No.12:俺、アイツ嫌い


「うーん……普通だな。サクサク感はいいが、甘すぎる」


 目の前の宝生君は、微妙な表情をした。


 翌日、私達は前回と同じ市立図書館近くのマクドで待ち合わせをした。

 宝生君は前回同様、無料クーポンでご馳走してくれた。

 彼は追加でアップルパイを買って、一口かじったところだ。


「まあ確かに甘すぎるかもね。でもシナモンが効いてるから、私は嫌いじゃないよ」


「俺はシナモンは苦手なんだよ」


「アップルパイは好きなの?」


「ああ、好きだな。俺は覚えてないんだけど、母親がよく作ってくれたらしいんだ」


「え……そうだったんだね」


「そんなにしんみりすることじゃないぞ。記憶にはないんだけど、もしかしたら舌が覚えているのかもしれないな」


「そっか。まあ日本では違うけど、海外では『母親の味』的なものの一つらしいよ」


「なるほど、そうなんだな。お前……月島も作れたりするのか?」


「できるわよ」


「え? マジか?」


「手の込んでないものだったら、アップルパイは簡単よ。リンゴを砂糖とバターで煮詰めてコンポートを作って、冷凍のパイ生地買ってきて包んで焼くだけだから」


「そうなのか!?」


 そうなのかって……またこの流れなの?

 

「えーっと……つ、作ってこようか?」


「いいのか!?」


 即答だった。

 ああ、まただ。

 ツンデレの柴犬が、尻尾をブンブン振っている。


 (も、もうっ……可愛いっ!)


 俺様からのギャップが激しい。

 私は心のなかで、体をよじっていた。


「そうか、じゃあ期待してるぞ」


「あ、あんまり期待されても困るんだけど……」


 言っといてなんだけど、私はたじろいだ。


「わ、私じゃなくったってさ。他の子に頼めばいくらでも作ってくれるわよ。それこそ、その……美濃川さんとか」


「俺、アイツ嫌い」


 即答だった。


「化粧濃いし香水臭いしスカート無駄に短いしアザといし空気読まないし」


「そ、そこまで言うことないじゃない」


 全面総攻撃だった。


「いくらなんでも言いすぎでしょ」


「もちろん本人には言わんぞ。でも俺が嫌だってこと、わかるはずだろ? アイツしつこいんだよ」


「ま、まあ、本人もそれぐらい必死だってことで」


「月島、お前どっちの味方なんだ?」


「わ、私はどっちの味方でもないわよ」


 なんでここまで嫌うかな。

 一種のアレルギーみたいな感じなの?


「それにな、これはあまり大声では言えないんだけど……アイツの親父も問題なんだよ」


「美濃川さんのお父さん?」


「そう。和菓子屋の社長なんだけど、PTA会長だろ? いろいろと学校の事にイチャモンをつけてくるらしいんだよ。教師の質がどうとか、施設がどうとか」


「学校の事? まあPTA会長って多少はそういう立場なんじゃないの? それに……宝生君と、何か関係あるの?」


「ああ……これは内緒にしといてくれ。宝生グループはウチの高校に毎年多額の寄付をしてるんだよ。だからどちらかといえば、宝生グループは学校の運営サイドの立ち位置にあるんだ」


「へぇー、そうだったんだ。知らなかった」


「だからある程度は教師の採用とか学校や施設の運営とかに、宝生グループの意向が汲まれているんだ。それにいちいち難癖をつけてくるから、かなり鬱陶しいんだ。親父も快く思っていない」


「なるほどねぇ」


「本質をついた真面目な議論であれば、誰も文句は言わない。ただ何ていうのか……自分の地位とか立ち位置とかを高めるために、周囲の注目を集めようとする感じなんだよ。そこに商売の宣伝道具に利用しているような意図を感じるんだ」


「ふうん……そんな世界なんだね」


「すまない。言っても仕方なかったな」


「そんなことない。大丈夫、誰にも言わないから」


「ああ、そうしてくれ」


 話題を変えたほうがよさそうだ。

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