第6話 嵐の中に

レイモンドとエクレアのやり取りを見ながら、魔道具を早く止めて欲しいとバルドーは考えていた。


そんなバルドーを見つめる視線があった。

ひとつはミーシャの物欲しそうな視線で、テンマに早く会いたいと言いたげだった。そして、もうひとつは今にも爆発してとんでもないことをしそうなドロテアの視線であった。


バルドーは身の危険を感じ、エクレアに話しかける。


「エクレアさん、テンマ様にドロテアさんが来られたことをお知らせします。すぐにその魔道具を止めてください!」


バルドーに言われて、エクレアは大事なことを忘れていたと恥ずかしそうにした。それを見てレイモンドが話した。


「それほど急がなくても大丈夫じゃない……ですか?」


レイモンドはバルドー見ながら話していたが、バルドーはしきりにドロテアのほうに視線を何度も向けていた。レイモンドはそれでドロテアを見た。俯いているだけでと思ったが、エクレアや他の者もドロテアを見て、顔色を変えていた。


「ほほう、貴様は急ぐ必要はないというのじゃな?」


レイモンドはその地の底から聞こえてくるような声を聞いて、自分が悪魔に捕らえられたような寒気と恐怖を感じた。


「い、いえ、そんなことは……」


あまりの恐怖に、レイモンドは必死にそれだけを絞り出して呟いた。


「エクレアのせいで、テンマは私が来ていることを知らないのだな?」


エクレアはガタガタと震えて首を左右に振るしかできなかった。


危険を感じたバルドーは即座にその場の嘘をついてしまう。


「突然行ったほうが予想外の再会にテンマ様は喜ぶのではないでしょうか。この地で色々なことがありまして帰れないからテンマ様は……、ドロテア様に会えないことを寂しく思っていたのか、たまにドロテア様の名前を……」


「ひょんと?」


ドロテアは噛みながら聞き返した。


「は、はい、本当です。ですが、その事はこの場だけの秘密ということにしてください。テンマ様は恥ずかしがり屋ですから……」


バルドーは必死に誤魔化そうとしていた。もう自分には、ドロテア嵐が吹き荒れないようにすることしかできないと思ったのだ。


「そ、そうか、た、た、確かにテンマは恥ずかしがり屋なのじゃ!」


「では、すぐに参りましょう!」


バルドーは早くドロテアの事をテンマに丸投げしたかった。


「バルドー、悪いけど私達は他の者達のこともあります。落ち着いた頃に合流させてくださいね」


王妃のシャノンはドロテアの雰囲気を見て、危険を感じたのだろう。問題が片付いてから合流する方が良いと判断したようだ。すでにミーシャだけはドロテアの後ろについて行く気満々だったが、それ以外は誰も行こうとしなかった。


「それではマリア様だけお借りします」


「ええ、マリアさん、上手くやってくださいね」


バルドーは自分だけでは足りないと思って、マリアにも手を借りようとした。マリアは涙目で首を左右に振ったが、王妃はそれを無視してレーラに近づき話し始めた。レイモンドは状況が分からないが、エクレアに宿泊先を案内すると楽しそうに話し始めていた。


「では、こちらにどうぞ」


バルドーはエクス群島の島の幾つかが無くならなければ良いと思いながら、前に立って案内を始めるのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



落ち着きなくリビング内を歩きまわっているとエアルが話しかけてきた。


「安心するのじゃ。昔の女など今の女である私が排除してやるのじゃ!」


誰が今の女だぁーーー!


「ご主人様、困っているなら俺が排除してやるぞ?」


困ってなんかいないさ、別に悪いことはしていない……と思いたい。


ただ、トラブルの発生元だからほんの少し嘘をついて、ドロテアさんを置いて逃げ出してきただけだ……。


そ、そうだ! 嘘と言ってもすぐに戻ると言っただけじゃないか!?


色々予想外の事が起きて、戻るのが遅れただけだ!


「テンマ様、嵐とは何の事ですか?」


そう言えばまだジジには話していなかった……。


「ドロテアさんが来たみたいだ……」


「えっ、だったら何も問題ないじゃありませんか?」


そうだね……、ジジは心配することは何もないよね……。


「ああ、その通り……」


「なんだぁ、ドロテアが来ただけかぁ」


あぁ、リディアはドロテアさんと一緒に冒険者をしていたのだ……。


『テンマ様……、今からドロテア様とそちらに行きます』


えっ、こんな突然に! 待て、待て、待ってくれぇ~!


心の準備が全くできてない!


「今から来るそうだ……」


「任せるのじゃーーー!」


待て、待て、待ってくれぇ~! なんでエアルと姉妹が一緒に行くぅ!


エアル3姉妹が一緒に部屋を出ていった。


何か嫌な予感がしてきたぁ! あれっ、一人多い気がするぅ~。


最後のウサミミは……ピピ!


「俺も久しぶりに奴に会ってくるよ!」


リディアまでぇ!


益々嫌な予感がしてきたぁ!


「ジジ、アンナ、悪いがドロテアさんの歓迎会の準備をしてくれ!」


「「はい、お任せください!」」


歓迎会で少しは誤魔化したいと、わずかな希望を胸に2人に頼むのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



屋敷を出るとこの島に向かって小型魔導船が走ってくるのが見えた。


多分あれに乗っているのだろう……。


先ほどから詳細な状況を確認しようと、バルドーさんに何度も念話を送るが、『全てお任せします』とだけ、それもたった一度文字念話が帰ってきただけである。


砂浜まで下りると、砂浜を走るエアル3姉妹とピピ、それにリディアとシルまで楽しそうに驚く速度で走っているのが見えた。ピピやシル、リディアが早く走るのは分かるが、エアル3姉妹が同じ速度で走っているのに驚く。よく見てみると全身に魔力を纏っていた。


あの幼女3姉妹、身体強化に風魔法まで使って走ってやがる!


すでに小型魔導船が見えないと気付くと同時に、舟屋から見覚えのある……。


あっ、優勝杯オッパイ! マ、マリアさんもいるんだぁ~!


そのまま近づくのは恐かったので隠密スキルを使って近くまで飛んでいく。


マリアさんが一緒だと分かり少し嬉しくなる。久しぶりの優勝杯オッパイに心が躍る。


飛びながら見ていると、ピピが先頭でミーシャに抱き着いた。続いてシルもミーシャに飛びついていた。ミーシャはピピとシルを抱きかかえ久しぶりの逢瀬を楽しんでいた。


うん、ミーシャも久しぶりのシルモフで笑顔を見せている。


ミーシャは明らかに以前より強くなっていると思った。軽々とシルまで受け止めていたのである。


「よお、ドロテアだけじゃなく、マリアも一緒なのか?」


リディアが次に到着したようだ。いくらスキルや魔法を使っても、エアル3姉妹は遅れたのだろう。


「なんでリディアさんが?」


「そうじゃ、なんでここに居るのじゃ」


マリアさんもリディアのことは知っているようだ。マリアさんもリディアと一緒に冒険者をしていたはずだから当然の事だろう。


「んっ、俺か? ご主人様、あっ、テンマご主人様にテイムされて、俺のすべてを捧げているんだ!」


おいおい、言い方ぁ~!


「ちょっと……、テンマさんは人もテイムできるようになったの!」


いやいや、色々勘違いだからぁ。


「そんなことより、すべてを捧げてとはどういうことじゃ?」


なんかドロテアさんの声は普通だけど寒気が……。


「どれがテンマの昔の女じゃぁ~!」


あっ、問題児たちも合流した……。


「ほほう、昔の女とか愚かな事を言う、この幼女達は何者じゃ?」


さらに冷え渡るような声でドロテアさんがリディアに尋ねた。


「私達がテンマの今の女じゃ!」


違うからぁ~! なんでエアルが答えるんだぁ!


「ふぅ~、何時までも帰って来ないと思ったら、テンマは節操なくこんな幼女まで……。やはり私が一緒に居ないとテンマは悪の道に進みそうなのじゃ……」


ドロテアさんは大きく息を吐くと失礼な話をして、最後には首を左右に振って不吉な事を言い出した。


誤解だからぁ~!


「ふん、小娘が生意気なことをではないのじゃ!」


おうふ、のじゃvsのじゃ対決の勃発だぁ!


待て、待て、待ってくれぇーーー!


お互いにそんなに魔力を練り始めるなぁーーー!


「テンマ、久しぶり!」


な、な、なんで、ミーシャは俺に気付いたぁーーー!


すでに全員の近くまで来ていた俺を、隠密スキルを使っているのにミーシャが声を掛けてきた。声を掛けられたことで隠密スキルが解除され、全員に見つめられている。


これはどうするんだぁーーー!


何も対策が思いつかない状態で、俺は嵐の中に放り込まれてしまったのである。

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