053 「アンタの初恋、引き受けてやろうか」「あ、うん。え?」

 ミチ。アンタが自分で気づいていない特技をおしえてやろうか。我慢、だ。


 昔、言ってたよな。兄と喧嘩して気まずい、だとか。あとは、叔父に連れられて無理やり激辛料理を食べた、だとか。自虐エピでぇす、みたいな顔して気丈に振る舞っていたけどよ、ウチ、フツーに可哀そうだったよ。アンタが。


 しかもそれらをアンタはひとりでに乗り越えていた。兄との一件は「とりあえず普通の高校に進学することにしたよ」、激辛料理は「完食」。つまりぜんぶ、我慢、で乗り切ったんだ。凄いよね、ガチ尊敬、忍耐力Sだね。そんだけ我慢強かったら、拷問の類とか余裕だろうね。焼き土下座、利根川から代わってやったら?


 ってバカがよ。


 なんでいつもそうなんだ。自分を大切にしねーんだ。


 中学二年生の時だ。ちょうど蒼鳥祭せいちょうさい直後の週末だったか。


 アンタ、泣きながらウチのとこに来たよな。


『あはは、あたし失恋しちゃった』


 どうしたのって訊いたら、これまた無理やりに笑顔を作るんだ、アンタは。


『好きな人がね、女の子と一緒に帰っているの、見ちゃった』


 昨日も今日も同じ人と一緒に帰っていたんだ。仲良さそうに。先輩、彼女がいたんだよ──結論から言えば、それはミチの早とちりだったわけだが。


 さっきの話じゃあ、その推定彼女というやつはただの幼馴染だったらしくて、恋愛関係になかったとかなんとか。けどこの件は、事実なんてどうでもよくて。

 

 その光景を見ちまったアンタが、どういう決断を下したかってのが大事。


『だからね、あたし──』


 そして二年前のミチはこう言った。


『──諦めようと思うんだ』




「ワッツだよ、ホワイだぜ。まったくよ」


 現在のミチは目を丸くして、ウチを見つめていた。彼女のショートヘアが微動だにしない。それは、あの頃みたいなロングヘアじゃないから、とかいう理由じゃなくて、あまりにも突飛な誘い文句に身体が固まっちまったってだけだろう。


 突飛? 自分の言葉に首を傾げた。そうでもないだろ。

 ウチは言葉を続ける。


「だってアンタ、本当は諦めてなんかないだろ? 諦めたことにしただけだ。自分の心に嘘をついただけだ。またもや、我慢しようとしているだけなんだ」

「…………」

「でもどうすんだよ。こんな偶然の再会を遂げたってのに、まだ我慢し続けるのかよ。……偶然? いや違うね、運命とでも呼んじゃおうぜ」

「運命……バカじゃないの、」

「バカはどっちだ」

「あやめ」

「即答すんな。嫌が応でも素直にならないらしいな。だったらよ、」


 ならば、とウチは身を乗り出して、


「アンタの初恋、引き受けてやろうか」


   ***


「なあ、陽平ようへい


 数歩先、夕暮れの道を行くそいつの名を俺は呼ぶ。彼は立ち止って振り返り、無言で首を傾げた。


「……いいや、なんでもねぇ。見つかるといいな、セーラー服の子」


 言うと、陽平は「ああ」と満面の笑みを浮かべた。

 まるで、俺が飲み込んだ言葉に気づかない様子で。


 まるで。いいや、それは間違った言い回しだ。こいつはまったく気づいちゃいねぇんだ。俺の察しの良さに、それゆえの葛藤に。


 鈍感系主人公がよ。


 いいやどうだろう。あの子──悠川ゆうかわちゃんって子の気持ちが、お前に向いてるかもしれねえ、ってのは、俺の深読みかもしれん。


 まあその説は大いにある。なんてったって、俺はエリート童貞だからな。い、いちおう言っておくが、現役だぜ! 畑中はたなかとはまだ、こう、そういうんじゃねぇからな! タイミングを図ってんだこっちは! そういう気苦労もあんだぜ! 愛しているからこそのな! 閑話休題! とにかく。童貞脳からしたら「え、あいつ気があんじゃね?」妄想ってのは、得意分野。その矢印がたとえ自分へ向いているんじゃなくても、だ。感度は最高、ところが精度は最低ってのが童貞界の相場。


 何が言いたいかって、確信はねえって話。


 それでも、可能性もゼロじゃねぇって話なんだよ。


 だからこそ、そこの真偽を確かめずにこの計画を進めていいもんか、って俺は悩んでんだよ。


 だのに、お前ときたら──


峰岸みねぎし

 歩きながら、陽平が俺の名を呼ぶ。

「なんだよ」

 その数歩後ろで俺が答える。


「ありがとな。お前のおかげで、悠川と再会できたし」

「……お前にとっちゃ、それはいいことなんだな」

「当然。あいつ、いい後輩だから。ふつーに嬉しかったよ」


 あーあー。そんな幸せそうな顔しちゃってまあ。

 俺をさらに迷わせる。


「ははっ、そうかよ。……だったらよ。もしかしてよ、この再会がきっかけで付き合っちゃったり、なんかしたり、あったりしてなぁ」


 我ながら、キショ度が強い言い回しだ。迂遠にもほどがあるぜ。

 対して、陽平はド直球だ。


「だから言ったろ。悠川とはそんなんじゃないって」


 この件に関しては、お前の方が潔くてカッコイイ気もするぜ。尊敬しちゃうね。まったく、お前みてえな男になりたいもんだ。


「…………」


 そうだ。なりてえんなら、なっちゃおうかな。

 

「じゃあ、仮にだよ」


 それから、俺は言う。お前に倣って、ド直球ストレートの豪速球を投げ込んでやる。


「悠川ちゃんが、お前のこと好きだったらどうすんだ?」


   ***


「初恋……ってなに。どういうこと」

「だからさ。アンタが吹っ切れずにいる、あの先輩への想い。ウチが叶えてやるっつってんだよ」


   ***


「僕のこと……って、ありえないだろ」

「事実はどうだっていい。お前の考えを聞かせろってんだ。どうすんだ。仮に悠川ちゃんとそういう関係になれるんだったら、お前は、」


   ***


「彼の人探しを利用して、ミチの想いを叶えてやる。ウチが」


   ***


「その人探しを利用して、お前が望む方に連れてってやるよ。俺が」


   ***


 さあ、頷いてよ。ミチ。もう我慢なんてしないでよ。


 人間って代えが無くて、人生って一回きりで、ってそんなデカイ話をしたいわけじゃないけど、でもそれは事実じゃん? 自分の気持ちに嘘ばっかついていたら、欲しい物取り逃しちゃうよ。もったいないよ。


 勇気を出してよ、もう一度。そして思い出してよ、もう一度。


 ねぇ知ってる? 蒼鳥祭で「ともだちの鈴」を交換した男女は、恋愛的にいい感じになれるらしいよ。


 いい感じになった方がいいよ。アンタと岡崎おかざき先輩。ほら、鈴のためにもさ。


 そして、ミチは口を開く。


   ***


 さあ、答えろよ。相棒。性欲のままに、もとい、欲望のままに。


 分かるぜ。確信もないのにこんな質問に答えられねえ、そう言いたいんだろ。いちど自惚れて、それが的外れだったときに傷つくのも怖いよな。ぜーんぶ分かるぜ。ただ、いまは一対一。俺とお前しかいねえ。恥をかいたとて、見てんのは俺だけだ。


 だから曝け出せ。そして、お前が望むなら俺はなんだってする。


 正直な、俺の読みは五分五分だと思ってんだ。久々に再会した相手がお前のこと今も好きだなんて、あんまり無ぇ話だ。それでもだよ。あの反応。青い鈴を取り出した時の彼女は、お前次第でイケるっつう表情だったよ。


 下品極まりないかね。ええい、なんとでもいえや。知ったこっちゃねえ。


 いまの俺の心は、岡崎陽平にだけ向いてんだ。


 そして、陽平は口を開く。


「僕は、悠川と──」


   ***


「あたしは、岡崎先輩と──」




「3回会えたらシようよ私と」「あ、おう。は?」


第三章

  〈そして芽吹きと秋の空〉編 幕。






「その言葉が聞けて良かったぜ。相棒」

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