第7話 衝突
「おいおい、まさか俺達とやりあおうって訳じゃないだろうな?」
レンは男の言葉に耳を貸さず、ただ沈黙のまま男達との距離をゆっくりと縮めていく。
その行動に男は口角をさらに引き上げる。
「頼られて気が大きくなったか? ……なら、その蛮勇に応えてやろう。お前ら、もう嬲る必要はない」
男達の瞳の色が変わる。
「殺せ」
その言葉を皮切りに腰巾着の一人が懐からダガーナイフを取り出した。
ある程度距離を詰め、臨戦状態になったレンは敵の出方を伺う。
既に射程圏内の日本刀に対してナイフとは随分舐められているなと、内心悪態をついた。すると、間も無く男から直線的な突き攻撃が飛んできた。
月明かりを薄く反射して鈍く光る切っ先は明確な殺意と悪意を持ってレンの心臓へと襲い掛かる。風を切る度勢いを増していくナイフだったが、しかしそれはレンの左の人差し指と中指が挟むと途端に急停止した。
困惑の表情を浮かべながらも、男は指からナイフを引き剥がそうとするが、まるで空間に凍り付いたかのように上下左右のいずれにも動かない。
必死に悪戦苦闘していると、レンはいきなりナイフを挟んでいる左の手首を上に返した。その動きを追うように今まで微動だしていなかったナイフが容易く男の手を離れ天高く宙を舞う。
男はただ呆然とナイフの行く末を見ている事しか出来なかった。その隙にレンは腰に差した質素な日本刀を、男の脇腹から肩口へとなぞるように振り抜いた。心臓は華麗に両断された。
一瞬の間を置いて、男の上半身が地面にずり落ちた。立ったままの下半身から真っ赤な鮮血が黄色い脂肪を織り交ぜて元気よく吹き出す様子を見ても、男は何が起きたのか理解出来ずにいた。
そっと、自分の上半身の脊髄と神経の切り口を触って「あ…あ……」とようやく痛みを認知した頃には男は絶命していた。
「クソったれ!」
今度は腰巾着の片割れがリーダーの男と同じリボルバーを取り出す。恐怖と焦燥に駆られて男は一発の銃弾を発射するが、それは弾道を予測してしゃがんでいたレンに命中する事はなかった。
左腕を軸にレンは地面すれすれを一回転する。その流れにそって日本刀は男の両脚の膝下を音もなく切断した。
唐突に足の支えを失った男は受け身も取れず、無様に後ろへ倒れ込む。立ち上がったレンに尚も男は標準を合わせようとするが、まごついて何度も指を滑らせ撃鉄も下ろせずにいた。
そんな男をレンは見下ろしつつ、落下してきたナイフを左手で捕まえた。ようやく撃鉄を下ろした男は引き金を引こうとするが、それより早くレンが無慈悲にナイフを心臓へと突き立てた。
男は力を失い、リボルバーが掌から溢れ、小さな金属音のみが辺りを包む。
「ナハトは優しいから首を狙っていたがなぁ。お前らそれじゃ死なねぇだろ? 安心しろ。しっかり心臓を狙ってやるから」
リーダーの男は尻餅をついてレンを悪魔のように恐れて後ずさる。レンはナイフを捨て、刀に付いた血を大きく振り払った。その血の一滴が男の顔に付着した。それがかつての仲間の血だったと意識した途端、「ヒッ」と小さな悲鳴が漏れる。
レンの後ろで無残な姿に変貌した仲間達が自分を睨み付けているように男は感じた。次はお前の番だとそう囁かれているような気がしてならない。
鼬の最後っ屁とばかりに男はやけくそに手を何度も振りかざした。その動きに合わせ火球が生成され、レンに向かって飛来する。レンはそれを避けようともしなかった。
代わりにコートの中から出てきた数枚の式神が受けとめ、その式神は灰燼と帰したが、相殺される形で火球は消滅した。
「発火系の魔術か。いいもの持ってるじゃないか」
男は恐怖を抱いて、さらに後ずさったが、直ぐに壁まで追い込まれてしまった。夜の冷気に当てられた煉瓦の冷たさが背中に流れて込んでくる。まるで死神にでも抱きつかれているかのような薄気味悪い感触に自然と鳥肌立った。
「お前は何者だ?」
先程までの威勢はとうになく、小動物のように震えながら男は規格外の化け物に訊いた。レンはそれに対して微笑を浮かべた。
「弱い男だよ」
レンの笑みは自分を嘲笑うようなそんな笑みだった。
「師匠を守れなかった本当に弱い男だ」
その冷笑は風化で乾き切っていた。
その時、ふとレンは思い出した。
「あぁ、そうだ。お前、隻腕の吸血鬼を知っているか? 大剣を背負った男なんだが」
静かに問いただす。だが、男は声すら出ずにただ首を横に振るだけだった。
「そうか。……残念だ」
直後、レンは刀で男の心臓を精緻に貫いた。男には最早抵抗する気力もなく、簡単に意識を手放した。男の肩を踏みつけて刺さった刀を引き抜く。男の胸の真ん中に楕円の虚空が出来上がっていた。
レンは少女の方を向く。
「立てるか?」
刀を鞘に収めて、少女に手を伸ばした。
少女は顔を蒼白に、怯えた表情で三人の吸血鬼の亡骸を見つめている。レンの言葉など聞こえてないようで、ただ小刻みに体を震わしていた。
「まぁ、無理もないか」
震えた少女にそっとコートを掛けた。
「汚いがそれで我慢してくれ」
少女は黙ってコートを握り締めた。体は尚も震えている。
レンはこの少女をどうするか逡巡していた。
が、その時、彼の耳は音を捉えた。足音だ。この足音の主がルーチェのメンバーだと仮定するならば、この場面を見られる訳にはいかない。
「少し付き合ってもらうぞ」
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