第12話 苦悩するノーマン
俺はジジと並んで歩きながら、後ろを振り返ってから溜息を漏らした。目の前をピピと
どう見ても目立ちまくりである。この世界にはない浴衣風の服は目立つ。それを着た連中が数十人も連れだって歩いているのだ。まだ、祭りのメイン通りではないが、我々を見た人々は口を大きく開け驚いていた。
『祭り=浴衣』と思いつき、ジジと並んで歩く自分の姿を想像して浴衣を作った。バルドーさんから追加発注があっても、聖地で使うのかと深く考えずに作ったのだ。
よく考えれば目立つと分かるだろうに……。
自分で自分を問い詰めるように心の中で呟いていた。
うん、開き直ろう!
普段着でも綺麗な女性陣に、ホスト集団かと思える美男子ばかりのバルドーメンズ隊。浴衣がどうのとか関係なくどうせ目立ったはずである。
それに元エクス自治連合の領地内では、黒耳長族は特別視されている。エクス自治連合時代から連合の盟主一族で、貴族並みに扱うように正式に連合内で布告が出されていた。それだけではなく黒耳長族のお陰で今の繁栄があると、住民は感謝して敬うような態度で接していたのである。
我々一行に驚いていた人々も、
気にせず祭りを楽しもうと、祭りの中心ともいえる大通りまで出てきた。
俺の気持ちが伝わったのか大通りに出ると、それぞれが勝手に行動を始めた。
リリアが先頭になり、強引にミイの手を引き、ミーシャがそれについて行った。ジュビロとタクトはコソコソと
バルガスはマリアさんと二人っきりになりたそうだったが、リディアとハル衛門が一緒だ。あの食いしん坊ドラゴンを制御できるのはマリアさんしかいない。
バルドーさんもいつの間にかバルドーメンズ隊と姿を消してしまった。だが秘かにメンズ隊の一部が、別行動を始めたそれぞれに護衛のように付いているのが分かった。
まあ、どの連中も手を出した相手のほうが危険だと思うが……。
自嘲するように笑ってそんなことを考える。そしてみんなが分散したことで注目も分散したとホッとするのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
気付くと俺はジジと二人っきりになった。それに気付くと急速に喉が渇いてきた。
前世で祭りの楽しい記憶は子供の時だけだった。中学生の頃になると親は一緒に祭りに行かなくなり、一人で祭りに行けば同級生や知らない相手に金を脅し取られるだけだった。大人になってもそれは大して変わらず、逆にもっと危ない連中に絡まれたこともあり、祭りには行かなくなった。
それでも女の子と二人で祭りに行く夢は残り、前世でネットを使って妄想というシミュレーションをしてきた。
現実に直面してシミュレーションはどこかにいってしまった。
「テンマ様、あそこで飲み物が売っています。喉が渇いたので飲みませんか?」
くっ、ジジは完全に俺の状態を把握している気がするぅ~!
「うん、そうしよう」
それからは俺のシミュレーションと違ったが、祭りを普通に楽しんだ。おなかが空いたと思うとジジが良い香りがすると海鮮焼の店に誘導したり、格好いいところを見せようと思うと、ジジが自然な感じで前世の温泉街にあるような弓の的当てに誘導したりと、自然な感じなのだが俺の気持ちを読まれ、主導権を握られている気がした。
途中でミーシャ達が木製のナイフ投げで高額商品を大量にゲットしている姿を見たり、エアル達は輪投げが上手くいかず魔法を使おうとしてピピに叱られているのを見たり、ジュビロとタクトが変態にしか見えないラブラブな雰囲気で歩いているのを見たりした。
他にも町のお店の企画なのか大食い競争に参加するリディアとハルに、涙ながら店主と思われる人がこれ以上は許してくれと懇願する姿も見たのだった。
バッサンの街の中心に位置する広場まで移動してくると、ジジは人が並んでいる一画を指して尋ねてきた。
「あれはテンマ様用意した魔道具で作る菓子じゃありませんか?」
ジジの指摘のとおり、先頭の客が受け取っているのは綿菓子であった。最初は祭りということで何となく作ったのだが、甘味はどうしても単価が高くなる。だから提供するのをやめようと思ったのだが、レイモンドに実演したら、絶対に売れるから大丈夫だと言われて、魔道具を渡したのである。
「本当に売れるんだなぁ」
バッサンも含めて元エクス自治連合の町や港は景気が非常に良い。それでも高すぎると思ったのだが、祭りと物珍しさで売れているのかもしれない。
一通り広場の屋台を見て回った。すでに見たような屋台が多く疲れたので、広場の片隅にテーブルと椅子を出してジジと座った。多めに買って収納してあった飲み物や食べ物も出して二人で食べ始めるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
ノーマンは憔悴したような表情で皇帝にお願いする。
「陛下、ここは他国です。絶対にお立場を明かされることはやめてください。それに庶民は基本的に陛下のことを知りません。無礼だと思っても絶対に怒ったりしないでください!」
「そんなのは知っておる。無知のような扱いをするでない!」
ノーマンは溜息を付いて話を続ける。
「話し方も庶民らしくしてください。お忍びなので身分を気付かれないようにしないとダメなんです!」
「んっ、そうなのか?」
(おいおい、お忍びだから当然じゃないか!)
ノーマンは信じられない思いながら話を続ける。
「お忍びには設定が必要です。陛下はある商会の先代で、商会の主人の父親という設定にします。私は陛下の孫で商売のための商材を探したり、情報を集めたりしているという設定にします。だから街中では陛下ではなく、お爺様と呼ばせていただきます!」
「ほう、中々考えてるのぉ。昔はそんなことを考えていなかった。だからすぐに正体が露見したのだのぉ」
(くっ、こんなのは基本中の基本だろうがぁ!)
ノーマンは心の中で不満を叫んでいたが、表情には出さなかった。
護衛は表立っては連れて行けないので、使用人が陰から護衛するようにする。皇帝直属の使用人は元々全員が諜報部門のものであった。普段から皇帝の身の回りの世話をしながら、護衛もこなしているのだ。
ノーマンは危険な目にあうことより、皇帝が騒ぎを起こすのではないか、そちらの方が心配になるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
ノーマンの心配は宿舎である迎賓館を出て、祭りのメインである大通りに入るとすぐに現実のものとなった。
「おい、こいつは凄いぞ。初めて見る食べ物だが、独特な香りで味も素晴らしい! 調理器具も専用で職人に作らせたと思うが、信じられぬほど素晴らしい完成度だ。この店ごと持ち帰るぞ!」
皇帝が絶賛したのはタコ焼きの屋台であった。テンマはエクス群島でタコ系の魔物を見つけると、すぐにタコ焼きの調理器具を作った。タコ焼きは黒耳長族でも人気になり、エクス群島の港で屋台ができるのに、それほど時間は掛からなかった。
それをエクス群島で食べた商人が持ち帰り、今ではどこの港でも普通に見かける屋台となっていた。
「お、お爺様、交渉は商会の者がしますので、ここでは騒がないようにお願いします!」
ノーマンは皇帝があまりにも大きな声で騒ぎ、注目を集めたことに焦りながらお願いする。
「そうか、報酬は惜しむなよ。その料理人も一緒に連れていくのじゃ!」
帝国国内なら住民にとっても名誉なことになり、後日担当者を派遣すれば良い。しかし、ここは他国で、他国の人間を帝国に連れて帰るのはそれほど簡単な話ではない。
(騒ぎを起こさないでと、言ったのにぃ~)
「おいおい、俺は代々この街に住んでいるから他の街なんかに行かないぞ。それにタコ焼きの屋台ならそこら中にある。まあ、俺の店が最高だがな!」
屋台の店主は断りながらも自慢げに話した。
皇帝が何か言いそうになったので、ノーマンは慌てて主人に話しかける。
「の、後ほど商会の者が話しに来ます。その時に詳しい話をさせてください!」
屋台の店主は嬉しそうだったが、街は出ないと言い、それを聞いた皇帝が何か言おうとするたびにノーマンが後ほどにと繰り返すのであった。
それからも大通りで初めて見る屋台に皇帝が大騒ぎしては注目を集め、ノーマンが皇帝を説得するということが繰り返された。
街の中心では綿菓子という大人気の屋台でも皇帝は揉め事を起こした。
並ぶことに皇帝は文句を言って騒ぎ始め、ノーマンは他の人が買ったばかりの綿菓子を、売値の五倍の金額でその場で買取って何とか騒ぎは収まった。それでもすでに注目の的であった。
皇帝はそんなことも気にせず綿菓子を食べると、今度はその店ごと今すぐ持って帰ると言い出した。
ノーマンが必死に皇帝を宥めるも、その店が領主であるマムーチョ辺境侯爵が特別に用意した屋台だと聞いて皇帝は嬉しそうに言った。
「それなら問題ない。儂から領主に命令するから大丈夫じゃ!」
ノーマンが血相を変えて皇帝の腕を引っ張り、綿菓子の屋台から離れた所に移動した。ノーマンは我慢の限界なのか乱暴な言い方で皇帝に話した。
「いい加減にしてください! 交渉は後ほど別のものがすると何度も言ったではありませんか。騒ぎを起こさないでください!」
「おお、そうじゃったな。それより儂はゆっくりと食べたいぞ」
ノーマンの決死の覚悟の説得も皇帝は気にした様子もなく、周りを見回し始めた。
「おっ、あそこで座って食べている者達がいる。あそこで儂も落ち着いて食事をしよう」
ノーマンは疲れきった表情で皇帝の視線の先に目を向ける。そこには若い男女が六人ほど座れるテーブル席で食事しているのが目に入った。見たことのない服を着た若い男女だった。
皇帝が勝手にその男女に向かって歩きだしたので、ノーマンは慌てて皇帝を引き止めて話した。
「わ、私が交渉してきます。お願いですから勝手な行動はお慎みください!」
皇帝は慌てるノーマンを気にすることなく言った。
「おう、それでは頼むぞ」
傍若無人ともいえる皇帝の行動に泣きたい気持ちをノーマンは感じていた。それでも歩き回るよりは騒ぎが減ると思い、その男女に向かって歩き出すのであった。
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