イケメン御曹司とは席替えで隣になっても、これ以上何も起こらないはずだった。

たかなしポン太

No.01:席替え


「生きてたか?」


 隣の席から、仏頂面の彼が私にそう声をかけてきた。


 9月1日。

 高校2年の、二学期初日だ。

 ホームルームを終えて席替えをした。


 そして、よりによって……いま私が一番顔を合わせたくなかった人物が隣りにいる。


「ええ、かろうじてね」


「どうして連絡をよこさなかった?」


「……いろいろあったのよ」


「いろいろ?」


「そう。いろいろ……」


「……そうか」


 彼はそれ以上追求してこなかった。

 私は彼に気づかれないように、小さく嘆息する。


 もちろん彼が悪いわけじゃない。

 彼との間に、特別な何かがあったわけでもない。

 そして連絡をしなかったのも……私の意思だ。


 本当は連絡を取りたかった。

 一緒に夏休みの課題をやったり。

 どこかへ遊びに行ったり。

 また一緒に食事をしたり。

 

 本当はもっともっと一緒にいたかった。

 でも出来なかった。

 きっとそれは、私が弱かったから……。


 二人の間に、何があったのか。

 それを語るには、話を半年ほど前から遡らないといけない。


        ◆◆◆


 高校2年の4月。

 今年は桜も早く散って、汗ばむ陽気となっていた。

 私は夕方、学校の帰りに市立の大きな図書館で勉強をしていた。


 ずっと集中していたせいか、頭が疲れてくる。

 勉強中のひそかな楽しみ……。

 私は疲弊した脳に糖分を補給するべく、懐からこっそりキャラメルを取り出す。

 ウルトラソフト・キャラメル。

 私の大好きな銘柄だ。


 もちろん図書館内は飲食禁止だ。

 例外として、蓋やキャップの付いた容器からの水分補給は許されているけど。


 私は周りをこっそりと見渡し、机の下でキャラメルの包装紙を剥がす。

 まわりに見つからないように、それを口に運ぼうとした。

 ところがその時……手が滑って、キャラメルが下に落ちてしまった。


「!」


 カラカラと音を立てて、床に転がるキャラメル。

 焦って慌ててそれを拾おうとして、前かがみで手を伸ばした。

 

 すると今度はその上に、大きな黒い靴がかぶさった。


「!!!!!!」


 息を吸いながら、心の中で声にならない悲鳴を上げる。


「ん? なんだ?」


 私の頭の上から、低く優しげな声が聞こえた。

 ゆっくり頭を上げると、そこには……端的に言うとイケメンがいた。


(な、なんであなたがこんなところにいるのよ……)


 それもウチの高校の全校生徒がよく知るイケメン。

 しかも私と同じクラスのクラスメート。

 

 時価総額3兆円以上と言われている日本を代表する総合企業体、宝生ほうしょうグループの社長長男。

 つまりはイケメン御曹司の宝生秀一ほうしょうしゅういち君だ。

 

 高身長で、くっきりとした一重の大きな双眸。

 すっとした鼻筋に、薄手の唇の端整な顔立ち。

 サイドを短めにした清潔感のあるヘアスタイル。

 モデル並みの容姿を備えた、学校中の女子から瞠目を集めるモテ男だ。


 学校一の有名人で同じクラスにも関わらず、私は今まで一度も話したことがなかった。

 彼は常に「話しかけるな」オーラを身にまとい、他人を寄せ付けない雰囲気を醸し出しているからだ。


 足に違和感を感じた彼は、その場で靴の裏を見た。

 そこには私の好物が踏んづけられ、ぺしゃんこになって張り付いていた。

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