第10話 少年代官の暴走!
暗くなり始めたので念話でハル兵衛に連絡する。
『そろそろ町に戻るぞぉ~』
『……』
ハル兵衛からの返事はない。地図スキルにも姿が見えないので心配になってきた。念のためにもう一度ハル兵衛に念話する。
『戻ってこないと今日の夕飯はなしにするぞぉ~』
『待ってよぉ~。あと3匹で目標を達成できるのよぉ~!』
どれだけオークを狩ってるねん!
あれほど怠惰だったハル兵衛が、これほど頑張るとは信じられない。
オークカツ貯金詐欺、恐るべし!
しかし、ハル兵衛が頑張ったのは事実だから良かったと思う。頑張ったご褒美ぐらい用意してあげよう。
『頑張ったみたいだから、夕食にプリンでも付けようと思ったけど、残念だなぁ』
言い終わると同時に光の玉が自分に向かってくる。ちょっと驚いたがそれがミニオークハル兵衛だとすぐに気付いた。
『お待たせ。すぐに町に戻るわよ!』
涎を垂らしながらハル兵衛は戻ってきた。今日の成果を報告してもらい、オークカツ貯金は91枚となった。昼に2枚分のオークカツサンドを食べた分はもちろん差し引いている。
しかし、1日でオーク31匹も狩ってくるとは……。
ハル兵衛はやればできる子だったんだ……。
ハル兵衛とピョン子はD研に入ってもらい、ジジとアンナには出てきてもらって町に向かう。
町の入口の門まで到着する頃には完全に日が落ちていた。門の所にはバルドーさんと筋肉冒険者がいた。
「テンマ様達も今お戻りですか?」
「そうなんだよ。ハル兵衛が暴走気味で帰らせてくれなくてね」
筋肉冒険者はハル兵衛と聞いてシルのことを見ている。
「そうですか。私は情報収集で冒険者から話を聞いていたのですが、最近よく見かけたゴブリンが今日はほとんどいなかったと聞いて、周辺を少し探索に行っていました」
うん、それは俺達が原因だと思うな……。
ピピとシルはゴブリン狩りに目覚めたようで、ピョン子も一緒に次々とゴブリンを討伐していた。俺は後ろからついていき、討伐したゴブリンを収納していたのだ。今日だけで3桁のゴブリンを討伐している。
俺はバルドーさんにその事を耳打ちする。
バルドーさんは笑顔で頷いていた。
「そういうことですな。何となくそうではないかと思っていました」
筋肉冒険者は不思議そうに俺達のやり取りを見ている。
「お疲れでしょう。宿の主人に地元ならではの料理をお願いしておきました。宿に戻って食事にしましょう!」
バルドーさんの話を聞いてジジは嬉しそうに何度も頷いている。バルドーさんの気遣いも嬉しいが、ジジが嬉しそうにしているのを見ると、俺も嬉しくなる。
「それじゃあ、宿に戻ろう!」
そう話すとみんなで宿に向かって歩き出した。しかし、すぐ近くに馬車が止まると中から少年代官が飛び出してきた。
「無事だったのか!」
何故か俺達の心配をしている感じで少年代官は話しかけてきた。バルドーさんは警戒しながら少年代官が近づかないように前に立った。
「主は特に問題ありません。何か御用でしょうか?」
少年代官はバルドーさんを邪魔そうにしてこちらに来ようとしたが、素早くバルドーさんに前を塞がれてイライラした表情を見せる。
「邪魔だ! 彼女に怪我がないか確認する!」
え~と、こいつは何を言ってるのかなぁ?
「それはどういうことでしょうか? 今朝のお約束をお忘れですか?」
バルドーさんは少年代官が顔を真っ赤にして怒っているが、気にすることなくさらに尋ねた。
「何を言っているのだ。代官として心配しているだけではないか!」
う~ん、こいつは頭がおかしいようだ……。
「冒険者が普通に活動していて、何故代官に心配されるのでしょうか? まあ、親切に心配いただけるのは感謝します。あの通り無事で御座いますのでご安心ください」
「ふざけるな! 冒険者が何をしようが構わぬが、彼女まで町の外に連れて行くのは非常識ではないか!」
バルドーさんもこいつは何を言っているのだと驚いた表情をしている。
「彼女も冒険者です。これ以上は代官のあなたに、何かを言われる理由はないと思います。どうかお引き取りください!」
「なんだとぉ! おい、こいつらを捕らえろ! 彼女を無理やり危険な活動をさせた犯罪者だ!」
しかし、周りの兵士も戸惑って動こうとしない。彼らも少年代官の言っていることが無茶苦茶だと思っているのだろう。
「何をしている、代官の命令だ! すぐにこの男と、そこの少年を捕らえよ!」
さすがにこれは……。
バルドーさんも俺まで捕らえろと言われたので、表情が一気に冷酷な表情に変わった。
バコーーーン!
少年代官の後ろから執事が走り寄ってきたのだが、何故か手には木でできたトレーを持ち、走ってきた勢いと全体重をそのトレーに乗せて、少年代官の頭を後ろから殴りつけたのだ。
これにはその場にいた全員が驚きで固まってしまった。あのバルドーさんも驚いて口を開いているのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
アルフレッドは馬車の中で何度もキースに忠告する。落ち着きのないキースに何度も念を押す。無断で行動したり相手と話したりしないように話した。しかし、まるで話を聞いていないような感じで頷くだけだった。
アルフレッドは溜息を付いて半ば諦める。それに、相手は町の外にいって戻ってきたことも分からない。すでに宿に戻っている可能性もある。それほどすぐに大きな問題にはならないだろうと考えて、先に領都からの緊急通達に目を通すことにした。
緊急通達には大まかな経緯と、注意事項が書かれていた。
国にとって重要人物が国内を移動しているという内容だった。王領の町で代官とある商会がその人物に失礼な行為をして、王宮でも大問題となり、その代官は一族も揃って王都から追放されたと通達には書かれていた。
そして、その人物に何か失礼なことをすれば伯爵家も只では済まないと書かれていた。
アルフレッドはそれを読んですぐに悪魔王事件を思い出す。あの事件が本当は悪魔王が出たわけではなく大賢者テックスを怒らせたからだと、宰相閣下とベルタ伯爵に聞いていたのだ。
あれほどの事件を起こせる大賢者テックスとは何者だろうと考えたことはある。何の権力も持たない大賢者テックスが、その能力だけで全てを終わらせたのである。
緊急通達には大賢者テックスとは書かれていないが、たぶんその一行だろうとアルフレッドは考えた。そして早めにキースに話すべきだと顔を上げる。
しかし、そのとき馬車が門に到着してキースは飛び出してしまった。急いで後を追うとしたが、緊急通達にもう1枚の書類が付いているのに気が付いた。
キースのことは気になるが、大賢者テックスがらみはそれ以上に重要だと思ったのだ。ベルント侯爵家を廃爵にして、自分の人生さえ簡単に変えてしまった相手である。
もう一枚の書類にはその注意すべき人物の一行について書かれていた。それを読んだアルフレッドはすぐに顔色を変える。
『少年とメイド2名、メイドは普通の服装をすることもあるが、非常に優れた容姿を持つ。白いウルフ系の従魔とウサギ獣人の子供を連れている。特に要注意なのは一緒にいる執事風の老齢な男性。彼は王宮で重要な仕事をしていた経験がある。たまに別行動するので注意されたし!』
聞き覚えのある者達であった。
(神は私を許してくれないのでしょうか。いえ、私の罪に対する試練なのかもしれません!)
偶然とは思えないこの状況。執事としてもう一度やり直す機会が訪れた。それもベルント侯爵より優秀で、欠点さえなければ必ず大成すると思える新たな主。
(神は私に何をしろと言うのでしょうか?)
そんな考えもすぐに吹き飛ぶ。馬車の外からキースが大きな声を出しているのだ。
(まさか!)
アルフレッドは急いで馬車を降りるとキースが対面している相手を見て驚く。
(やはりバルドー殿でしたか……)
緊急通達を読んでもしかしてと思っていた。いつの間にか王都に戻ってきて、大賢者テックスに仕えていた人物。ベルント侯爵家の執事として長年警戒してきた人物である。
「何をしている、代官の命令だ! すぐにこの男と、そこの少年を捕らえよ!」
キースが信じられない命令を出した。無意識で手に持ったトレーを強く握りしめると走りだす。
執事としてお茶や書類を出すのにいつも使うトレー。
ベルント侯爵家の筆頭執事になった時に3ヶ月分の給金で買ったトレー。
何度も苦楽を共にしてきたトレー。
執事として自分の思いを託してきたトレー。
そのトレーに全身全霊の思いと力、そして体重を乗せてキースの後頭部を殴りつけた。
キースは顔から地面に突っ伏している。それを見てからすぐにバルドーに跪いて謝罪する。
「我が主の無礼をお許しください! 必要であれば私の命を差し出します」
もう一度チャンスをくれたベルタ伯爵のために。短いがもう一度執事としての夢を見せてくれた愚かなキースのために。アルフレッドは自分を差し出す覚悟で謝罪を始めたのだった。
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