第18話 王女アリシア

 「アリシア様旅の護衛を務める者を連れてまいりました」

 ライラ国のアリシアの旅準備室に騎士団長が2名の部下を連れ入室した。


 「この度は旅の同行をさせて頂く騎士団第一部隊所属シーアです」

 シーアと名乗ったのは女性騎士で元々は貴族のメイドとして働いていたが、貴族の屋敷に盗賊が侵入した際に華麗に撃退した事から騎士団へと登用された、見た目は黒髪黒目の一般的な若い女性だ。


 「自分は騎士団第二部隊所属ルイです」

 ルイと名乗ったのは金髪の男性騎士で年齢は40歳のベテラン騎士。

 二人が名乗った後に騎士団長が改めて二人を紹介する。


 「ルイは大森林だいしんりんでの狩りの経験が豊富なので今回選ばれた男だ。シーアも又大森林だいしんりんでの訓練経験がある上に王女の身の周りの世話を担当してもらう」

 アリシアは二人の騎士の目を交互に見て軽く頭を下げた。


 「今回私のわがままに付き合って頂きありがとうございます。旅の道中は王女との敬称はなしでお願いします」

 「何をいいますかアリシア王女。わがままなど誰もそんな事を思ってはいません」

 騎士団長は直ぐに言葉を返した。


 「そう言って貰えれば少しは気が楽になります」

 王女がニコリと笑顔を返す。


 「出発は予定通り2日後になりますので体調を整えて下さい。失礼します」

 騎士団長が挨拶をし3人そろって頭を下げた後部屋を退室した。


 アリシアは3人が去って行った扉を見つめていた。

 本当に無事に3人で帰って来れるのかと。


 *


 騎士団長がアリシアに挨拶をしている同時刻、ライラ国の北の街ラーラにて情報機関による王女死亡工作の準備が進んでいた。


 「女の死体は予定通り準備出来ているか」

 ラーラの街外れにある小さな小屋の中。小さな木のテーブルと木の椅子が置いてありその椅子に座る見た目老人が語り掛ける。

 

 「はっ一日前に魔物の被害にあった若き女性を確保してあります」

 その声は小屋の屋根付近から聞こえるが気配はない。


 「わかっていると思うが顔はどうでもいいが髪の毛だけは王女に似せておくように」

 「はっ死体修復師を呼んでありますので問題ないかと」

 死体修復師とは魔物被害にあった人を見る事の出来る状態へと死に化粧する者。葬儀の最後の別れの際に一目会うためだけに呼ばれる事が多い。


 「よし、王女が通り過ぎると同時に街外れにて作戦を行うので抜かることなく」

 その言葉と共に小屋の中は静かになった。

 椅子に座る老人は小さな小窓から外を眺めるとこの季節特有の小雨が地面を濡らしていた。

 王女が通り過ぎる時も雨なら作戦がやりやすいのだがと老人は心の中で呟いた。


 *


 そして2日後王女とシーア女性騎士とルイ男性騎士達は馬へ騎乗し、その周りを警護する5名の兵士と共にラーラの街へと出発した。

 表向きは魔物討伐遠征と言う名目で。

 アリシアの服装は頭までかぶれるマントの下に軽装の皮鎧を着こみ、肩からはポシェット型の魔法の鞄をさげている。


 宰相さいしょうフランドの考えた作戦は魔物討伐へ向かった王女一行はトラブルがあり護衛と離れてしまい、そのすきに魔物に王女が殺された。当然護衛していた騎士は責任を取ら為にシーア女性騎士とルイ男性騎士は内情を聞いた後非公開で処刑したというシナリオだ。

 王女には王女が魔物に殺されたまでしか知らされていない。今回の遠征で選ばれた騎士は実は選ばれた訳ではなく、自ら志願したのが裏の事情だ。彼らはもう二度とこのライラの地を踏む事を許されない事を分かっての志願だ。よって王女への忠誠心は他の者と大きく違うと言える。


 空にはどんよりとした厚い雲が覆っていた。今にも雨が降り出しそうな雰囲気だ。出発する王女達の心は初めから雲行きが怪しいので今後を不安に思いながらの出発となったが、ラーラの街で工作する部隊は天よわれに味方せよと願っていた。


 王女一行は予定通りにラーラの街へとやって来た。

 ラーラの街の住民達は王女一行を暖かく招き入れた。王女は年に数度はこの街をおと連れているからだ。

 そして王女一行が街の北側に入った際にここで規制ラインが引かれた。これは魔物討伐の際に住民への被害を防ぐためと言う口実で住民の目から王女を隠すためだ。規制ラインでは城より連れて来た兵士達5名がその防衛ラインを引いた。この兵士達は今回の作戦は一切知らされていない。

 

 王女達3名は兵士達と別れ規制ラインへ入ると馬を降りて予定されていた場所に馬を繋ぐと、真っすぐに大森林だいしんりんへと駆けだした。

 

 *


 情報機関による工作部隊は王女達が大森林だいしんりんへと走り去るのを見届けると直ぐに作戦を実行した。

 保管していた王女にせた死体及び魔物の死体を準備し、周りの地面には魔物の血をバラまきいかにも戦闘が行われたように装った。

 そして最後の仕上げとして炎の爆発魔法をさく裂させ完成だ。


 ラーラの街に爆発音が響き住民達が騒ぎ出す。

 工作員達は予定通りの住民の行動で自分達の作戦が上手うまくいった事を喜んだ。


 *


 王女一行達が大森林だいしんりんへ入って5日順調に進んでいた。

 下調べが良かったのか魔物にも遭遇せずにすんでいた。


 「予定では後どれくらいで大森林だいしんりんを抜ける予定なの?」

 アリシアは歩きながらシーア女性騎士へと顔を向ける。


 「今の所順調なので後10日後には大森林だいしんりんを抜ける予定です」

 アリシアはシーアの言葉を聞き頑張れ私と心の中で励ましていた。それと同時に魔物が襲ってきませんようにと祈っていた。

 しかしアリシアの願いは無残にも打ち砕かれる事となる。

 それは、ライラ国とシンバーン国の境界の渓谷へと差し掛かった時。


 「この橋を渡ればシンバーン国ね」

 アリシアは境界の渓谷に掛かった1本の橋を見つめながら呟く。


 「ええ、さあ行きましょう」

 シーアが答え足を踏み出そうとした時にルイ男性騎士が叫ぶ。


 「魔物だ伏せろ!」

 ルイの言葉でアリシアとシーアが同時に伏せるとその上空を無数の針が通過する。


 「ここは俺が防ぐお前たちは橋を渡れ!」

 「でっでも!」

 アリシアが悲痛な顔で叫ぶがシーアがアリシアの腕をひっぱり叫ぶ。


 「いきますよ!」

 アリシアはシーアの腕を引っ張りながら橋を小走りで渡る。

 アリシアはシーアに腕を引っ張られながら後ろを振り向くとルイと見た事ない魔物が対峙していた。


 「こんな所でハリネズミと遭遇するとは俺の運も地に落ちたな」

 ルイは長剣を構えながら魔物と対峙する。

 ハリネズミは全長2メートルで尾尻の先まで入れると4メートルの灰色の4足魔物。名前の通り見た目はネズミだが頭の後ろから尻尾しっぽの付け根まで、体毛が変化した針が前方頭の方に向けて生えている極めて狂暴な魔物。針は前方にのみだが飛ばす事が出来、ハリネズミは針を飛ばす事によって狩りを行い獲物えものを捕獲する。当然弱点は後ろからの攻撃。


 ルイはハリネズミと対峙しながら額から冷や汗をかいていた。

 これは当然だ。ハリネズミの針を飛ばすスピードは時速200キロを超えると言われているからだ。この魔物との対峙方法は心眼強化の魔法にて、目力めじからを強化して針を見切り倒すのが一般的だ。だが、ルイは心眼強化の魔法は使えない。ルイは身体強化と火魔法を得意としている騎士だ。


 「このままハリネズミと見合いしていても死ぬのは見えているな。最後の最後まで悪あがきをさせて貰うぜ!」

 魔力解放!身体強化レベル4。続いてルイは剣に炎をまとわせる。 


 「ファイヤーウォール!」

 ルイが唱えた瞬間にルイとハリネズミの間に炎の壁が出現する。

 だがハリネズミの針はファイヤーウォールを貫通してルイに襲い掛かる。

 運が良く針の数本は正面に構えた剣が偶然弾いたが、左肩と右足に1本づつ針が突き刺さる。

 針の長さは30センチ太さは1センチあり毒はないが激痛がルイを襲う。

 ルイはこのままではヤバイと思い無傷の左足で大地を蹴り右へ跳ぶ。

 ハリネズミはファイヤーウォールのせいで獲物を一瞬見失い、偶然にもルイが飛んだと逆方向へ視点を向けてしまう。

 ルイはここがチャンスだと思い無理をして傷つている右足で大地を蹴り、ハリネズミとの距離を詰め剣を振りかぶる。しかし本来の俊敏性に掛けていたせいでハリネズミの視界の端に入ってしまう。

 ルイがマズイと思った瞬間には遅くハリネズミの鋼鉄のような長い尾尻がルイの腹部を横殴りに払う。


 「ぐはっ!」

 ルイは殴られた衝撃で肺から空気を吐き出しながら飛ばされ大木へと叩きつけられた。

 ルイは一瞬気を失っていたが直ぐに現状を把握しようとした瞬間に口から吐血する。

 内臓破裂に左足そして右ひじの骨折ってところか。

 ルイが自分の現状を把握したあともっとも重要な事を確認する。

 ルイは薄目を開けて橋の先を確認するが二人の姿は見えない。アリシアとシーアは無事橋を渡ったか。

 ルイは最後の力を振り絞りハリネズミの気を引こうと思ったがその必要はないようだ。


 ハリネズミはゆっくりとルイの方へ近寄って来たからだ。

 ハリネズミはルイの前まで来ると黒い瞳は赤い瞳へと変化し口をを大きく開いた。

 

 「おまえ、歯が2本しかねぇじゃねぇか」

 それがルイの最後の言葉だった。


 *


 橋を渡ったアリシアとシーアはその足を止めることなく大森林だいしんりんを前進していた。


 「ちょっと待ってよ」

 アリシアが声を上げる。

 シーアはアリシアの前を歩いていた為足を止めてアリシアの方へ振り返る。


 「なんですか?」

 「ルイを待たなくていいの?」

 「はい、ルイが元気なら直ぐに私達に追いつきますから大丈夫です。行きますよ」

 アリシアは”元気なら”の言葉に引っ掛かりながらシーアの言葉に従った。

 反論しようと思えば出来るが大森林だいしんりんを自分はよく知らないので強くは言えないからだ。

 それからアリシアとシーアは半時程二人で歩いた所で休憩を入れた。

 

 アリシアとシーアの間に言葉はない。開けた場所の石の上に座り魔法の鞄から出した水袋から水を飲み、体力回復用で持って来た木の実を口に入れる。

 沈黙が絶えれなかったアリシアが声を上げる。


 「ルッルイは後で来ますか?」

 シーアはアリシアの顔を一瞬見るが視線をそらせた。

 それがシーアからの答えと言う事にアリシアは直ぐに気づいた。アリシアが両腕で体を掴み震えるのを見てシーアが話始める。


 「私達騎士の目的はアリシア様をマダン王国へ連れて行く事です。こう言う言い方は不謹慎ですがルイの事は気にしないでください」

 アリシアはシーアの言葉を受け心が苦しく思えた。だけど、ここで諦める事態になれば大森林だいしんりんに入った意味さえなくなる。

 アリシアは心を鬼にしてシーアに伝える。


 「シーア先を急ぎましょう」

 アリシアの言葉で短い休憩が終わり二人は又歩き出した。

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