第1.1話 太陽将軍都市防衛奮戦図 (中)

 街を囲む城壁の外の様子も描かれている。朱色に塗られた髭面の将軍がまったく同じデザインの鎧を着た兵士(当然、西洋風ではなく当時の唯時代風の鎧である)を率いた場面である。

 朱色の鎧を着用した将軍は太陽将軍(general of sun)と呼ばれ、唯国以外にも同時代の近隣国の文献に度々登場する。茶漬帝と共に熊狩りをした、兵士の訓練を指導した等具体的な記載が公文書に残されており、実在した人物である可能性が高い。妻、ないし娘がいたようである。残念ながら名前は不明である。太陽婦人或いは太陽息女等の記載が残るのみである。

基本的に中世以前の央国では、というより世界的に鑑みて、政治的に影響がない限り女性の名前が歴史書に記載が遺される事は極めて珍しく、それこそ自分の夫を殺害して王位を簒奪した帝政ルシアの女帝エカテリーナ位しか例が見られない。太陽夫人等の記載は当然だろう。

 太陽将軍に関しては神格化が異常なまでに激しく、正確な実態はイマイチ不明である。

 太陽将軍が弓を引いた。鏃は数百の火炎に別れ、敵陣を兵ごと焼き尽くした。矢筒津には尚大量の矢が残されていた。

 敵軍が大砲を放った。太陽将軍は鉄扉を引きはがし、盾とし、皆を護った。

 剣が折れたので、太陽将軍は岩を投げつけ、敵兵を倒した。

 太陽将軍は仙人である。茶漬帝に仕えるようになった時点で数え年百四十であった。

 などである。

 十年ほど前までは央国国内のテレビでは太陽将軍が金色のオーラをまといながら空を飛び、両手からビームを放ちながら敵兵を薙ぎ払い、囚われの姫君を救出するという歴史ドラマが盛んに制作されていた。近年では央国共産党の指導の下、そのような荒唐無稽な内容の番組は是正すべきとの指示がでている。

各種文献によると太陽将軍なる人物は異民族の出身ではあるが、その才覚を茶漬帝に見出だされ、皇帝に仕えるようになったという。その活躍は皇帝の子供達の時代迄続いているが孫の時代になると記述が歴史者からぱたりと消える。

 茶漬帝自身は文献によれば八十才までとされる(百迄生きたとする資料もある)。五百年前の央国人としては随分とまあ長生きではあるが、現代の我々の平均寿命もまた、得てして其くらいである。ましてや皇帝であるし、栄養状態も当時の唯国人の平均値よりも遥かに高かったはずだ。

 仮に太陽将軍が二十歳前後で茶漬帝に仕え始め、その後二十年、茶漬帝の死後子供達に仕えること二十年、六十歳で隠居生活と考えるとほぼ公的記録と一致する。

 まあ世の中には年寄りに年金を払いたくないから七十、八十歳にもなっても尚も死ぬまで働けと国民に命令する政府が現代社会には存在するようではあるが、少なくとも五百年前の央国は高齢者福祉が充実していたようだ。羨ましい限りである。

文献によると都市が異敵に攻められた。すると太陽将軍は鎧も着けずに城壁に登り、兵の指揮を取った。その肌は褐色であった。

行商人の馬車が擱挫し、修理している間、兵士達が護衛していた。そこを好奇と見ては喜び勇んで山賊共が襲い掛かってきた。

兵士達の窮乏に太陽息女が駆け付けた。その肌は褐色であった。などなどである。

敢えて説明するまでもないが麦国と違い、現在の央華人民共和国は国内における黒人の人口比率が極めて少ない。勿論五百年前も同様である。

茶漬帝の時代に既に西洋人は西回りで新大陸を「発見」していたが、その大陸に住んでいた珍しい「原住民」をワザワザ大陸の東の最果て。唯の国まで船に乗せて運んだ。というのは少々疑問符がつく。

同時代の文献によるとコプトの辺りまで船舶航海記録が存在する。茶漬帝治世時代の唯王朝は貨幣の質が非常によく、特に銅貨、茶漬銭が基軸通貨として唯国だけでなく周辺諸国迄幅広く流通していた。その範囲は広く、唯国の文献でいう天竺、現在のバーラト共和国迄であり、太陽将軍が船舶によってやって来た異民族であるならばバーラト人である可能性が非常に高い。

太陽息女については「弓を射かけられた。が、その乳房に弾かれ致命傷に至らなかった」「火縄で撃たれた。が、弾丸は乳房で弾かれ致命傷には至らなかった」「南蛮の悪仙道邪術を放つ。が、その乳房に弾かれ致命傷には至らなかった」「山賊が青龍刀で切りつけた。か、その乳房に弾かれ致命傷には至らなかった」等というつくづく現代人の感覚ではセクハラでしかない文書が多々ある。

しかしこの時代は(ある意味現代においても) 女性の胸のサイズというのは評価対象の一つであり、例えば「公州記」における趙氏貞の記載は「乳三尺背中に回る程」とある。余程大きかった事に誉めているのか衝撃を受けているのかけないしたいのかはたまたそれ以外の意味があるのか。現代を生きる我々には想像の範囲でしがない。

少なくとも太陽息女が太陽将軍同様の武芸家であり、海山経その他文献に彼女が幾度となく死線を越えていた烈女である。と、その当時の時代人なりの表現力で現しているであろう。

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