第14話 訓練終了
敵の船団が動き出したとの連絡が念話で入ると、隠密スキルを使って上空から状況を確認する。
岩礁の間を抜けると船団は3つに分かれた。A、B
想定の範囲内の動きであった。船はタイミングを計るように進みだし、同時に各ポイント間に侵入してきた。それと同時にそれぞれのポイントからマッスル弾が撃ち込まれる。
う~ん、マッスル弾は少し強力過ぎると心配していたが、大丈夫そうであった。
たぶん距離が離れているのと、相手の船に魔法耐性が付与されているのだろう。それにまだマッチョーズも練度が足りないのか、距離が離れると魔力が分散して威力が落ちていた。
もっと、魔力を圧縮して狙いに当たると同時に魔力が力に変換されるように教えないとダメだなぁ。
すると今度は魔法での攻撃が始まった。アンナの訓練で魔力量が増え、魔力操作が上手くなったのか、ロリーズは楽しそうな表情で、魔法を多重展開して攻撃している。
火魔術は可哀そうだな……。
甲板部分に火魔術の火が広がり、体に燃え移った敵兵が次々と海に飛び込んでいく。
『こちらM《エム》、火魔術は禁止でお願いします!』
自分でマッスルと言いたくないので、コード名マッスルの暗号名M《エム》として、ムーチョさんに連絡する。
『こちらムーチョ、マッスル様、何か問題でもありましたか?』
『こちらM《エム》、火魔術だと少し可哀想です!』
鑑定で明らかに我々の方が強いことは分かっていた。だから遠距離攻撃で簡単に敵を殲滅するのは弱い者イジメになると事前に注意していた。そして訓練気分の彼らに、訓練なら敵はあまり殺さないようにもお願いしていたのだ。
『クククッ、こちらムーチョ、了解です。もう少し手加減するように指示を出します!』
指示が届いたのか次のマッスル弾は、魔力を控えめにしたのかいい感じで、甲板の上の敵を吹き飛ばす。仲間を助けようと動き出した兵士は、運悪くロリーズの雷魔術の餌食になった。
しかし、敵は戦意を失うことなく、船内から兵士たちが次々と出てくる。
おおっ、敵も頑張っているなぁ。
しかし、その敵の動きを見てマッチョーズが暴走したのか、また魔力量を多めにしてマッスル弾を撃ち始めた。
『こちらM《エム》、また攻撃が強くなったよ!』
『こちらムーチョ、了解! すぐに抑えるように指示します』
ロリーズもマッチョーズに対抗して魔法の乱れ撃ちを始めていたが、指示が届いたのか攻撃が止まった。
地図スキルを見ると、上陸した兵士をマッチョーズの半分が次々と気絶させている。マッチョーズとロリーズは減った戦力を補うために気合が入り過ぎたのだろう。
敵兵は攻撃が止まったのを確認すると、また負傷者の救助に動きだしていた。しかし、一番大きい船から魔法が発射された。それはまるで信号弾のように飛んでいき、最後に輝いてすぐに消えた。
撃ちだされた方向が外海の味方に向かっていたので、信号弾で間違いないだろう。
俺は敵の次の動きに警戒する。しかし、敵の旗艦と思われる船が、2隻ほど伴って逃げるように離れていく。
あれっ、退却信号だったのか!?
『こちらM《エム》、外海に残っていた旗艦と思われる一番大きい船が離れていきます』
『こちらムーチョ、退却ですか?』
『こちらM《エム》、わかりません。合計で3隻ほどだけ離れて行きました。それ以外の多数の船は残っています』
少しだけ返事に間があった。
『……こちらM《エム》、正確なことは分かりませんが、公子の総司令官が逃げ出した可能性もありますね』
おうふ、まさか総司令官が味方を見捨てた。
いや、味方の信号弾で逃げ出したとすると、最初から不利になれば総司令官だけでも逃がすつもりだったのか?
『こちらM《エム》、一度降伏勧告をしてみましょうか? 使者としてきた司令官は捕捉しています』
『……こちらムーチョ、それが良いでしょう。すでにマッスル隊も敵が可哀想だと言い出しています』
おおっ、彼らも弱い者イジメだと気付いたのだろう。
隠密スキルを使った状態で司令官のそばまで移動するのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
ダガード子爵はようやく裏切られたと気が付いた。何となくジカチカ子爵や公国海軍が裏切った訳ではなく、総司令官であるペニーワースが裏切ったと思っていた。
しかし、それでも戦いを止めるわけにはいかない。大量の犠牲者が出る可能性はあるが、何とか持ちこたえれば、潜伏した連中が状況を変えてくれる可能性が高いのだ。そうなれば犠牲者が多くても勝利できる。
もし勝利しても、裏切った彼らにこの地の権利は主張させない。彼はそう心に決心して戦いを続けようと振り向いた。
「やあ、降伏する気はある?」
目の前には使者として島に訪問した時に会った商人のマッスルがいた。ダガード子爵はすでに彼を成人したばかりの少年だとは考えていなかった。警戒する表情で商人マッスルを睨んだ。
「魔力切れで攻撃できなくなったからといって、そんな脅しで我々を降伏させられると思っているのか?」
「う~ん、まだ魔力は大丈夫だと思うけど、これ以上戦うと大量に犠牲者が出るよ。さすがに黒耳長族もあんた達が可哀想だから攻撃を止めたんだ。海に飛び込んだ何人かは亡くなったみたいだよ。そのせいで船の周りには危険な魔物が増えているから、もう海に逃げられないし、降伏したほうが賢明だと思うけど?」
ダガード子爵は犠牲が出ても、潜伏した兵士が何とかしてくれると信じていた。少しでも時間を稼ごうと会話を続ける。
「はははは、確かにお前の仲間は予想以上に強かったよ。だが戦いは数で何とかなることもあると覚えておくがいい」
「そうなの? でも、今回の戦力差では意味がなかったよね。船では数の有利さを生かせないし、実際に酷い目に合っているよね?」
「目に見える戦力だけ見ていては、戦いには勝てぬぞ! その思い上がった勘違いを、すぐにでも自覚することになるだろう!」
ギインッ!
ダガード子爵が話し終わると同時に、マッスルの背後から兵士が斬りかかってきた。しかし、テンマは結界魔法を使っていたので、兵士の剣はマッスルに届かなかった。
「ふ~ん、これがあなた達の戦い方なんだぁ。でも相手を殺そうとするということは、自分達も死ぬ覚悟はできているんだよね?」
ダガード子爵も兵士もなんで攻撃が塞がれしまったのか理解できず混乱した。
「言っとくけど返事をしなくても、別に構わないよ。でも、あんた達は黒耳長族の一族すべてを蹂躙しようとしたよね。だからホレック公国の家族にも同じ運命が待っていると覚悟してね」
「い、いくらお前達でも国を相手に何とかなると思っているのか?」
動揺していたダガード子爵だが、まだ希望もあるので強がって尋ねてきた。
「では、ホレック公国はドラ美ちゃんに勝てると思っているのか?」
グギャオーーーン!
ドラ美ちゃんが村の方から姿を現した。
降伏しなかったら面倒なので、念のためリディアにドラ美ちゃんになって姿を見せるように頼んでいたのだ。
「降伏します!」
え~と、変わり身早くない?
ダガード子爵はドラ美ちゃんを見て、ジャンピング土下座して降伏すると頭を下げた。
「じ、実は別動隊が村を襲っているかもしれません?」
「んっ、別動隊? 昨晩侵入してきた5百名以外にも別動隊が居るの?」
「えっ、なんで別動隊の人数を……?」
「えっ、昨晩捕縛したのが5百名だったから知っているよ。それより他の別動隊はどこから?」
「い、いえ、他に別動隊はいません。昨晩に潜伏させた5百名だけです……」
消え入りそうな声で彼がそう答えると、完全に降伏したと判断した。
『こちらM《エム》、敵は降伏しました。これで訓練は終了です!』
『こちらムーチョ、了解しました。こちらの被害はありません』
誰も怪我することなく訓練が終了してホッとするのであった。
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