第19話 半分だけの勝利

晩餐会に並べられた料理は見覚えがあった。それでも一口食べてジジの料理ではないことはすぐに気付いた。ハーブを利用した料理が多く、海の素材も使われている。ジジがレシピと素材も提供したのだろう。


みんなが料理を食べ始めるとアルベルトさんが話しかけてきた。


「テンマ君、そちらのジジさんと正式に婚約したそうだね。おめでとう」


アルベルトさんにも話は伝わっているようだ。しかし、ソフィアさん達の視線は少し冷たい。


くぅ~、ヘタレ話がご婦人達にも伝わっていそうだ……。


それならこの場で作戦を始めよう。


「ありがとうございます。ただ私の故郷の風習というかしきたりで、十八歳まで結婚はできなかったのです。彼女ジジには色々と待たせてしまいました」


暗にヘタレだからキスだけでやめたんじゃないと含めたつもりだ。


くっ、やはりこれだけでは無理かぁ~!


まだ女性陣からの冷たい視線がなくなる感じはしない。


「ほう、テンマ君の故郷ではそんなしきたりが……」


アルベルトさんもヘタレ話を聞いていたなぁ~!


よし、次の作戦だ!


「はい、他にも色々なしきたりがあります。そうだっ、みなさんも揃っていますので、ここでしきたりの立会人になってもらいましょう」


ま、まだ、視線が冷たい気がするぅ~。頑張るんだ!


ジジに向かって立ち上がり、収納から指輪の入った箱を出す。ジジも慌てて立ち上がってお互いに向き合う。


「ジジ、私の故郷では親しい人に立ち会ってもらい、婚約者に指輪を贈る風習がある。これを受け取ってほしい」


作戦通りみんなの視線は箱に注がれている。ジジに話しながら蓋を開いた。ジジは指輪を見て大きく目を見開いた。


「こ、こんなすごい宝物……、もらえません!」


ジジは指輪を見て呆然と呟いた。他の人には指輪が見えないようで、必死に覗き込もうとしている。


よし、作戦は順調だ!


焦らすようにみんなに指輪を見えないようにして、箱をテーブルの上に置き、指輪だけ手に取ってジジを見つめる。


「婚約の証として指輪を受け取ってほしい」


ジジの左手を手に取り、薬指に指輪をはめる。


「ジジ、必ず幸せにする。俺と結婚して欲しい!」


「はい」


すでに返事をもらっていたので、自信を持ってみんなの前でプロポーズができた。ジジは目に涙を溜めて頷いて返事して、俺の胸に飛び込んできた。


俺はジジを受け止めて、優しく抱きしめる。


指輪の効果かプロポーズの演出か分からないが、冷たい視線を感じない気がした。


「テンマ、少しは男らしいところを見せたじゃねえか!」


こ、このランガの馬鹿野郎!


ランガを睨んだが、ニヤニヤしているだけだ。


いい感じに誤魔化、ゲフン……話が進んでいたのに台無しだ。ジジは恥ずかしそうに俺から離れ、思い出したように冷たい視線が俺に突き刺さる。


だが恥ずかしそうにするジジの手にある指輪に視線が集まっていた。ジジが手を動かすたびにキラキラと輝いているのだ。


最初よりは冷たい視線が和らいだ気がする。


まだ、これだけでは不十分かぁ~。


俺は用意した作戦で畳みかけることにした。みんなを見回してから話し始める。


「本当は結婚のときに着てもらう衣装をお互いの両親の前でお披露目するんだ。でも、俺もジジも両親はすでにいない」


ジジの両親は亡くなり、俺の両親は亡くなっていないが前世のことだ。


「みなさんに両親の代わりに、お披露目に立ち会ってほしい!」


みんな頷いてくれているというか、女性陣は衣装と聞いて目が輝いている。


俺は最後の作戦に願いを込めて、収納から衣装を着せたマネキンを出した。驚きや喜びの声が聞けると思ったが、静かになってしまった。


し、失敗したぁ~!


理由は分からないがみんなの反応がない。動揺しながらジジを見ると、驚いた表情で固まっていた。


も、もしかして……?


俺は他のみんなの表情を見ようと振り返った。そこにはジジと同じように驚いて固まっている姿があった。


よっしゃぁーーー!


舞い上がった俺は自信満々でジジに話しかける。


「俺が十八歳になったら、これを着て嫁に来てくれ」


「ひゃい!」


ジジの目から涙が溢れだしていた。少し噛んだがしっかりと俺を見つめて返事をしてくれた。俺はまたジジを優しき抱きしめる。


それを見ていたみんなから盛大な拍手で祝福されたのである。


俺はみんなの頭の中からヘタレという言葉が消えたと確信したのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



すぐにみんなは談笑をしながら食事を始めた。話題は婚約指輪や衣装のことが中心だ。ウェディング衣装のマネキンは俺達の背後に飾ったままである。


すでに俺に冷たい視線を向ける人は誰もおらず、女性陣はウェディング衣装を見て羨ましがっていた。


ふふふっ、作戦勝ちだね!


ランガもサーシャさんにプレゼントを催促されて困っている。無神経なランガも俺に構っている余裕はなさそうだ。


勝ち誇って安心する俺にアルベルトさんが尋ねてきた。


「テンマ君、叔母を側室に迎えてくれるそうでありがとう。私も家族一同も本当に感謝している」


へっ、……な、なんですとぉーーー! 誰がそんな嘘を言ったんだぁ!?


「私は側室の末席なのじゃ」


ド、ドロテアさん、ついに頭が変になったのぉ~!


自信満々に笑顔で話すドロテアさんが信じられない。


「領主様、妹のミーシャもドロテア様と一緒に側室になります。これからもよろしくお願いしますわ」


サ、サーシャさんまで何を! まさかサーシャさんの囲い込み作戦……。


「ふむ、開拓村の村長であるサーシャ殿と、これからは家族になれるのだな。ロンダ領はこれから益々結束も固まり、将来が楽しみだ」


ミ、ミーシャは結婚など考えていないと言っていたはずだ!


おい、なんで話を無視して、お前ミーシャは料理を楽しんでいるんだ!


待て、待て、待ってぇーーー! 勝手に話を進めないでぇ!


俺はジジに申し訳ないと思ってジジを見た。ジジは指輪をうっとりと見つめていたが、俺と目があうと話した。


「ずっと一緒に過ごしたミーシャちゃんと、姉のようなドロテア様が一緒で、私も嬉しいです!」


う、嬉しくなんかなぁ~い!


「正妻からも同意が得られたので安心なのじゃ」


き、聞いてないよぉ~!


「妹は結婚にそれほど熱心ではないみたいで困ったわ。それに結婚相手は自分より強くないとダメというのよぉ。テンマ君、妹のミーシャをお願いね?」


「テンマと結婚すれば、いつでも訓練できる!」


ミ、ミーシャちゃん、それで結婚するのは違うと思うよ……。


サーシャさんを見ると静かに微笑んでいた。俺には悪魔の微笑みに見える。


ま、また、サーシャさんの策略に嵌められたのかぁ!


よく考えろ、テンマ! この事態を何とか回避しないとダメだ!


ジジが受け入れて、ドロテアさんの家族までいるこの状況を何とか……。


に、逃げられない……かも。


よく考えろぉ、テンマァーーー!


うん、故郷のしきたりで逃げるしかない!


「わ、私の故郷では─」


「いまさらしきたりで側室がダメとか言わないわよねぇ」


くっ、サーシャさんに先手を打たれたぁ!


考えろぉ、テンマァーーーーー!


「ダ、ダメでありません……、でも、すぐには……」


サーシャさんの目が鋭くなったぁ。誤魔化しているのバレバレやんけぇ~!


「すぐにはということは、私の大切な妹のミーシャの結婚はいつになるのかしら?」


くぅ~、サーシャさんがどんどん攻めてくるぅ~!


アルベルトさんの家族も真剣な表情で俺を見つめている。


「い、一年は最低でも……」


せ、せめてこの場だけでもやり過ごせば……。


「そう、ならテンマ君の十九歳になったときね。その半年前にはジジちゃんと同じように指輪や衣装を用意してくれるということね。分かったわ、両親にもそう伝えておくわ!」


おうふ、完全に囲い込まれたぁ~!


「それなら私も国王陛下にお伝えせねば!」


そんなことするなぁーーー!


「メイもお兄ちゃんのお嫁さんになって、あれを着るのぉ~!」


「ピピも着るぅ~!」


勘弁してくれぇ~! 収拾できなくなるぅ~!


作戦は半分だけ成功したが、半分はボロ負けだぁーーー!


それでも一年はしきたりで引き延ばせたと今は納得しよう。


この囲い込みから俺は逃げられるのだろうか……。



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