第20話 新年事始め

あれからすぐに旅立つことにした。


あの日の夜に、折角だからオークキングのオークカツをジジに作ってもらった。

ハッキリ言ってこれまでのオークカツと別物であった。溢れる肉汁と旨味が口の中で爆発するような感覚に思わず叫んでしまった。


「肉汁と旨味の大洪水やぁ~!」


俺だけではなく他の皆も恍惚の表情を浮かべていた。そして誰もが無言で食べ終えると、物足りなさでジジにお代わりを要求するように見つめるのであった。


しかし、唯一のオークキングは全て出したので食材は残っていなかった。


仕方ないのでオークジェネラルでジジが追加のオークカツを作ってくれた。しかし、美味しかったのだがオークキングの後では物足りなさが残った。


そして、ハル衛門姉妹が不穏な相談を始めたのだ。

オークキングだけ全て狩に行こうとか、バランスが崩れるなら周辺の魔物を全て殲滅するとか騒ぎ出し、注意すると何とかその場は治まった。しかし、翌朝早く、秘かに家から出かけようとする食い意地の張ったハル衛門姉妹を捕縛すると、すぐに旅立ったのだ。


D研に全員入れると出入り口を閉じ、フライで一気に森に入った砦まで飛んで移動したのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



砦まで移動して馬と馬車を出して再び旅を始める。


ハル衛門姉妹は残念そうにしていた。しかし、移動中に何度もオークが出てくると、オークカツ貯金が増えることに意識が向き、落ち着いてくれた。


「しかし、この道の危険度は高いようですなぁ」


バルドーさんは予想以上に、色々な魔物が周辺に多くいるので驚いていた。


確かにこれほど魔物に襲われると、普通の旅人なら危険だと思われる。途中で宿泊できるように砦が造られているようだが、それなりの護衛が一緒に居なければ危険だ。


「あの町の冒険者にも話は聞いていましたが、最近はほとんどこの道を通る人は居ないようです。そのせいで、余計に魔物の数が増えたのでしょうなぁ」


何でもデンセット公爵領に行くには、もっと安全に移動できる経路があるらしい。この道はデンセット公爵領の端に繋がるのだが、その先のホレック公国への近道のようなものだそうだ。デンセット公爵領を通り抜けることなく、ホレック公国との国境手前の村に直接行けるのだ。


「先代のベルタ伯爵が、ホレック公国から塩を手に入れるためにこの道の整備を進めたんですがねぇ。デンセット公爵が嫌がらせをして、この道を使う商人の護衛依頼を高額にしたことで使われなくなったと聞いています」


確かに道も思ったより荒れていないし幅もある。例の町を出てから既に3ヶ所の砦を利用している。折角安全に休める場所を用意しても、多少早く塩を運べても割が合わないのだろう。


それに今もピピ達やハル衛門姉妹が忙しそうに魔物を討伐している。一度も馬車を襲われていないが、それも遊びと食欲で討伐してくれるからだ。


「今日中にデンセット公爵領の村に到着するんだよね」


「はい、この分なら随分と早く到着しそうです。その村からホレック公国に向かえば、1日で国境を越えてホレック公国側の村に到着するはずです」


予想より早くホレック公国には到着しそうだ。


「海も近いのかなぁ~」


早く海産物を食べてみたい。


「ホレック公国に入って3日ほどで海側には行けるはずです。そこから海岸沿いを進むとホレック公国の公都である港に着くはずです」


へぇ~、公都は港町なのかぁ。それなら海産物料理も大量にあるだろう。


大量に海産物を買ってマジックボックスに保管しよう!


そうすればジジにいつでも料理してもらえるはずである。



   ◇   ◇   ◇   ◇



昼食を食べて旅を続けていると前から兵士と思われる集団がやってきた。


ハル衛門はすでにD研でごろ寝している。国境の村に近づくとオークが居ないので狩を止めてしまったのである。


御者台には俺だけでなくピピが俺の膝に乗り、左右にジジとリディアが座っていた。アンナは『どこでも自宅』にハル衛門と一緒だ。バルドーさんは馬車の中にいる。


たまに見かけるホーンラビットはシルが討伐してくれている。


「おい、そこの馬車止まれぇ!」


馬に乗った兵士が20人以上もいる。まるで検問のように前を塞ぎ俺達の馬車を止めてきた。


何かあったのだろうか?


不思議に思いながらも馬車を止める。


「お前達はこの道を来たのか? 何者だ!?」


「俺達は旅人です!」


うん、一度言ってみたかった!


「そんなのは見たらわかる! 商人なのか!?」


残念だ! 旅人と言ってみたが軽く流され、少し怒らせたようだ……。


「い、いえ、冒険者です」


「冒険者? それなら中に護衛対象が居るのか?」


「いえ、仲間の冒険者が一人居るだけです」


何となく兵士の目つきが厳しくなった気がする。確かに冒険者だけで旅をするのは珍しいのかもしれない。


「おい、馬車の中の者に出てくるように言え!」


いやいや、それは構わないけど、剣や槍を構えるのは何故!?


警戒度の高い兵士たちに驚きながらも、仕方ないのでバルドーさんに声を掛けようとした。しかし、その前に馬車からバルドーさんが出てくる。


「何事ですか? 別に敵対するつもりはありませんから、その物騒な武器は閉まってください」


バルドーさんは笑顔だが、目が笑っていなかった。


また騒動になりそうで俺が恐いよぉ~。


「それ以上近づくな! 何か身分証は持っているか!?」


執事姿のバルドーさんは武器など持っていないのに、兵士たちはバルドーさんを見てから警戒度が上がった感じがする。バルドーさんもそれに気付いたのか顔から笑顔が消えた。


「冒険者ギルドのギルドカードがあります。しかし、そこまで武器を向けられては、ギルドカードを出そうとして襲われるのではないかと警戒してしまいますねぇ」


「な、なに! いいからギルドカードを持っているなら見せろ!」


うん、まずい展開だぁ!


バルドーさんの目つきが更に鋭くなる。それに合わせて兵士たちの緊迫感も高くなっている。


「ま、待て!」


突然、後ろにいた少しよさ気な鎧を着た兵士が、他の兵士を制止しながら前に出てくる。


「んっ、なんであなたがこんな所に?」


「これはバルドー様、大変失礼しました。実は私が所属する第5大隊がデンセット公爵領の治安維持に派遣されていまして。おい、お前達、武器をしまえ!」


あぁ~、バルドーさんのオシリアイなのかぁ。


それに他の兵士たちもバルドーさんの名前を聞いて顔色が悪くなっている。特にバルドーさんに上から目線で命令していた兵士は涙目になっている。


「そういえば陛下からデンセット公爵の悪事の証拠が集まったから、デンセット公爵領に兵を派遣すると聞いていましたなぁ」


すでにバルドーさんは笑顔に戻って話している。


「はい、デンセット公爵一族は拘束して、公爵家の私兵も解体したのですが……、デンセット公爵が見つかっておりません。それで命令を受けてこちらの道を調査に我々が来たのです」


バルドーさんは頷きながら話を聞いていた。


「それならこの道の調査は必要ありませんね。我々はベルタ伯爵領からこの道を進んできましたが、途中で誰も行き交うことは有りませんでしたから」


バルドーさんの話を聞いてオシリアイはホッとした表情を見せた。


「それは本当に助かります。最近はほとんどこの道が使われていなくて、魔物がたくさん出る可能性が高いと冒険者ギルドから報告がありました。それよりバルドー様こそ危険はありませんでしたか?」


う~ん、危険はなかったが、途中でオークの集落やゴブリンの集落が道の近くにあったなぁ。


オークの集落はハル衛門姉妹が嬉々として殲滅していたし、ゴブリンの集落はゴブリンキングまで居たので、俺やバルドーさんも協力して殲滅した。


「ふむ、危険はありませんでしたが、途中でゴブリンの集落とオークの集落が通り道の近くにありましたなぁ」


「しゅ、集落!?」


うん、兵士の皆さんの顔色がまた悪くなった。


彼らを鑑定してみたが、兵士としてそれほど無能ではない。それでも集落の近くを彼らが通って襲われたら、彼らは簡単に殲滅されるだろう。


「ああ、それらは我々で殲滅しましたから大丈夫ですよ」


バルドーさんがそう答えると、驚いたようだがホッとしている感じだ。


「で、できましたら村に一緒に行って、報告して頂けませんか?」


まあ、彼らもバルドーさんに聞きましたじゃ信じてもらえるのか不安だろう。


「ええ、構いませんよ。その代わり夜は一緒に食事でもして頂きましょうか」


出たぁ~、今晩は今年最初のバッチコーイですね!?


心なしか兵士さんの顔が赤くなった気がするぅ。


「よ、喜んでご一緒させていただきます」


なんか緊張していたのが馬鹿らしくなるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る