No.26:……いいと思う


「月島、これ凄いな」


「そう?」


「ああ。これ、ひょっとして俺のために作ってくれたのか?」


「ううん、そういうわけじゃないよ。自分でもまとめたほうがわかりやすいし。それに昨日も柚葉とハリー君にあげたら、結構喜んでた。」


「昨日も勉強会だったのか?」


「うん、そう。ファミレスでね」


 翌日、市立図書館の小会議室。

 予約して借りた1室で、宝生君と2人で勉強会だ。

 

 宝生君は、私がまとめた手書きのプリントを見て感心していた。

 古典、現代文、世界史。

 この3教科のポイントをまとめておいたやつだ。


「それと教科書のページ数を書いてあるところもあるから、それは教科書を見てね。さすがに全部は網羅できないから」


「ああ、でも凄くわかりやすい。これだけでも十分だと思う」


「そう? だといいけど……」


 とりあえず役に立ちそうでよかった。


「よくファミレスで勉強とかするのか?」


「うん、たまにね。あとは柚葉とは、この会議室で勉強することもあったよ」


「そうなんだな」


「でも柚葉とだと、お喋りの時間が長くなっちゃうけどね」


 私はやっぱり勉強は一人のほうが捗るタイプだ。

 

「じゃあちょっと、この資料で勉強させてくれ。わからないことがあったら、質問する」


「わかった」


 宝生君は私が作った資料に目を通し始めた。

 彼は、全く話さなくなった。

 見ていてもその集中度合いが分かる。

 

 私も自分の勉強を始めた。

 いい緊張感のなかで、時間が過ぎていく。

 

 自分でも驚いたのは、宝生君と一緒にいても過度な緊張はしなくなったことだ。

 ちょっと前までは半径2メートル以内に近づくだけで、心拍数があがった。

 でも今は……適度な緊張感の中に、安心感のような気持ちすら感じている。

 宝生君から出ている包容感、とでも言うのだろうか。

 私が勝手に感じているだけかもしれないけど。


「甘いもの食べたくなったら、言ってね。マドレーヌ焼いてきたから」


「本当か? それは楽しみだ。後で頂く。でもこの中では食べないほうがいいぞ」


「やっぱりそうかな」


「あれ」


 宝生君の視線の先に目をやると、天井に丸いドーム型の器具が付いていた。


「監視カメラだ。あとで文句を言われるかもしれないぞ」


「え? あれ監視カメラだったんだ」


「まあ若い男女が密室にいると、例えばよからぬ事をする連中もいるかもしれないしな」


「ええっ!? そんなこと……」


「だから例えばだ」


「……宝生君、そんなことしないよね?」


「俺は体に凹凸のない女にはそういう、って、痛い! 危ないな、シャーペンを投げるな! 今ここ、ちょっと刺さったぞ!」


「フンだ」


 どうせ私は、どうせ私は……。

 ネタだとわかってても、グッサリ刺さる。

 もう勉強に集中しないと……。


「でもやっぱりさ」


「ん?」


「その……体にさ、ボリュームある方がいいよね、男子としては」


「……言っといてなんだが、気にするなって」


「言葉に統一感がないんだけど!」


「まあ俺は冗談で言ってるだけだ。俺は個人的に、その……月島みたいなの、嫌いじゃないぞ。色白で華奢で……いいと思う」


「えっ……」


 宝生君の視線が資料に落ちたまま、動かなくなった。

 頬も少し紅潮している。


 一応フォローしてくれてるんだな……。


「ありがと」


「時間がない。90分だろ? 集中しよう」


 少し上ずった声で、宝生君は言った。


「うん」


 私の機嫌は、またすぐに直った。

 やっぱり私は単純だ。

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