07.不吉な存在

 ウィザラバの続編では、中盤から黒い影が現れ主人公たちを翻弄する。

 その正体は理事長が魔術で呼び寄せた闇の力だった。


 闇の力は人々の心の澱から生まれる不吉な存在。


 ノックス王国の破滅を目論む理事長は、王族に謀反を企てているマルロー公爵家と手を組みそれを召喚した。

 貴族嫌いの理事長がマルロー公爵家の面々を仲間と認識することはなく、当主やその令息を言葉巧みに騙しては、召喚のために利用し捨てていた。


 そうして得た闇の力をより強固にするために、学園にいる貴族出身の生徒たちを襲わせる。

 やがてゲームの中の理事長は次第に闇の力に呑まれてゆき――最後には暴走した魔力の影響で人の形を失った。

 挙句の果てには自我まで失い、エリシャたちに襲い掛かっていた。

 

(今はまだシナリオのスタートラインにも立っていないのに、どうして闇の力が現れたのかしら?)


 サラたちの世代のエンディングが変わったから、未来が変わって理事長がもう動きだしてしまったのかもしれない。


 そんな疑問が頭を過った。


     ◇


 バージルを助けようと手を伸ばしていたのに、ジルが私とバージルの間に滑り込んできて邪魔をする。


「ジル、どうして邪魔をするの?」

「つべこべ言わずに下がれ。こんなに危険なものに挑もうとするな。助けを呼べ」

「バージル殿下を助けるのに助けを呼びに行く時間がないわ!」

  

 黒い影は地面から伸びてバージルの首に巻きついている。

 どうにかして取り払おうと藻掻くバージルだけど、顔色は真っ蒼で、思うように力が入らない様子だ。


「バージル殿下! 今助けるから頑張って!」


 もしこの黒い影がゲームの中に出てきた通り闇の力であれば、これに対抗できるのはエリシャしかいない。

 エリシャの歌に込められた癒しの力が黒い影を撃退できるはずだ。


 ……だけど、対抗するにはエリシャが覚醒せねばならず、その為のイベントがまだ起こっていないから今の彼女では無理だろう。

 微かな可能性にかけ、王宮植物園の中に居る彼女をここに連れてくるのは危険だ。


 それなら、この黒い影の気を逸らしてバージルを助けるしかなさそうだ。


「ジル、私があの黒い影に攻撃をするから、黒い影が私に気をとられている内にバージル殿下を助けてね」

「断る!」

「早い!」

「俺様は小娘が無茶をしないように見張るのが仕事だ。むざむざと危険に晒すような真似はしないぞ」


 ジルは長い前足と後ろ足を器用に折り曲げ、香箱座りをしてしまった。

 梃子でも動かない腹積もりのようだ。


「ジルがそのつもりなら、こっちだって考えがあるわ」

「今すぐその考えを捨てて助けを呼べ――って、おい!」


 ジルの制止を無視してバージルの元に駆け寄る。

 物理攻撃魔法の呪文をいくつか唱え、黒い影を攻撃してみた。


 黒い影は私の攻撃を受けても全くダメージを受けてくれず、ケロリとしている。

 それでも、反撃しようとして細く枝分かれし、襲い掛かって来た。なんて器用な影なんだ。


「分裂するなんて卑怯よ! 反撃するならバージル殿下から離れて反撃しなさいよ!」

「小娘、逃げろ!」


 ジルの叫び声が聞こえてくる。

 言われなくても逃げるつもりだ。追いかけさせて注意をこちらに向ければ、バージルが逃げる隙ができるはず。


 ジルが「逃げろ」と騒ぐ声に紛れて、バージルから弱々しい声が聞こえてきた。


「ど、うして……?」


 視線を遣ると、バージルは瞠目して私を見ている。


 それはまるで、「何故助けるんだ」とでも言いたげな顔で。

 掠れる声を振り絞り、問いかけてきたのだ。


「大切な生徒を守るのに理由なんていらないわ」


 と、答えた矢先に、何もない場所で躓いて転んでしまう。

 「守る」と宣言しておいてこの様だ。自分のポンコツ具合を呪いたくなる。


「小娘! ぼさっとしていないで逃げろ!」


 ジルが黒い影を攻撃して私から遠ざけてくれたけど、黒い影は諦めが悪いようで、またもや枝分かれして伸びてくる。


 逃げようして足に力を入れると激痛が走り、立ち上がれない。

 どうやら足を捻ってしまったようだ。


「うう……最悪」

「小娘! 逃げろ!」

「足を捻ったから立ち上がれないのよ」

「なんだって?!」


 もうダメだ、と思ったその時、空気を切り裂くような音を立てて氷の刃が現れ、黒い影を攻撃した。


「先生、大丈夫ですか?」


 聞き覚えのある麗しい声が耳に届く。


 まさかと思い振り返れば、黒いマントを翻しこちらに近づいて来る、アロイスの姿が目に飛び込んできた。


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