第15話 戦いの後に……

続々と捕縛したホレック公国の兵士たちが捕虜収容所に連れてこられている。


諦めの悪い兵士が隠し武器を持ち込もうとして叱られている。


たぶん彼らは気絶してドラ美ちゃんを見ていないのだろう。


ドラ美ちゃんを見た仲間の兵士に、逆に袋叩きにされている。


外海にいた船団もドラ美ちゃんを見ていたので、素直に指示に従ってくれた。彼らが捕虜の移送にも快く協力してくれたので、順調に移送が進められたのである。


「怪我人はこちらに連れて来るのじゃ~」


エアル達が捕虜に声を掛けている。


アンナや回復魔法の使える黒耳長族が救護所を作り、敵兵の治療をしているのだ。骨折などの重傷者はアンナが治療して、それ以外を黒耳長族が治療していた。


酷い重傷者のほとんどが、海に飛び込んで海中の魔物にやられた傷であった。黒耳長族の攻撃で亡くなった兵士はほとんどいなかったようだ。


「信じられない!」

「あれほどの怪我が一瞬で!?」

「せ、聖女様じゃね?」

「美しい!」

「叱ってくれないかな……」


また、勘違い野郎が出そうだぁ。


捕虜としての自覚があるのか心配になる。


「しかし、物足りなかったなぁ」

「おう、もう少し粘ってくれないとなぁ」

「彼らは弱い兵士じゃないか?」

「たぶんそうだろう。そうじゃなきゃ、あれほど手応えが無いのが理解できない」

「ああ、マッスル師匠が弱い者イジメはダメだと言った理由がすぐに分かったよ……」


マッチョーズが何やら騒いで話をしている。


俺は彼らが油断しないように問題点を指摘する。


「だがマッスル弾の魔力の集約が甘かっただろう。もっと集約させれば船を簡単に沈められたはずだぞ?」


するとマッチョーズの1人が答えた。


「ああ、それは敵を殺さないようにムーチョ司令官に指示されたからですよ。魔力を集約するとたぶん彼らは簡単に死んでしまうから、わざと集約させなかったんです」


えっ、そうなの!?


黒耳長族はやはり魔力の扱いが上手いのかぁ!


「おいおい、魔力の集約についてはその通りだが、実際には狙い通りマッスル弾を当てる自信がなかったからだろぉ。正直に話さないと訓練の意味がないじゃないか!?」


ま、まあ、多少の問題はあるようだが、予想以上に彼らが成長していたことを喜ぶべきだな。


エアル達も今回の訓練について物足りないような話をしている。


それを聞いていた捕虜たちは、勇者物語に出てくるエクスの一族に戦いを挑んだこと後悔していた。


「じゃあ、明日はわたしとケンシュウしよう!」


ピピが目をキラキラさせて物足りないと言ったマッチョ君を見つめて言い出した。


「えっ、いや、まだ今回の訓練の後片付けが残っているので……」


物足りないと言っていたマッチョ君は露骨に動揺している。他のマッチョーズは作業をする振りをして逃げ出していた。


「ピピとケンシュウするのはイヤなのぉ? グスッ」


ピピはウルウルと今にも泣き出しそうになって尋ねた。


「ピピ殿と訓練が嫌なはずはありません。明日は全員でピピ殿とケンシュウさせてもらいます!」


彼は自分だけではなく、マッチョーズ全員を道連れにするのを選んだようだ。


話を聞いていたマッチョーズは全員が絶望したような表情を見せている。


ピピはマッチョーズと訓練を始めてすぐに、マッチョーズを次々と気絶させた。マッチョーズはすぐにピピと油断なく戦うようになったが、どうしても真剣に攻撃を出せなかった。


しかし、追い詰められた一人がピピを殴ってしまった。だがピピはすぐに体制を立て直して反撃して、相手はすぐに気絶させられた。


しかし、それを見たマッチョーズは驚きで固まってしまった。最初は彼がピピを殺してしまったと思った。だがピピはその攻撃に怯むことなく反撃して彼を倒したのだ。


そして何より驚いたのは、ピピが殴られた頬が赤くなっているだけで、楽しそうに彼を倒したことを跳び跳ねて喜ぶ姿だった。


それからがマッチョーズの地獄の訓練の始まりだった。

黒耳長族は女性の見た目が幼いので、女性を大切にする習慣があった。しかし、訓練では負けたくない。だから徐々に彼らは本気になってピピを何度も殴ったが、逆に嬉しそうな笑顔で反撃してくるのだ。


だから、ピピの事は尊敬していたが、訓練は恐怖するようになっていたのだ。



   ◇   ◇   ◇   ◇



それから3日間かけて捕虜から事情聴取と、今後の対応について話し合いが行われた。話し合いはエアル姉妹とムーチョさん、相手からはダガード子爵と3人ほどが参加して行われた。


俺は日々の訓練と船の修理と改造をしていた。船はこの世界ではあまり見ていなかったので、修理以上に改造が楽しくて嵌まってしまったのだ。


今は話し合いの結論をムーチョさんから聞いている最中だった。


「え~と、塩が売れなくなって追い詰められて、今回の作戦に参加して、ダンジョンを奪おうとしたの?」


「はい、彼らはそれを公王からの要請で引き受けたようです」


う~ん、塩が売れなくなったのは俺のせいなのか……?


俺が悪いと言われれば反論するだろうが、少し罪悪感はあるぅ。


「でも、だからと言って関係ない黒耳長族を武力で攻めるのはダメじゃない?」


「その通りでございます。ですが、司令官のダガード子爵と参謀のジカチカ子爵は融和策を取るように総司令官である第3公子のペニーワースに進言したそうです。

まあ、融和策も実質的な隷属を強いるような内容なので、結果的には戦闘は避けられなかったと思いますなぁ」


はあ、何となく事情は分かった。


そしてこんなことはこの世界ではよくある気がする。前世でも自分達に都合の良い理屈を付けて戦争をしてきた歴史もあるからだ。


良い悪いはともかく、攻められる側としては納得できる話ではない。そして、主導しておいて自分達だけ逃げ出した総司令官にはさらに腹が立った。


立場を利用した理不尽な行為だけは絶対に許せない!


「それで、どうするの?」


「まずは賠償をしてもらうことになった!」


エアルが嬉しそうに話した。ムーチョさんも苦笑しながら説明してくれた。


「それほど黒耳長族に被害はありませんが、これまでも冒険者を使って何度も女性を攫いに来ていたそうです。それらも問題なく撃退して解放していたのですが、怪我をした者もいるので賠償を求めることになりました。

賠償は小麦1年分を毎年納めてもらうことになりました」


え~と、それって多いの?


不思議そうに話を聞いていたので、さらに詳しく説明してくれた。


要するに、オークカツに黒耳長族も嵌まり、自分達で作りたいが実際にはこの地では小麦を作っていない。今後は自分達で作る計画をしていた。しかし、醤油や味噌のこともあり、大豆も今後は大量に必要になるから困っていた。

だからちょうど良いから相手に貢がせようという話のようだ。


1年分と言っても黒耳長族は少ないのでそれほど多くなく、場合によってはダンジョン素材を売ることも考えているらしい。


黒耳長族が納得したなら構わないが、何となく納得できない……。


「その賠償はダガード子爵家に支払っていただくことになりました。実質的に彼らの身柄を開放する条件のようなものですね」


んっ、それだと命令した張本人や国は何も罰がないのぉ!?


俺が考えていることが分かったようにムーチョさんは続きを説明してくれた。


「ダガード子爵家との賠償交渉は以上ですが、ホレック公国の責任と賠償は別になります。ふふふっ」


ム、ムーチョさん、その悪魔王のような笑顔は止めてください!


ムーチョさんの笑顔を見ると、ホレック公国に悲惨な未来が待っている気がするぅ。


しかし、俺自身もホレック公国や公子のペニーワースを簡単に許すことはできないと思っていた。

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