第7話 吸わないでぇ!

大司教が快く『知識の部屋』の設置を請け負ってくれた。今後はエクレアさんやネフェルさんが窓口になると伝えると残念そうな顔をされてしまった。それでも大司教は2人のことを知っているようなので、今後は任せておけば大丈夫だろう。


大司教は必死に俺を引き止めよとするが、忙しいと話して逃げるように教会を後にする。


2人で歩いているとアンナが話しかけてきた。


「テンマ様、土地神に会いに行きましょうか?」


その問いかけに色々と考える。アンナの話で土地神はテラス様の眷属としては下位の存在になるという。そしてテラス様の話から、土地神はあまり力があるわけではないらしい。

でも、そうだとしても土地神と知り合いになるのは面倒事の匂いが漂っている。


できれば会いたくないけど、会っとかないとまずい気もするなぁ。


とりあえず会って雰囲気を確認したい。そして暫く近づかなければ問題無いだろう。


「そうだな。今から会っておくかな……」


そう答えると研修区画に急いで戻るのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



研修区画に戻ってくると、すぐに礼拝堂に向かう。何となく前より神聖な雰囲気に包まれている気がする。


その神聖な雰囲気が逆に気を重くさせる。重い足取りで礼拝堂の中に入ると、美しい女性が自分の知らないテラス像の前で祈りを捧げている。


その姿は普通の人間にしか見えない。何となく神聖な雰囲気はあるが、どう見ても実体のある人間にしか見えなかった。


俺達に気付いたのか女性は祈りを止めて立ち上がると振り向いた。


「えっ!?」


俺は驚きで固まる。見知った女性が目の前にいる。それも初めて会った時より若く見える。初めて会った時は30代前半でそれでも美しかった。今は20代中ごろに見える。美しく清楚でありながらあどけない。


どストライクーーー!


思わず心の中で叫んでしまう。


「テンマ様、お久しぶりね。あなたのためにフリージアは土地神として返ってきました。テヘッ!」


色気とお茶目な雰囲気が融合して可愛さ爆上げである。思わず頬が熱くなるのが分かる。


バルドーさんの母上! バルドーさんの母上! 土地神! 土地神!


久しぶりに自分に言いきかせる呪文を唱えた。


「テンマ様!」


何故かアンナがオコになっている。


「お、お久しぶりです、フリージアさん。またお会いできて嬉しいです」


半分お世辞、半分本気で答える。前より若くなったことで親近感が増したのか、様付ではなくさん付けで名前を呼んでしまった、フリージアさんは嬉しそうに近づいてくる。


「もう、テンマ君ったら、嬉しいこと言ってくれるんだからぁ」


そう話すと突然抱きしめてくる。


あっ、ポヨンがポヨンでポヨンしたぁーーー!


「フリージア、いい加減にテンマ様を放しなさい!」


アンナはオコになってフリージアさんを嗜める。そっしてフリージアさんはすぐに離れてしまった。


もうちょっと待ってからにして欲しかったぁ!


しかし、土地神とは実体があるんだぁ。


それになんかフリージアさんと繋がっているみたいな感覚がある。


「いい加減にしなさい!」


あれっ、フリージアさんが離れてもアンナが激オコなんだけどぉ!?


「ごめんなさい。テヘッ、ペロ!」


はい、テヘペロ頂きましたぁ!


なんだぁ、フリージアさんが実態からホログラムのように透けてしまったぁ!


「テンマ様の許可なく生命力(HP)を吸うのはダメです!」


えっ、ええぇぇぇ!


急いでステータスを確認すると、4分の1ほどHPが減っていた。


「もぉ、最初だからテンマ君に私のことを知って欲しかっただけよぉ~!」


「それでも許可を得てからにしてください!


え~と、どういうことかなぁ?


「テンマ君、ゴメンねぇ~。実体化するにはテンマ君の生命力(HP)を吸う必要があったのよぉ」


いやいや、吸わないでぇ!


それより土地神が実体化するのに生命力(HP)が必要とは……。


それに実体化してたのは数分だよね!


それでHPの4分の1も吸われたのかぁ!?


20分吸われたら間違いなく命を落とす。それに俺のHPは異様に多かったはずだ。それで4分の1ということは、普通の人なら1秒で逝ってしまうよね。


「まあ、そういうことでこれからはよろしくね!」


そういうこととは、どういうことぉーーー!


「ま、まあ、たまに顔を出すようにしますので……」


「あら、たまにじゃなく、まめに来てくださいなぁ」


おうふ、実体化して腕を絡ませる。腕にポヨンがポヨンしてるぅ~!


「コラァーーー!」


アンナが止めてくれないと大変のことになりそうだ。フリージアおねえさんの誘惑に負けて全HPを貢ぎそうな気がする。


前世ではそういうお店でも嫌われていた。だから楽しいとは思わなかったが、フリージアおねえさんが店に居たら、指名に通いそうだと思う……。


アンナに背中を押されて無理やり礼拝堂から連れ出されるのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



拠点に戻るとバルドーさんが待っていた。バルドーさんは笑顔を浮かべて話しかけてくる。


「テンマ様、本日の件を国王陛下や宰相にも釘を刺しておきましたのでご安心ください。それと国王陛下からは無理をしないようにとのお話しをいただきました」


まさか国王とか脅してないよね……。


「それと、私の引継ぎはすでに終わっています。後はテンマ様の作業が終わったら、それを報告するだけです」


バルドーさんは間違いなく一緒に来る気だ。


あっ、そうだ! フリージアさんのこと話しておかないと……。


もしかして、話したらここに残るかも!


呪の館を浄化した時、バルドーさんは『ははうえー!』とか叫んでいたから実はマザコンかもしれないしなぁ。


「ご苦労様でした。それで実は礼拝堂にフリージアさんが、」


うん、やっぱりマザコンかもしれない!


バルドーさんは最後まで話も聞かずに飛び出していったのである。



   ◇   ◇   ◇   ◇



バルドーはこれまでの移動速度を超える速さで、礼拝堂の前まで移動してきた。はやる気持ちを落ち着けて、扉を開けて中に入る。


そこには半透明の姿ながら、テラス像に祈りをささげるフリージアがいた。バルドーは涙が溢れてくるのを拭うと、母親に声を掛ける。


「母上」


するとフリージアは祈りを止めてバルドーの方に振り返る。バルドーは母が一番美しかった頃の姿になっていたことに驚き、そして喜んだ。


「バルディ、……いえ、今はバルドーでしたね?」


フリージアは優しく微笑みながら話した。


「はい、どちらでも好きなようにお呼びください!」


バルドーはまた涙を零す。


「そうね、私もこの地の土地神になったから、あまりなれなれしいのは良くないわね。これからは、みんなの前ではバルドーと呼びますね」


バルドーは土地神と聞いて驚いたが、母が国を、この地を愛していたのを良く知っていた。だから、母には非常に相応しいと思い、そして誇らしかった。


「はい、お心のままに……」


バルドーは丁寧に跪き頭を下げる。


「でも、たまに2人のだけの時は、母親として話をしたいわ。だから、そんな風に頭を下げないでね?」


バルドーは一度頷くと、立ち上がってもう一度母親の姿を見る。バルドーは母に神々しい輝きが見えたのであった。


「はい」


バルドーは息子として母親に返事をした。その姿をフリージアは嬉しそうに見つめる。そして話し始めた。


「ねえ、バルディ。私があなたに一番望んでいたのは何か覚えてる?」


母親の質問にバルドーは少し困る。普通に母親なら元気で生きて欲しいと思うだろう。そしてその姿は見せている。それ以外だとしてもたくさんあり過ぎるのだ。


「すみません。私には一番と言われると困ってしまいます……」


バルドーは素直に答える。


「そうね。これは私の望みだから難しいかもしれないけど、前にも話したことがあるわよ」


バルドーは必死に思い返そうとしたが、すぐには思いつかず困っている。するとフリージアが話しを続ける。


「王宮で私は貴方にお願いしたのよ。私に孫を見せて欲しいとね」


母親の予想外の話にバルドーは焦ってしまう。それが非常に難しいことだからだ。


「母上、本当に申し訳ありません。私は年齢的にも母上の望みをかなえることは難しいでしょう」


バルドーは申し訳なさそうに母親に話した。


「あら、年齢を理由に私に嘘を答えるのかしら?」


バルドーは少し嫌な予感がしたが丁寧に答える。


「私の年をお考え下さい。あれから何年経っているとお思いですか?」


「あらあら、私はこの地の土地神になったのよ。まだそれほど力はないけど、王都のことなら全て把握しているのよ。ふふふっ」


バルドーの顔色が一瞬にして変わる。そして額や背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「そ、それは、」


「そうよ、あなたの昨晩の行動も全て知っているわ! 分からないのはテンマ君の周辺だけかなぁ?」


「は、母上、」


「そういう人が居るのは知っているわ。でも、何よぉ、あの『バッチコーイ!』と叫ぶの、やめてくれないかしら!」


バルドーはすぐにこの場を逃げ出したかった。


「善処します! 用事がありました、これで失礼します!」


バルドーは移動速度の最高記録を叩きだすのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る