第一部

第16話 旅立ち

 元奴隷だったクロヒョウ族のリリアと『ライラの宿屋』へ行き、宿屋の女将おかみから「連れ込み宿じゃないんだよ」の言葉を、追加料金を支払う事で黙らしてから共同生活と言うなの借金生活が始まった。


 実際に借金なんてギルドの仕事をこなせばどうにでもなる金額で、アイテムボックス内にはへそくりと呼んでいいのかわからないが今は売れない魔物が入れてある。この魔物はギルドで依頼を受けたついでに近くにいた魔物を狩ったのだが、ギルド内で『依頼の魔物がいない』と噂になり売るに売れない物となった。森の手前で魔物を狩ったのが失敗だった。なので噂以降は森の奥での魔物狩りを心掛けた。

 とりあえずギルドの討伐の依頼をして最優先で奴隷商への借金を返しそれからその後の事を考えよう。


 翌朝、俺とリリアは宿屋で朝食を済ませた後にリリアに声を掛けた。


 「リリアは今日は冒険者ギルドに行き冒険者登録をしてもらう。そして初心者講習を受けてもらうのが今日の予定ね」

 「はい、分かりましたご主人様」

 又か、昨日言い聞かせたのだが『ご主人様』と言う言葉が抜けない。


 「いいかいリリア。リリアはもう奴隷じゃないんだから俺をご主人様なんて呼ばなくていいんだ」

 「だって…」

 リリアは困った顔をして呟いている。


 「俺の事は『タツヤ』と呼んでほしんだ」

 リリアはモゴモゴと口ごもっているが最後には口に出してくれた。


 「タツヤ様」と。


 *


 「それじゃ早く初心者講習が終わったら食堂で飲み物でも飲んで待っていてくれ」

 俺とリリア冒険者ギルド『ライド・ドール』に来てリリアの冒険者登録を終えた後、俺はギルドを離れる為リリアに銅貨20枚(200ジール)を渡しながら話す。


 「タツヤ様は何処にいくの?」

 リリアが心配そうに聞いてくる。

 俺はリリアの頭に手を置いてなぜながら答える。


 「魔石屋ませきやに行って俺も少し勉強をしてくるだけだよ」

 リリアは頭をなぜられるのが心地よいのかのどをゴロゴロと鳴らしている。


 「待ってる」

 「ああ、なるべく早く戻るよ」


 *


 冒険者ギルドを後にした俺は肉屋の近くで見つけた魔石屋ませきやまで来た。

 魔石屋は日本で言う雑貨屋のような見た目の店で、なんだかゴチャゴチャとした印象だ。

 俺はそんな店の扉を開けた。


 店の中は魔石が乱雑に並べてあり魔石を使った魔道具も置いてあった。そして最奥のカウンターに耳に特徴ある見た目若そうな女性が座っていた。


 「こんにちは!こちらは魔石の売買も行っていますか?」

 俺は商品を見る前に真っ先に最奥のカウンターにいる女性に声を掛けた。


 「おやおや、いきなり威勢のいいお客さんだね」

 女性は俺の頭の上から下までジロジロ見ながら話して来た。

 

 「すっすいません、大声出して」

 俺は日本人らしくなんとなく謝ってしまった。


 「別に謝らなくてもいいよ。魔石の売買もやってるよ。ただ、クズ魔石は買い取らないよ」

 クズ魔石なんて初めて聞いたが質問ばかりすると嫌がれるので、俺はアイテムボックス内からハンティングベアの魔石を取り出しカウンターの上に置いた。


 「ハンティングベアだね」

 女性は一目見るだけで何の魔石か言い当てた。

 俺は素直に凄いと思った。


 「はい、初めて手に入れた魔石です」

 これはカインとの訓練で最終試験で倒したクマさんの魔石だ。


 「初めてでハンティングベアなんて、なかなかの腕だね。ちょっと待ってな鑑定するから」

 女性はカウンターの魔石を手に取りいろんな角度から見た後、魔石をカウンターに置いて上から手をかざしていた。


 「傷もないし、魔力も結構残っている上物だね。そうだねぇ~」

 女性は言いながら魔石と俺の顔を交互に見ていた。

 俺はここだと思い交渉を持ちかけた。


 「あの、よろしいですか?」

 「何だい?」

 「その…買い取り金額は減らしてもらって構わないので、俺に魔石と魔道具の事をいろいろ教えて貰えませんか?」 

 俺は買い取りの金額を授業料として交渉をした。

 俺の言葉を聞き女性は少しだけ困った顔をしたが答えてくれた。


 「いろいろといってもどこまでだい?」

 俺は返事に困った。どこまでと言われてもそれもわからないが答えないと。


 「一般常識的な事と俺の質問に答えてくれるだけでどうでしょう」

 「まあ、どうせ今暇だからその程度ならいいよ。ただし買い取り金額は後で答えるけどいいいかい?」

 「はい、構いません。お願いします」

 なんとか俺は交渉に成功して魔石と魔道具についていろいろ教えて貰った。


 魔石はカイン達に教えて貰った通りに各属性が存在する。当然魔石によっては俺がカインから貸してもらった魔力吸収を助けてくれるレアな物も存在する。そして魔道具についてだが、魔石に魔力を込める事で作られている。宿屋で見た光る魔石は白属性の魔石に光の魔力を込めて作られている事がわかった。

 その後はおまけでいろんな魔道具そして一番気になっていた『魔法の鞄』について教えて貰った。


 *


 結局、俺は魔石屋にかなり長い時間滞在していて予想よりたくさんの情報を貰ったので、ハンティングベアの魔石は授業料と言って代金はいらないと譲渡した。女性は又分からない事があれば教えると上機嫌で俺を送り出してくれた。

 ちなみに上質のハンティングベアの魔石の買い取り金額は金貨5枚(5万ジール)と教えて貰った。


 俺は魔石屋を出た後直ぐにに冒険者ギルド『ライド・ドール』にリリアを迎えに行った。

 リリアは既に初心者講習が終わり食堂の片隅の椅子に座っていた。

 俺の存在に気づくと直ぐに駆け寄ってきた。


 「しっかり勉強してきたか?」

 俺がリリアに聞くとコクリと頷いた。

 

 「まあ、最初だからわからない事だらけだと思うけど、俺の分かる範囲で教えていくから心配するなよ」

 「うん、頑張る」

 リリアは答えた後に俺が渡した銅貨20枚を返してきた。


 「このお金はリリアが持っていなさい」

 俺の言葉を聞きリリアは銅貨を見つめてから「はい」と返事をしポケットへと銅貨をしまった。

 

 今日の予定を終了し俺達は宿屋へと帰った。

  

 その夜リリアから魔力の情報を聞いた。

 リリアの魔力適正は、茶色、黒色、無色の3色で魔力量は8との事だった。


 俺はそれを聞いて漠然ばくぜんと思った。俺について来れるのかと。


 *


 翌日から俺の荷物持ちとしてリリアの冒険者稼業が始まった。

 リリアには最初武器、防具はなしで食料や水だけの荷物だけを持たしての同行をしてもらった。当然冒険者としての最低限の服と靴は買い与えた。

 荷物は俺のアイテムボックスへ入れてしまえばいいのだが、リリアの体力づくりを考えからそうした。

 俺はカイン達に教えて貰った事を1から順に再現していったが、身体強化さえも簡単に出来るはずがなかった。

 これは当然と言えば当然だが、リリアは時が経てば一人前になり俺と共に人々を助けれるのかと少し不安になった。


 それから20日が過ぎ俺達は予定より早く奴隷商への借金の返済を終了した。

 当然だが依頼以外にも森の奥へと入り魔物を狩りその魔物を売却して金を得た。

 その売却だが以前俺がハンティングベアの肉を売った肉屋で会員になる事で、大幅な売却金額の増額を果たしたのも大きな要因と言えよう。なぜか肉屋に行くたびに俺にゴマをするようににじり寄って来る夫婦に寒気がしたのは内緒だ。


 借金返済後さらに30日程俺はリリアと共にギルドでの依頼をこなしながら今後の事を考えていた。

 リリアの現状は少しの時間の身体強化は出来るが、武器に属性を乗せる事が出来ないが代わりに、土魔法の石礫いしつぶてが数発撃てるようになった。当然、魔物に傷を負わす事が出来ず目くらましといった所だ。

 そんな状況を見てやはり決断しなくてはならない事に薄々気づいていた。


 俺はリリアに今後を話す前に”恐らくこうなるだろう”と予測して冒険者ギルドや商業ギルドへと先手を打っていろいろ交渉に回った。

 当然それに先立つ金も必要でヘソクリと溜めていた魔物を大量に肉屋に売却した。

 肉屋の夫婦が大喜びしたのは内緒だ。

 そして準備が整った俺はリリアに告げる事にした。


 それはいつも通りの宿屋での朝食を済ませた後俺はリリアを連れて街外れの高台へとやってきた。

 この場所は俺が日本から初めて異世界へと来た場所だ。流石にアリの巣の近くに行く訳に行かないので街が一望出来る場所だ。


 「どうだ綺麗な風景だろ」

 俺は街を一望しながらリリアに声を掛ける。

 

 「うん、綺麗」

 リリアは答えるがいつもと何か違うと感じているのかあまり元気がなさそうだ。

 俺はリリアに俺自身を語る事にした。


 「俺は異なる世界から神様の依頼でこの世界で苦しむ人々を助けに来たんだ」

 俺の言葉を聞きリリアは大きく目を開いて俺を見た。


 「俺は街の近くに出る魔物を倒して少しでも人々が安全に暮らせるようにしたい。もちろん魔物を倒すだけではなく他にも人を助ける方法はあると思うけど、俺の今出来る最大限の事が魔物討伐だ。そして…その…」

 俺は胸が締め付けられる思いが溢れたが心を鬼にして言葉を発する。


 「その魔物討伐にリリアは足手まといだ」

 リリアは察していたのだろう、コクリと頷いた。


 「だっだから…」

 俺が言いそびれているとリリアは笑顔で語り掛けて来た。


 「タツヤ様、私なんとなく分かっていました。リリアがタツヤ様の足を引っ張っている事を…」

 リリアは言うと顔を下に向け体をフルフルと震え両手のこぶしをギュッと握っていた。

 そして顔を上げ涙を流しながら懇願してきた。


 「分かっています。だっだけど私はタツヤ様と離れたくありません!お願いです私にチャンスを下さい!」

 俺はリリアからの言葉を心から受け止める。俺の身勝手な行動でリリアをこんな状況に追い込んだのは俺自身だからだ。だから俺はリリアが安心して暮らせるようにいろいろ手配はしたがやはり俺の想定通りの言葉を返してきた。俺は罪悪感を感じながらも心を落ち着かせる為に深呼吸してから伝える。


 「いいだろう。今から俺の与える試練と試験に合格したら冒険への同行を許可しよう」

 俺が言うと少しリリアの顔が緩む。


 「だが、試練と試験がダメだった場合は冒険者を諦めてもらうがどうする?」

 「やります!なんでもやります!」

 リリアは即答だった。

 そして俺は告げる。


 「今から1年間冒険者ギルドで一人で鍛えてもらう。当然、頼れるのはおのれだけだ。そして1年後、魔物討伐と算術と文字の読み書きの試験を行う。これが俺から試練と試験だ。どうする?」

 これは俺が出したもう一つの答え。限りなく達成が困難な試練と試験。だけど、これはこれはリリアの命を守る上での必要事項。


 「やります!いえ、挑戦させて下さい!」

 リリアの目は真剣だった。一切迷いのない透き通る目で俺を見つめている。

 俺はそんなリリアの目を見て決断した。


 「ならば今日から1年後俺はリリアの目の前に再び現れる。その時にリリアの元気な姿を見せてくれ」

 俺はあえて試練とか試験の言葉を避けた。正直合格なんてしなくていい。ただ、元気な姿見せてくれればと。


 *


 その後俺はリリアと共に街へ戻り、リリアへ説明をした。

 住む場所は冒険者ギルド『ライド・ドール』の2階にある個室。通常は長期滞在はNGだが頼み込んで了承してもらった。当然料金は前払いだ。同時に受付嬢であるリンカさんへも依頼を行った。リリアが根を上げた場合の対処についてを。


 算術と文字の読み書きは商業ギルドで定期的に講習会が開かれているので自ら参加し学ぶ事。料金は1回1万ジール。費用は依頼で稼ぐこと。


 そしてリリアとの約束事を示した。

 ギルドの依頼や冒険にはパーティーで行く事。一人では禁止。

 食事は1日2食は必ず食べる事。

 

 最後に俺はリリアの防具の胸充むねあて、腕充うであて、ブーツそして武器の短剣と、1年分の食事費用金貨200枚を手渡した。


 「辛くなったら辞めていい、その時は受付のリンカさんに言え」

 リリアは涙をこらえながら頷く。


 「最後に最優先は自分の命だ、必ず守る事を約束しろ」

 そして俺は右手を出す。

 それを見たリリアは恐る恐る右手を出した。

 俺はグッとリリアの手を握り硬い握手をした。

 

 俺は万感ばんかんの思いでリリアに背を向けて冒険者ギルドを後にした。

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