No.39:不意打ち


「実は宝生グループで、このスタイルの焼肉店に参入しようと計画している」


「そうなの?」


「ああ。自前でやるか、ここのフランチャイズに入るか、あるいはこの会社の本体に出資して業務提携をするか、今検討中だ。もっとも俺じゃなくって、やってるのは親父の方だけどな。」


「ふーん。でも面白いよね。焼き肉ってさ、ちょっと前まで特別な感じの食べ物だったけど、こんな風に食べられるところがあるといいよね」


「そうなんだ。焼き肉ってグループとかファミリーで来て、時間をかけて食べるイメージがあっただろ? だからあまり回転率がよくなかったんだ」


「回転率って? よく聞く言葉だけど……」


「簡単に言うと、1日の来客数 ÷ 客席数だ。例えば1日の来客数が150人で客席数が30席だったら、5回転ということなる。もう少し言うとそのお店の1日の売上は 客席数 x 回転率 x 客単価 で表される」


「客単価っていうのは、お客さん一人の平均注文金額ってことね。なるほど、そういうことか」


「ちなみに通常の焼肉店の回転率は、3から4回転ぐらいって言われている。ここの回転率って、どれぐらいか見当つくか?」


「え? わかんないけど、10回転ぐらい?」


「店舗にもよるが、18回転とか20回転とかするらしい」


「そ、そんなに?」


「ああ。もう一つ聞くが、回転率を高めるためにはどうすればいい?」


「えーっと……食べ終えたお客さんにはとっとと帰ってもらって、席を空けてもらう?」


「正解だ。ちなみにこのチェーン店の平均滞在時間は25分だ」


「そ、そんなに短いの?」


「そうだ。普通焼き肉とか食べに行くと90分前後はいるだろ? それと比較すると大きく違うんだ」


「本当だね」


「ちなみにうちの会社は、もう少し女性客を意識した店を出したいと考えている」


「そうなの?」


「ああ。ただ問題もあってな。女性はどうしたって食べるのが遅いだろ? だから回転が悪くなる分、客単価を上げないといけない。そこがネックなんだ。どうにかして付加価値を高めたいんだけどな」


「だったらさ、肉は少なくてもいいから、その分野菜とかデザートとかをつけてくれたら私なら嬉しいかな」


「……なるほど」


「別に立派なケーキとかじゃなくって、一口サイズの物で十分。あとサラダとかサンチュとかつけてくれると、女性は嬉しいと思うよ」


「面白いな」


「あと回転は多少犠牲になっちゃうかもだけど、女性優先席とかのエリアを作ってあげたらいいんじゃないかな? やっぱり男の人の隣に座るのが抵抗がある人たちって、一定数いると思うんだ。そういう人たちがリピーターになってくれれば、総来店客数って落ちないかもしれないし」


「……月島、うちの会社に入るか?」


「何言ってんのよ」


 私は彼とこんな話をするのが楽しかった。

 宝生君は世の中のいろんな事を知っている。

 それも実務レベルで。

 まだまだ知らないことが多い私には、彼との会話はとても刺激的だった。


 注文してから1-2分で、料理が出てきた。

 料理と言っても、肉とごはんとスープだけだ。

 トングを使って、2人で肉をグリルの上に乗せた。

 火力が強いので、あっという間に焼き上がる。

 好きなタレをつけて、口に入れた。


「あ、美味しい」


「うん、悪くない」


 冷凍肉らしいが、味は十分おいしい。カルビは脂が乗っていて、ハラミも十分肉厚だ。しかも柔らかい。たれの濃いめの味付けで、ご飯がすすむ。


「へぇー、千円前後でこれだけ食べられるんだったら、いいかも」


「だな」


「私が社会人だったら、リピーター決定だよ」


「毎回一人でか?」


「ううっ……それはどうだろ。たまにならいいけど……」


 そんな会話をしながら食べていると、あっという間にお肉はなくなった。

 食べ終えたら、とっとと席を空けないとね。


 お会計は一人ずつ払った。

 これぐらいだったら、お財布は傷まない。


「滞在時間、きっかり25分だったぞ」


「そうだった? なに、女なのに食べるの早いって言いたいの?」


「そうは言ってないだろ」


 お店を出て、駅に向かって2人で歩く。


「もう……でもさ、もうちょっと食べたらさ。体に凹凸つくかな?」


「お前、まだこだわってんのか?」


「最初に言ったのは宝生君だからね」


「まあそうだが……いちいち気にするなって」


「実際さ、どうせなら可愛くてスタイルいい女の子と一緒に食事した方が良いわけじゃない?」


「だから気にするなって。それに、月島……今日だってメイクしてるだろ?」


「えっ?」


 気がついてたんだ。


「その、このあいだ言えなかったけど……お前だって、十分可愛いぞ」


「……」


 宝生君は俯いたまま黙ってしまった。

 私は心臓から顔に、血流が一気に流れてくるのがわかった。


 こういう不意打ちはズルい。

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