第12章 マムーチョ辺境侯爵領

第1話 あれから二年以上

俺は目を覚まして三十分ほど寝たふりをしていた。

毎日生活魔術のタイムでアラーム設定をして起きているが、目を覚ましても寝たふりを続けるのが日課になっている。


頬に柔らかい感触を感じる。いつものようにその感触を楽しむ。


その柔らかい感触が離れると、寂しさと愛おしさを感じるが我慢して動かない。


ベッドの横でジジがパジャマからメイド服に変身しているのを音で察しながら、俺は固まったように身動きをしなかった。そしてジジが朝食の準備に部屋を出ていくと大きく息を吐き、全身の緊張を解いた。


寝返りをして薄目を開けると、十歳になったピピがシルのモフモフに埋もれるように抱きついて寝ていた。

俺はピピに背中から抱きしめて、ついでにシルモフを味わうのだった。



あれから2年以上が過ぎた。俺は17歳になり、あと半年過ぎれば18歳になるだろう。


エクス自治連合が元ホレック公国の領地をほとんど吸収してから、あっと言う間に2年が過ぎた感じである。


俺はずっとエクス群島の拠点で生活していた。もちろんずっと拠点のある島から出なかったわけではない。それどころかほとんどは様々な場所に出張していたのである。



いつ頃かは正確には分からない。最初はシルと一緒に寝ていたが、たまにピピが一緒に寝る程度だった。それがいつの間にかジジも一緒に寝るようようになり、それが当然のようになったのである。


一緒に寝るようになったある日のこと、夜中に目を覚ました俺は、勇気を振り絞って寝ているジジに頬キッスをしたのである。


私は前世と研修期間、そしてこの世界に転生した分を合わせると精神年齢五十歳ともいえる。だが女性チートがない拗らせ童貞だから情けないとは分かっている。でもそれが、精一杯だったのである。


ある朝気が付くと、先に起きて仕事に向かうジジが、先ほどのように頬キッスしてくれたのに気付いた。それからは夜中に起きて頬キッスをして、朝早く起きて頬キッスしてくれるのを楽しんでいた。その状態が一年以上も続いているのである。


自分でも本当に情けないことは分かっているし、何となくお互いに相手が気付いていることも薄々ではあるが分かってはいるのだ。


俺は十八歳になれば正式にジジと付き合いを申し込もうと心に決めている。しかし、それを言い訳にして関係を進めようとしない自分のヘタレぶりは自覚している。


本当に自分が正式に告白できるか自信は全くない。


それでも前世からの人生に比べれば、凄く進歩していると満足しているのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



朝食を終えてリビングでのんびりしていると、バルドーさんがやって来た。


「テンマ様、おはようございます」


バルドーさんは執事服に身を包み、頭を下げながら丁寧な朝の挨拶をしてきた。


バルドーさんは、この二年も相変わらずバルドーさんだった。それどころか若返ったのかと思うほど肌艶が良くなっている。


俺が拠点にしている島の隣の島で、バルドーさんは専用の拠点を構えていた。バルドーさんに頼まれて、その拠点に建物などの施設を造ったのも二年前のことだ。


日替わりのようにバルドーさんの小型魔導船を運転する男たちがいるが、彼らはバルドーさんの拠点でほとんどの者が住んでいる。それ以外にもバルドーさん好みの男の出入りも見かけるから、すでに聖地化が進んでいるのかもしれない。


俺は造ったときは訪れたが、バルドーさんに引き渡してからは一切足を踏み入れていない。


正直、見に行くのが恐ろしいのだ。


「ああ、おはよう」


俺はソファに座った状態でシルモフしながらバルドーさんに挨拶を返した。


「本当に式典には出ないつもりですか?」


バルドーさんは微笑みながら尋ねてきた。彼も俺が堅苦しい式典など出ないことを分かっているのだろう。


「ああ、絶対に参加しないよ」


バルドーさんも答えを分かっているだろうが、他からの要求もあるから俺からの最終的な返事を確認してきたのだろう。


「レイモンド夫妻は是非にと言われたのですが仕方ありませんね。そのように伝えておきます」


レイモンドはエクレアと一年半前に正式に結婚して、半年前には可愛いい男の子まで生まれたのである。


レイモンドは結婚すると同時に、住まいをエクス群島から元バッサン子爵領に移したのだ。


実質的に元ホレック公国の領地がエクス自治連合の支配下になり、執政官として連合を管理するには、やはりエクス群島は遠すぎるのだ。

ドラ美ちゃんにいつも移動を頼むのは無理なので、エクス自治連合の実質的な行政施設を元バッサン子爵領に俺が造ったのである。


俺はホレック公国を消滅させたのは自分だと思うところもあり、元ホレック公国の復興に手を貸してきた。港の整備や街道の整備、廃墟と化した街や公都の改修まで、この二年間協力してきた。


エクス自治連合は驚くほど活気に満ち溢れ、海産物を輸送できるように状態保存を掛けた馬車を俺が開発し、その製造拠点も自治連合内で造ったのである。


元住民が戻ってきて、ヴィンチザード王国からの移住も増え、二年前に廃墟となった街や村とは思えない復興を見せていた。


これ以上は俺が手を貸すのは良くないと考えて、完全に手を引いたのが先月の事だ。


ただダンジョン島に移住した元ホレック公国の貴族達が、急激に復興するエクス自治連合の領地を見て、ドラ美ちゃんの姿も見なくなったのをチャンスと考えて、帝国本土の力を借りて戦争を仕かけてきた。


しかし、俺の造った小型魔導船に翻弄され、戦争は一ヶ月も続かずエクス自治連合の勝利に終わったのが半年前である。


これからもドラ美ちゃんやマッスル、黒耳長族の手を借りずに領土を守るため、エクス自治連合は形式的にヴィンチザード王国のマムーチョ辺境侯爵領になることが決まった。


最初はマッスルを使いたがったが、当然却下した。そしてマッスルとムーチョを合わせてマムーチョを家名にしたのである。


レイモンドが初代マムーチョ辺境侯爵となった。

辺境侯爵位はヴィンチザード王国で新たに新設された爵位で公爵位と同等の立場となる。さらに辺境侯爵位ということで、独自に兵士や海軍を持つことが許され、国への納税の義務が発生しない。だから独立性の高い貴族というか、ほぼ独立国家ともいえるだろう。


エクス自治連合の各自治領主はマムーチョ辺境侯爵の寄子となり、それぞれが爵位を割り当てられ、実質的にはこれまでと変わらない体制となったのである。


そして正式にそのお披露目の式典が近日中に元バッサン子爵領、現マムーチョ辺境侯爵領都のバッサンの街で開かれる。式典にはヴィンチザード王国の一部貴族や国王夫妻も来ることになっている。


式典に合わせてバッサンでは祭りが開かれるのだが、それには仲間たちと秘かに参加するつもりである。


バルドーさんは他に用事もないようなので、静かにリビングを出ていった。バルドーさんもそれほど今は忙しくはなさそうだから、たぶんマイ聖地に戻ったのだろう。


「テンマ様、先日見つけたカカオを使ったお菓子を作ってみました」


ジジがリビングに入ってくると、新しいお茶を用意して、ついでに新作の茶菓子まで用意してくれた。

エクス島ダンジョンの24階層でカカオを最近見付けたのである。前世ではカカオの木など見たことが無かったので、何度も近くを通ってたが気付かなかったのである。


ジジが作って出してきたのはチョコクッキーである。チョコレートを作るのはすでに教えていたが、クッキーに使うことは教えていない。ジジは独自でアレンジして作ったのだろう。


チョコクッキーを一つ摘まんで口に入れる。甘さとほろ苦さがうまくマッチして、絶妙な美味しさである。


「これは凄く美味しいね! 甘味を抑えれば大人にも喜ばれるだろう」


ちょっと大人ぶって感想を言ったが、ジジは微笑みながら答えた。


「甘味は大人のほうが大好きですよ。子供も好きですが、大人は甘すぎるのを好みます」


ジジに言われて思い出す。この世界は甘味が少ないしどうしても甘味は高価になる。だから甘味は大人の味なのだ。子供なら素直に美味しいと思える甘さで十分だが、大人は見栄を張って、吐き気がするほどの甘い物を好むのである。


前世でいうところの、ブラックコーヒーを美味しいと強がるようなものかなぁ。


「そうだったね……。でも、俺はこのぐらいが好きだねぇ」


「はい、テンマ様の好みを考えて作ってみました」


ジジは満面の笑みを浮かべて答えた。


この二年で、ジジは幼さが少し減り、大人の女性らしさが凄く増している。可愛らしいというより美しいに近づいていると、日々実感しているのであった。

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