第12話 テンマの悪戯
少年代官を乗せた馬車が出発すると、俺達は宿に戻り始める。何故か俺が歩き出すと住民が道を逃げるように開けてくれた。
男性陣には恐れられている雰囲気で、女性陣には歓迎されている気がする。僅かに変な視線でバルドーと筋肉冒険者を見つめる女性がいた。前世でも見たことのある笑顔と目つきだった。
あれは腐女子の顔つきだ! この世界にも存在するんだぁ。
何となくアンナにもその片鱗を感じていた。
ジジはすでに宿の食事のことを考えているようで、楽しそうに歩いている。
宿に戻って一度部屋に戻ってハル達に食事を渡すと、すぐに食堂に移動するのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
食堂に行くと、何故か宿の従業員が緊張した表情で迎えてくれた。門での出来事が伝わり、通達の話が伝わったのだろう。
案内された席に行くと、すでにバルドーさんと筋肉冒険者が座っていた。すでに料理の注文はバルドーさんが済ませてあった。バルドーさん好みの従業員が専属のように我々のテーブルに付いていた。彼を見てバルドーさんがボツりと呟く。
「調教ですかぁ……」
うん、バルドーさんに危険な目覚めが訪れたようだ。
料理が来るとジジが楽しそうに料理を食べながら、食材や調味料を考えている姿が微笑ましい。
そしてバルドーさんが話しかけてきた。
「やはりテンマ様は驚くような知識を持っておられるのですね?」
んっ、知識?
「う~ん、思い当たることはないけど……」
「調教や育成など私は考えたこともありませんでした」
おうふ、なんの知識ですかぁ! 自慢できる知識ではありませんよぉ~。
「相当に若い頃から研究されてきたのですね。どれほどの研鑽を積めばそのような高見まで行けるのでしょうか?」
くっ、勘弁してくれぇ! 前世でも今世でもバリバリチェリーです!
前世は情報社会だったし、友達も彼女も居なかった。情報だけがすべてだった暗黒歴史は封印したい。
「ひ、人に聞いた話だよぉ」
「そうですか、私もその人物に師事したかったですね」
筋肉冒険者君、君まで激しく頷かないの!
「まあ、俺からしたらバルドーさんも随分な高見に居ると思いますよ」
バルドーさんは少し考えてから聞いてきた。
「もしかして、私に調教とか育成をしろと言ってますか?」
なんでやねん! そんなことあるかぁ!
「そ、そんな気はさらさらないですよ!」
残念そうな顔をしない!
「ちょっと練習しますか?」
筋肉冒険者君、食事中にバルドーさんと変な話はしないの!
「ふふふっ、私はあの代官君を調教するバルドーさんを見たかったです!」
アンナさんや、やっぱりそっち系かい!
ジジが会話に入らず料理に集中しているのが救いだ。ピピは理解できていないはずだが、真剣に話を聞いている感じがして将来が不安になる。
少年代官の問題もたぶん解決したようなので、さらにもう1泊することにした。
しかし、筋肉冒険者さんからは、俺が少年代官を追い詰め過ぎで恐ろしいと言われてしまった。
よく考えてみると、ついやり過ぎてしまうのは、前世でされたことが起因しているのかもしれない。少年代官にした悪戯程度は、自分が前世でされたことを考えると、間違いなくお遊び程度である。
今後はもっと注意しようと考えるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
キースは日の光を感じて目を覚ました。
寝惚けた状態でいつ自分は寝たのだろうとボーっと考える。少しずつ意識がハッキリしてくると、昨日のことを鮮明に思い出してきた。
そして自分が恐怖のあまり気を失ったと気付くと、飛び跳ねるように起き上がった。
起き上がると同時にあれは夢だったのではないかと考える。あれほど鮮明なことが夢であるはずないと思いながら、あんなことは夢でもないとあり得ないと考える。
そして、自分が上に何も着ていないことに気付く。寝る時に上に何も着ないことは普段しないことだ。そしてさらに下に何も着けていないことにも気付く。
(うそ、うそ、うそーーーん!)
バルドーと呼ばれた執事風の男の目線が頭に浮かぶ。慌てて自分の体の状況を確認する。
(どこにも痛いところはない!)
無意識でお尻を触りながら、体に違和感が無いことにホッとする。しかし、なぜ裸なのか、いつ寝室に戻ったのか記憶がない。
(やはり夢、いや現実だ)
混乱して自分で答えが出ない。急いで服を着ると部屋を飛び出した。
すぐに屋敷のメイドを見つけたので声を掛けようとすると、俯いて顔を背けると逃げて行く。嫌な予感がして急いで階段を降りて1階に向かおうとした。
階段を降り始めると、階段の下を妾にした商家の娘メイドが歩いていた。
「おい!」
声を掛けたが自分に気付くと、先程のメイドと同じように走り去ってしまった。呆然と階下を見つめながら、やはり昨日のことは夢ではなかったと確信する。
(あの後、なにがあったのだ!?)
不安に押しつぶされそうになりながら食堂へ向かう。その途中で前から先程の妾メイドがアルフレッドと一緒に歩いてくる。
「おはようございます、キース様」
アルフレッドはいつもと同じように挨拶をしてきた。キースはアルフレッドに尋ねようとしたが、どう聞けばよいか迷ってしまう。
「昨日のことを説明します。朝食を食べながらお聞きください」
アルフレッドがいつもと同じ感じで話してきたことにはホッとする。しかし、今すぐ問い質したいが、その思いが上手く言葉にならない。キースは諦めて食堂に向かうのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
食堂に行きいつもの席に座り、いつものように食事が出てくる。アルフレッドが緊急通達の書類を見せて、相手がただ者でないことを説明してくれた。
国王陛下ですら気を遣う相手で、王都の事件の関係者だと聞いた。そして、あの執事風の男が王宮の暗部の創設者だと聞き、バルドーと言う名前を聞いて震え上がる。
貴族で知らない者が居ないほどの人物で、国王陛下や宰相閣下とも既知の間柄なのはキースでも知っている。そしてもうひとつの噂を思い出して、あの時の視線を思い出して震える。
「アルフレッド、私はあの後どうしたんだ。気を失ったことは何となく分かるが、その後のことが何も思い出せない。どうやって帰ってきたのだ? なんで私は裸で寝ていたのだ?」
キースの質問に答えることのできないアルフレッドは、申し訳なさで辛そうに話した。
「それはお答えできません」
「なっ」
アルフレッドはテンマに言われたような、気の毒そうにキースを見る演技はできないと思っていた。しかし、辛そうに話したことで、結果的に演技しているのと変わらなくなっていた。
残念なことにアルフレッドはその事に気付いていなかった。そして屋敷の使用人にはメイドも含めて、絶対に話してはいけないと事情を説明して言い聞かせたのである。
テンマの悪戯も丁寧に説明したことで、メイド達は内心で笑っていた。それはキースに直接会うと吹き出しそうなくらいツボにはまっていたのである。結果的にその事もキースの不安を煽る結果になってしまった。
キースはあんな恐怖を味わうなら、2度と女性に無理な要求はしないと心に決めた。しかし、あの後何があったのか聞き出そうとしても、アルフレッドは頑なに答えてくれなかった。
夕方になる頃には不安で押しつぶされそうになったキースは、アルフレッドに涙を流して話してくれと頼み込む。
キースの涙ながらの懇願と、2度と女性に不埒な事はしないとの訴えに、アルフレッドは決意をした表情になり、屋敷で待つようにキースに話して、出かけていくのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
夕方ごろになりハル兵衛を念話で呼び出して、ピピとシルと合流すると町に戻ることにする。
朝食の後、少年代官の問題が片付いたので町を見て回ろうとジジと話して出かけることにした。ピピは町の外へ行きたがったが、普通に町で買い物をすることも大切だと説得して出かけた。
しかし、町中に行くと、俺を恐ろし気に見て避ける人か、興味津々で質問攻めしてくる人ばかりで、まともな買い物などできなかった。
アンナの提案で、すでに町中には危険が無いから大丈夫だと言われ、俺とピピは狩りに出かけることになってしまった。
ピピは買い物で勉強としてお金の計算をさせると、何も買おうとしなくなっていたので大喜びした。ハル兵衛も町の外でD研から出すと『オークカツ貯金よぉ~!』と念話で話すと、あっと言う間に姿を消してしまった。
やはり、俺は悪戯をやり過ぎたと反省するのだった。
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