No.02:キャラメル
「なんだこれ? キャラメルか?」
彼は靴の裏に張り付いたそれを手で剥がしながら、
「これ、お前のか?」
ぺしゃんこになったキャラメルを私に向けて、小声でそう聞いてきた。
「そ、そうだけど……」
「食べるか?」
「た、食べないわよ」
「30秒経ってないぞ」
「3秒でしょ普通。だとしても食べないわよ」
30秒ルールなんて、聞いたことないわよ……。
私は慌ててティッシュを一枚取り出して、彼からその物体を受け取って包みポケットに入れた。
「お前……たしか同じクラスじゃなかったか?」
制服を見れば、同じ学校までは分かったんだろう。
でもまあ、私を認識することはないだろうな。
「うん、そうだよ。
「やっぱりそうだったか。俺は」
「宝生君、でしょ? あなたを知らない人なんて、うちの学校にいないわよ」
「……そうか……」
彼はちょっと寂しそうに、小さなため息をついた。
「す、座ったら?」
彼を立たせたままでいるのもどうかと思い、空いていた私の隣の席を進めた。
「ん? ああ」
彼はそのまま、私の隣に座った。
その途端、私の緊張レベルが3倍になった。
今までこんなイケメンの2m以内に近づいたことがない。
私の心臓が、かなりテンポアップした。
「よく来るの?」
「ああ、たまにだな」
彼の手にしている本をチラ見する。
「建設業界総覧」「建設業における収益認識基準」「外食産業の実態」「外食業:客単価と原価計算」
おおよそ高校生が読むような書籍ではない。
私の視線に気がついたのか……。
「ああ。今、家の仕事をちょっと手伝っててな。まあバイトみたいなもんだ。」
「そ、そうなんだ。すごいね」
「そうでもない」
彼はそう言うと、私が机の端においていたキャラメルの箱を手にとった。
「あっ……」
「この箱……見たことあるな」
まあ人気のキャラメルだけど。
「た、食べてみる?」
「……館内は、飲食禁止だぞ」
「そうだけど……」
私が口ごもると、彼はふわりと微笑みを浮かべた。
私の心臓が、またうるさくなった。
「たしか似たような箱の菓子が、家にあったぞ。お前、明日も来るのか?」
「月島」
「ん?」
「名前。お前じゃないの。月島。
私はちょっとムッとした口調で言ってやった。
まあ彼の環境的に、俺様になるのは仕方ないのだろう。
だとしても、だ。
彼はちょっと虚をつかれたような表情をしたあと、またさっきと同じ笑みを浮かべた。
「わかった。月島、明日も来るのか?」
「……バイトも入ってないし、来ると思う」
「そうか。じゃあ明日持ってくるわ」
彼はそう言うと、キャラメルの箱を私に返して立ち上がった。
そして「じゃあな」といって立ち去ってしまった。
嵐が去った後、一人取り残された私は嘆息する。
「はぁ……なんだったんだろ、今の」
私は疲れた頭に新しい糖分を補給するため、再びキャラメルの包装紙を剥がし始めた。
本当に明日、来るのかな。
ふわりと微笑みを浮かべたイケメンの横顔を思い出した。
心臓が少しだけキュッとなった。
「あ、そうだ。これからバイトだった」
6時からシフトが入っていることを、うっかり忘れるとこだった。
急がないと。
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