第20話 白の墓標

「『白の墓標』ってなんですか?」

 

 道中、エラがレンに質問を投げかけた。


「まぁ、待て。直に分かる」


 その言葉と同時に、三人が歩いていた森が突如として開けて丘が見えてきた。名も分からぬ背の低い草が冷風に揺れている。

 きっと、長閑で綺麗な風景であった筈だ。だが、別の意味でその光景に彼女は息を呑む。


「これは……」


 そこに広がるのはまさしく異質な風景だった。ブナの木で出来た十字架が丘を埋め尽くす勢いで並び立つ。

 数にして数十、いや数百はあるだろうか。視界一面を不気味な程に均一な十字架が覆った。


「ここにあるのは全部墓だ。街で身寄りもなく亡くなった者達をあいつが拾って、勝手にここに埋葬してる。ここなら誰にも荒らされないしな」


 エラはこの全ての十字架の下に何百という人間が眠っているのを考えて、ゾッとした。


「俺たちは彼らの名を知らない。だから、墓標に名を刻んでやる事はできない。できる事は肉が腐り切ってしまう前に名もない真っ新な墓に入れてやる事だけだ。故にー」

「……白の墓標」


 彼女はレンの言葉を継いで呟いた。

 ナハトは白の墓標の中でも限られた空き地を探し、見つけるとそこまで荷台を押して行った。それに二人は付いて行く。


「にしても、これを全部師匠達が? なんで、こんなに面倒な事を?」

「さぁな。俺は昔からのよしみでナハトの手伝いをしてるだけだ。だが、あいつの言葉を借りるなら、『命はもっと尊くないといけない』そうだ」

「尊く?」

「そうだよ」


 話を聞いていたナハトが横槍を挟んだ。


「命は尊い。尊く、そして平等だ。だから、死も同様に尊くなければならないのさ」

「俺は偽善だと思うんだがな」


 隣でレンが吐き捨てた。

 エラはナハトの目を覗き込む。


「……それは、吸血鬼でも?」


 彼女は小さな声で尋ねた。人間と吸血鬼の共存はありえないと言い放った彼女だったが、だからこそナハトの言ってる事に疑問を持ったのだった。


「あぁ、勿論。人間も吸血鬼も同じ命だよ。それに変わりはない」


 でも、と彼は付け加える。


「僕だって殺しもする。でも、それは無作為にじゃなくて、僕がそうするのが正しいと思ったからだ。正義なんて人によって変わる曖昧なものは信じてない。だから、自分の中で善悪の線引きをするんだ。これが正しいと思ったから救い、これは間違いだと思ったから斬る。そうやって生きていけば、いくらか楽に生きていけるんだよ。これは人生の先輩からのアドバイス」


 そして、彼は一言付け加えた。


「……君だったら何を善とするのかな?」

「それは……」


 言葉に詰まった。そんな事、考えた事もなかった。だが、彼の言葉は魅力に溢れていた。

 彼女が昨晩に犯した殺しの罪、裁く者はおらずとも彼女が気に揉んでいた事柄である。あの時から少なからず悩んでいた。

 しかし、あの女性を襲った吸血鬼は紛れもなく悪である、と断言できる。ならば、昨晩の行いはその悪を断罪したに過ぎない。

 そう考えれば、いくらか肩の荷が軽くなった。


「さっさと始めるぞ」


 エラの返答は待たず、レンがナハトを催促した。

ナハトは頷き、そして、荷台のカバーを剥がす。そこに、あったものはやはりレンとエラが予測していた通りのものだった。

 

 死体。

 分かっていたとはいえ、噎せ返る死臭には鼻を摘まずにはいられない。

 加えて、匂いだけじゃなく、見た目も相当にグロテスクであった。ほとんど全ての死体に蛆虫が湧いていて、中には眼球が飛び出て視神経だけで繋がっている様なものもある。

 それが数十人も積み重なって荷台に乗せられている。

 その有り様にぼーっとしているエラにレンが指示を出す。


「お前はあの辺の土を掘っといてくれ、俺たちは墓標に使えそうな木を拾ってきたらこの遺体たちをなるべく綺麗な状態にする」


 それは、彼の気遣いも含まれていた。彼女がなるべく遺体を見なくて済むように。そういう仕事の割り振りだ。


「それじゃ、始めよっか」


 そうして、奇妙な墓作りが始まった。

 エラは人数分の穴をサクッと掘り終えると、死装束にしては少しボロいが、とりあえず蛆は払われた遺体を穴へ置いていく。それを三人で埋めにかかった。


 エラは初めの一人、二人を地面に埋めていくのに、激しい嫌悪感と抵抗感があったが、数をこなして行くうちに少しずつ和らいでいった。

 こうして見ると、その一人一人に違う特徴が見えてくる。当たり前と言って仕舞えばそれまでだが、この一人一人に人生があったんだと考えると、そのまま腐っていくのを放って置けないナハトの気持ちは分かるかもしれない。

 

 きっと、自分が師匠に出会っていなければ、こんな風に野垂れ死んでいたのだろう。そう考えると身震いした。

 エラが作業に慣れ始め、後、数人を残すまで埋めた頃には、太陽が西日に傾いていた。


「後は、俺たちが片付けるから、お前は夕飯の支度を頼めるか? お前も食っていくだろ?」

「そうだね。エラちゃんの料理楽しみにしてるよ」


 さらっとちゃん付けで読んだところに女たらしの性が出てるな、とレンは感じる。


「分かりました。任せといてください」


 彼女は胸を叩いて、宣言する。それから、彼らより一足先に城へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る