第20話 虫の知らせ

人々は花火ファイアーワークが終わると、マムーチョ辺境侯爵領の未来に希望を感じて笑顔を見せていた。


最後にレイモンドが祭りの終わりに合わせて花火ファイアーワークをもう一度見られると話すと、人々は大いに盛り上がり祭りを楽しみに役場前の広場から散っていったのだった。


ヴィンチザード王国の国王や貴族、それにローゼン帝国のノーマンとグリード侯爵は役所内の祝賀パーティーに参加した。


祝賀パーティーでは、ヴィンチザード王国とローゼン帝国の間に不戦条約が締結されたことが発表され、ヴィンチザード王国側は大いに盛り上がるのであった。


しかし、ノーマンとグリード侯爵は先ほどの式典のことや花火ファイアーワークのことで混乱していた。だから一通りの挨拶を終えると早々に迎賓館に戻ったのである。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ノーマン達が迎賓館に戻ると、皇帝は不機嫌そうな表情で待っていた。グリード侯爵はその雰囲気に何も話せず、ノーマンが皇帝に式典のことを詳しく話した。


「やはり先ほどの光の魔法は黒耳長族、要するに勇者関連の知識だということだな?」


「たぶんそうだと思います。マッスル殿の祝福だとマムーチョ辺境侯爵が言っておりました。そして祭りの終わりにも同じ魔法を見られると話しておりました」


皇帝の問いかけにノーマンは答えた。皇帝はノーマンの返答を聞いてさらに不満そうな表情になった。


皇帝は式典には参加せずに迎賓館に残っていたのだが、花火ファイアーワークの音に気付いて迎賓館から見たのだ。そして花火ファイアーワークに魅了され、それが勇者由来の魔法だと思ったのだ。


皇帝は勇者由来の魔法だと考えれば考えるほど、自分が魅了されるような花火ファイアーワークの魔法を奪われたという思いが強くなっていた。

その魔法を勇者に近い黒耳長族のマッスルが使ったのだから、奪われたのは見当違いだと皇帝も理解はしていた。それでも込み上がる怒りをおさえられなかったのである。


「それならマッスルが近くにいて、魔法を使う時には姿を見せるということだな?」


「は、はい、そうだと思います……」


ノーマンは皇帝の問いかけに不安を覚える。

皇帝がマッスルに会うつもりだと気付いて、先ほどの式典での黒耳長族の言葉を思い出していた。皇帝がマッスルに失礼なことをすれば黒耳長族と敵対することになる。

そして、ヴィンチザード王国側や住人たちの反応を見る限り、やはりマッスルの噂は真実だとノーマンは確信していた。だからマッスルに不用意に手を出すのは危険だと思ったのだ。


残念ながらノーマンの不安は的中する。


「それならマッスルに会いに行くぞ!」


「お、お待ちください。マッスル殿の機嫌を損ねるようなことをすれば大変なことに!」


ノーマンは皇帝の性格では間違いなくマッスルの機嫌を損ねるだろうと思い、皇帝を引き止めようとした。


皇帝はバルドーの忠告もあったので、慎重に行動するつもりだった。しかし、勇者の知識が次々と奪われると焦り、我慢することなどできなかったのである。


「顔合わせと挨拶だけにするだけじゃ!」


皇帝はそう話すとすぐに行動を始めるのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



レイモンドに依頼された花火ファイアーワークを終えて、ジジと祭りを楽しもうと港の端から街に戻るために歩いていたら、ドロテア四姉妹に捕まってしまった。


ドロテア四姉妹に花火ファイアーワークをすることは伝えてあったが、詳細な話はしていなかった。だから式典の最後に花火ファイアーワークを使ったことに驚き、魔法を使うところを見たがっていた彼女達は文句を言ってきたのだ。


それに今回の魔法は上級魔法の連続花火ファイアーワークスであった。彼女達も初めて見たので、なおさら文句を言ってきたのである。


結局、ジジはピピとシルを連れて街に戻って、祭りを堪能しに行った。

俺は四姉妹にドナドナされて港に引き返し、彼女達に花火ファイアーワークの原理を細かく教えることになってしまった。


難しい説明に、時間はあっという間に過ぎて、気付けばバルドーさん達やマリアさん達、ミーシャ達も港にやって来ていた。ジジ達も戻ってきて、そろそろ祭りの終わりに近づいていた。


俺は予定通り連続花火ファイアーワークスの魔法を使う。


ヒュゥーーー……ドンッ!

ヒュゥ、ドンッ、ドンッ、シュッ、ドンッ!


街のほうから歓声が聞こえてくる。


連続花火ファイアーワークス花火ファイアーワークを百発ほど連続で打ち上げる。それを数回繰り返し、とっておきの花火ファイアーワークを打ち上げる。


ヒュゥゥゥーーー……、ドォンッ! パアァ……。


『あっ、僕だぁ!』


ひときわ大きな花火が開き、真ん中には光でシルの形になる。


ヒュゥゥゥーーー……、ドォンッ! パアァ……。


今度はしだれ柳風の花火の上に光でピピの顔になった。


「「「わあ!」」」


「すごい、すごいのぉ~、あれピピなのぉ!」


シルもピピも自分だと気付いたようだ。


ヒュゥゥゥーーー……、ドォンッ! パアァ……。

ヒュゥゥゥーーー……、ドォンッ! パアァ……。


そして最後はエアルとドラ美ちゃんの姿になった。やはり最後はマムーチョにゆかりのある姿の花火にしたのである。


リディア「あっ、俺だ!」

エアル三姉妹「「「私じゃ(よ)!」」」


リディアも気付いたようだが、エアルだけでなく、見た目が変わらないエリスとエリカも自分だと思ったようだ。


これで花火ファイアーワークは終わりだと思い、ホッとして振り返るとそこには涙目のドロテアさんがいた。


俺は焦って、ドロテアさんが騒ぎ始める前に説明をする。


「今回はここまでだ。ドロテアさんや他のみんなの花火も作ったけど、ここでは目立ちすぎるからね。エクス群島に戻ったら見せてあげるよ!」


ドロテアさんは納得したのか笑顔になっていた。実はドロテアさんも含め、他の人の花火は作っていないが、島に戻るまでに作れば問題ないだろう。


他のみんなも笑顔になっているのを確認して改めてホッとしていると、我々のほうに近づいてくる一団に気が付いた。



   ◇   ◇   ◇   ◇



我々に近づいてきたのは皇帝様御一行だった。


そんな気はしてたよぉ~!


虫の知らせとでもいうのか、何となくそんな気がしていた。


どう見ても我々に用事がありそうな雰囲気だ。皇帝にノーマンさんもいる。今日は護衛と分かる兵士達も一緒にいた。


「何か我々に御用でしょうか?」


物々しい雰囲気を感じてバルドーさんが尋ねた。皇帝が何かを言おうとしたが、先にノーマンさんが話しかけてきた。


「こちらにマッスル殿はいますでしょうか? 陛下がご挨拶をしたいのです」


「ここにマッスル様はいませんよ」


バルドーさんは惚けて答えた。


まあ、変身していないから間違ってもないかぁ~。


バルドーさんの返事を聞いて、また皇帝が話す前にノーマンさんが言った。


「しかし、こちらにマッスル様がいるとマムーチョ辺境侯爵殿が言っておりました!」


ええぇ!? そんなこと言ったのぉ!


予想外の話に驚いていると、バルドーさんが冷たく言った。


「そのような嘘をローゼン帝国の第四皇子が言うとは情けない」


「嘘ではありません。先ほどの魔法は式典の祝福としてマッスル殿が使うと言っておりました!」


本当かよぉ!?


「ほう、マムーチョ辺境侯爵はマッスル殿が魔法をここで使っていると、あなた達に話したというのですね。もしそれが嘘だとしたら許されませんよ?」


ま、まあ、許さないほどでもないけど……。


「えっ、いや、マムーチョ辺境侯爵は確かにあの魔法はマッスル殿の祝福だと……」


う~ん、祝福ではなく、祭りの企画の一つとしてなんだけど……。


「ああ、そういうことですか。何か勘違いをされているようですね。マッスル様の祝福ではありますが、マッスル様本人が魔法を使うとは言っていないでしょう?」


え~と、露骨に馬鹿にしたような顔で言わないでぇ~。


バルドーさんは軽蔑するような視線をノーマンさんに向けて話したのであった。

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