第二章 黒幕さんは、お別れの寂しさを知ったようです
01.宵闇の夢
真夜中の学園の中を、【私】は歩いている。
空は暗い色の雲に覆われ、月の光が届いてこない。
深い深い宵闇の中を進むのに、頼りになるのは手に持っているカンテラの明かりのみ。
そんな心細い状況の中で、【私】は探し物をしているらしい。
……既視感だわ。私はこの情景を見たことがある。恐らくこの夢は、ウィザラバの続編の一場面のようね。
やがて噴水広場に辿り着くと強い風が吹き、雲を押し流す。
雲間から覗く微かな月明りが噴水の前に佇む人影を照らした。
金灰色の髪の男性が、こちらに背を向けている。
彼の姿を見つけた【私】は息を呑んだ。
「理事、長?! ど、どうしてここに居るんですか?」
「エリシャ。君こそ何故、こんな真夜中に出歩いている?」
【私】、エリシャ・ミュラーはか細い声で謝罪の言葉を口にする。
この気弱なヒロインは二言目には謝罪の言葉を口にしてしまうのよね。
理事長はそんな彼女にいつも、「容易く謝ってはいけない」と言って自分に自信を持つよう諭していた。
一見すると冷たい印象を与えるけれど、いつもヒロインを応援してくれていた理事長。
だけど、この夜の彼は違った。エリシャを嘲笑うかのようにくつくつと声を上げて振り返り、口元を歪ませ見下ろしてくる。
怜悧な美貌を歪ませて笑う姿は別人のようだ。
エリシャは、いつもは無表情な彼がこんな顔をするなんて想像もできなかった為、茫然とする。
何かがおかしい。
そう直感したエリシャだけど、自分をオリア魔法学園に転入させるためにミュラー家の支援をしてくれた理事長の事を、疑いたくなかった。
気のせいだと自分に言い聞かせ、第六感が伝えてくれた警告を無視してしまう。
「そんな事はどうでもいい。探し物をしているから邪魔しないでくれ」
「私も一緒に探します。どんな物ですか?」
「欠片を探しているんだよ。とっても大切な、俺の一部をね」
「理事長の、一部……?」
……変ね。私が知っている展開とは違うわ。私が知らない裏ルートでもあるのかしら?
理事長の言葉遣いが荒くなっていくのは、彼がもともとは公爵家の子どもではなく貧民街に住む孤児だったからで。
彼は、死んだ令息に似ていたから公爵家に引き取られたのよね。それも、身代わりとして……。
だから口調が変わるのはゲーム通りなのだけど、ゲームの中の理事長は探し物なんてしていなかったはず。
確か、「大切な人の事を思い出していた」と言っていたわ。
まさか、ウィザラバの続編には黒幕ルートなるものが存在しているのかしら?
前作ではリリース後にノエルのルートを作って欲しいと訴えるファンが多かったものね。
「――そうだ。人間が俺の物を勝手に隠して壊したから探している」
理事長の瞳の色が赤く染まっていく。
血に染まったかのように赤く赤く、不吉な色に染まる光景にぞっとする。
「なぁ、俺の力を返してくれよ」
エリシャは腰が抜けてしまったのか、ただじっとその様子を見守っているだけ。
早く逃げてと叫んでも、彼女は全く動かない。
理事長が放つ不可解な魔法の光が彼女に迫り、視界が暗転した。
◇
「逃げてぇぇぇぇ!」
はっと目が覚めれば、朝日が差し込む室内に居る。見慣れた天蓋が視界いっぱいに映り、ホッとして胸を撫で下ろす。
安堵の息を漏らしたその時、お腹に回されていた腕に引き寄せられ、目尻に柔らかな感覚が落ちた。
「レティ、怖い夢を見たのか?」
ノエルは心配そうに声を掛けてくれ、私の頬を優しく撫でた。
その手の感触や温かさ、そして声や香りに包み込まれると体の強張りが解けてゆく。
ああ、ノエルが居るから大丈夫だ。
与えてくれる安心感が心地よくて甘えてしまう。
「ええ、真夜中の学園に理事長が出てくる夢だったのだけど、恐ろしかったわ」
「……へぇ? レティの夢に出てくるなんて妬けるな」
前言撤回。ノエルはいきなり笑顔に圧を込め始めた。
寝起きに凄むのは止めてくれ。心臓に悪いから。
「ノノノ、ノエル? どうして怒っているの?」
「どうしてだと思う?」
「わからないから聞いているのよ?!」
時々、ノエルが何に怒っているのかわからない事があるのよね。尋ねてみても逆質問ではぐらかされるだけ。
素直に言ってくれたらいいのに……。
これから一緒に生活していくのだから、こういったもやもやとする問題は残さず解消していきたいのよね。わからない事をわからないまま放っておきたくないのよ。
それに、夫婦円満の秘訣はお互いの歩み寄りだとお義母様が言っていたわ。
……よし、夫婦円満の為のいい作戦を思いついたわ。
その名も、【もやもやデリートで夫婦円満☆作戦】!
明日やろうは何とやらと言うくらいだし、今起きた問題は今のうちに解消するのよ!
「ノエル、私は人の心を読む魔術なんて使えないから、言ってくれないとわからない事もあるのよ。それにね、ノエルが嫌な思いをしているならそのままにしておきたくないわ」
「レティ……すまない。レティの夢に出て来た理事長に嫉妬しているんだよ」
「どうして理事長に?」
「彼はレティの好みを具現化したような人間だからだよ。いつか惹かれてしまうのではと気が気でならないんだ」
「なぬ?!」
待て待て待て。私の好みをどうやって知ったの?!
まさか、あの本棚の中に入っている恋愛小説に全部目を通したのかしら……?
暗に好みを掌握していると告げられたも同然ね。ひやりとした所為で目的を忘れかけてしまったわ。
……それにしても、ノエルはこの前も「理事長がアロイスに似ているから」と言って不安がっていたわね。
理事長といえば……端正で怜悧な顔立ち、氷のように冷たい眼差しに、近寄りがたさを感じる淡々とした口調、ひと匙程の孤独を滲ませた後姿――。
あー、うん。確かに、《続編の黒幕》なんてフィルターが無かったらときめいたかもしれない……。
「レティ、理事長の事を考えているだろう?」
ずいと顔を寄せてくるノエルは相変わらず凄みを滲ませているけれど、これが焼きもちだと思えば可愛らしいわね。
「ノエルの事も考えていたわよ。お母さんはノエルに幸せになって欲しいもの」
「……その設定、もう止めてくれないか?」
「え?」
ベッドが軋む音がした。
ゆらりと影が落ち、気付けばノエルを見上げている。体の両側にはノエルの手があり、逃げられない状況で。
「レティがくれる母のような愛情は心地よいから好きだよ。ただ、私たちはそのような関係ではないだろう? これからはレティと想いを共有し対等な関係を築いていきたいんだ。与えられるだけでは嫌なんだよ」
「……そう、思っていたのね。今まで気付けなくてごめんなさい」
ノエルが言う通り、出会ってから今日に至るまでの間に、私たちの関係性は変わった。
最初の頃はお互いの出方を探り合い、ノエルの【なつき度】を上げるべく奔走していたけれど――。
今は、お互いの気持ちを共有して二人で支え合っていく関係になったわね。
メインキャラたちが卒業した今が変化の時期なんだわ。
息子が巣立っていくようで寂しいけれど、ノエルがそう願うのならば第二の母を卒業しよう。
「……それに、ノエルは私より年上だものね。息子じゃなくて――同担の方が近いわよね!」
「ど、う、たん?」
「ええ、同じ推しを応援している仲間という事よ。一緒にアロイスを応援していきましょ。ノエルと一緒に推し活するの楽しみだわ!」
ノエルはここ最近、アロイスを気にかけて度々会いに行っているのよね。
どうやらアロイスが卒業してから彼への好感度が上がったみたいなのよ。
以前も、「若くして国王になるアロイスを応援したい」と言っていたから、相当な強火ファンだと思うわ。
「……」
「ノエル?」
「……そこ、どうしてズレるのだろうか?」
小さく呟いたかと思うと、ノエルは脱力して覆い被さってきた。重いから逃げようとすると、両腕に力を込めて捕まえられてしまう。
「やっと第二の母とやらを乗り越えたのに、新たな壁を建てられてしまった……」
この大きな重りは溜息をついて私の首元に顔を埋めると、ふて寝してしまった。
***あとがき***
一週間以上お時間をいただき申し訳ございませんでした……。
おかげさまで、どうにか表紙とカバーデザインが完成しました!
近状ノートに画像を掲載しておりますので、よろしければ見てくださいね。
同人誌のデザイン・編集作業が想像していたより多く、今月中は更新が不定期となります。
ご迷惑をおかけして申し訳ございませんが、引き続き更新を待っていただけますと幸いです。
これからも黒幕さんをよろしくお願いいたします。
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