閑話21 テラスの憂鬱と戸惑い

テラスは思わず神界で叫んだ。


「なんでテンマ君は王都から旅立つのよ~!」


テンマの考えを確認して、行動を抑えるために話をしたい。しかし、テンマは教会に滅多に来ないから滅多に話もできなかった。

それなら、創造神である自分の意思を伝えるのも、土地神を通せば簡単にできると考え、彼と関わりのあるフリージアを、強引に土地神にしたのだ。


テンマが王都を出てしまったら、能力の低い土地神であるフリージアでは、王都の外には行けないから、土地神のことは無駄になってしまう。だからテラスは叫んだのである。


しかし、今日のテラスのお世話担当の眷属の神である獣人を守護する神は、楽しそうに話した。


「ウフフフ、思い通りにいかない男ほど、やる気になるわぁ~!」


変なことに感心する獣人を守護する神に、テラスは額に手を置いて呆れるのであった。


それでも気になるテンマの様子を窺うと、愚かな者がテンマに絡んでいた。


それを見たテラスは、また五歳ほど見た目が老けるのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



「テラス様、お茶をお持ちしました」


「ありがとう」


お茶を持ってきたのはテラスの眷属で、この世界テラスの神の1柱でもある。


「テンマさんは大人しく旅をしていますね」


眷属の話にテラスは頷いたが、つい愚痴を溢す。


「大人しくしてくれないと困るわよ!」


眷属は心配し過ぎだと言いたかったが、黙って溜息を付いた。


しかし、テラスの雰囲気が急に変わり、カタカタとカップと受け皿が音を出し始める。


「すぐに竜神を呼びなさ!」


突然の絶叫に眷属は驚き、慌てて竜族の神である竜神を呼びに行くのであった。


すぐに眷属に案内されて、竜神はテラスのことにやって来た。顔は人と同じだが、頭には角が2本生えていて、肌は鱗に覆われていた。鱗に覆われた大きな尻尾をブンブンと振っている。


「どういうことか説明してちょうだい!」


テラスはヒステリックに竜神に叫んで尋ねた。


「んっ、……我が守護するドラゴンがテンマ殿の従魔になったことかのぉ?」


竜神は下界の様子を気にしながらテラスに確認した。


「そうよ! この世界で最強の種族と言われる竜族が、あのテンマ君の従魔になったのよ。なんでそんなことが起きるのよ!?」


テラスは更なる心配事が増えたのである。

竜族は最強ゆえに細かいことを考えずに行動するところがある。過去にも局地的に混乱に陥れたこともある竜族がテンマと行動を共にすると考えるだけで、不安が大きくなり文句を言いたかった。


「それは儂も驚いておるのだ。人族如きに誇り高い竜族がテイムされるなど、最初は面白くなかったのじゃが……。テンマ殿との間に子が生まれたらと考えたら、何やら楽しくなってのぉ」


竜神の神は本当に嬉しそうに尻尾をブンブンと振って答えた。


テラスはそれを聞いてまた顔色を変えた。


『テンマ+最強の種族=もっとヤバい存在』


テラスの頭の中では、そんな方程式が成り立っていたのである。


「そ、そんな恐ろしいことは勘弁してぇ!!」


テラスはまた十歳ほど見た目が老けるのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



見た目がアラフォーのテラスは疲れた表情でお茶を飲んでいた。


「テラス様、本当にお疲れみたいですねぇ」


「……」


テラスは返事をしないで下界の様子を眺めていた。


テンマは人里離れた島に移動したので少しだけホッとしていた。しかし、下界ではテンマが人里に向かっていたのだ。


ドラゴンを従魔として完全に支配下におくテンマに、テラスは不安の日々を送っていた。


「大丈夫ですよぉ。テンマ君は相変わらずヘタレみたいだしぃ、世界を滅ぼすようなことをしないと思いますよぉ」


相変わらず語尾を伸ばす喋りかたをする魔族を守護する神であった。


テラスが溜息を付いて、目を放したその時、下界ではテンマが特大のマッスル弾を放っていた。


テラスがお茶を飲み、また下界を覗くと恐ろしいほどの爆発が海で起こっていた。


「な、なに、何が起きたのぉ。私の世界がぁ……」


テラスが混乱して叫び声を上げた。魔族の女神はそれを見て笑顔で答える。


「大丈夫ですよぉ~。海の一部が魔力で吹き飛ばされただけじゃないですかぁ~」


「大丈夫なわけあるかぁーーー!」


テラスは呑気な魔族の女神にそう言った。また十歳ほど見た目が老けたのである。



   ◇   ◇   ◇   ◇



さらに見た目が老けてアラフィフのような容姿にテラスはなっていた。


「ずっず~。お茶が美味しいわね……」


テラスはカップではなく湯呑で音を立てながらお茶を飲んでいた。そしてもう下界を覗く勇気もなかった。


「あら、またテンマちゃんたら愚か者たちの様子を見に行ったわよぉ~」


獣人を守護する神が楽しそうに下界を見ながら話した。テラスは聞こえない振りをして、漬物のようなものをお茶うけにしてお茶を飲み続けた。


「まあっ、またあの馬鹿共がテンマちゃんを怒らせてわぁ~」


「……」


テラスは気になるが必死に聞こえないふりを続ける。


「あっ、ついにテンマちゃんが初めてをしちゃったわ!」


「ゴクッ」


テラスは気になるが、気持ちを紛らわすためにお茶を一口飲んだ。


「うん、これで被っていた皮が剥けそうだねぇ」


「「!!!!!」」


テラスと獣人を守護する神は、声も出さないで悲鳴をあげた。


目の前に十歳くらいの金色に輝く髪の少し生意気そうな少年が現れて、話を始めたのである。


「お、お、お久ぶりゅでしゅ!」


テラスは慌てて跪いて挨拶をしたが盛大に噛んでしまった。


「はははは、相変わらずテラスちゃんは面白いねぇ~。見た目もお婆ちゃんになっているし、大丈夫かい?」


「大丈夫です……、で、ですが、何故突然お越しになられたのですか?」


テラスはあのお方が、自分が管理する神界に現れたことに動揺しながら、その理由を尋ねた。


「そろそろテンマが初体験を済ませて、本来の姿が見られるのかと思って様子を見に来たんだよぉ」


本来の姿?


テラスはあのお方の話に疑問を感じながらも、それ以上尋ねることはしなかった。


「たまやぁ~!」


あのお方は楽しそうに、下界でテンマが特大のマッスル弾を放つのを見て、声を上げた。


テラスも同じように下界を見て、顔色を変える。


「う~ん、まだまだ完全には目覚めていないようだねぇ。それでもこの世界にテンマが馴染んだようで良かったよぉ」


それが何を意味するのかテラスは必死に考える。

テラスもテンマがこの世界で、初めて自らの手で同族を殺めたのに気付いた。そしてこれまでは力をことさら隠そうとしていたテンマの雰囲気が変わったことも感じていた。


「うん、また様子を見に来るね。今度は若返ったテラスちゃんに会いたいなぁ~」


あのお方はそこまで言い終わると、また姿が消えてしまった。


テラスと獣人を守護する神は暫く身動きもしないで固まってしまったのであった。

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