第2話 帝国の影

昼頃に目を覚ましてリビングに行くと、すぐにアンナが近づいてきて尋ねてくる。


「テンマ様、おはようございます。食事になさいますか? お茶になさいますか? 膝枕になさいますか?」


真面目な顔で聞いてくるアンナに答える。


「おはよう。そうだなぁ、食事にしようかな」


「わかりました。すぐに準備するように厨房に伝えてきます」


アンナはすぐにリビングを出ていった。


気になる質問(膝枕)もあるが、アンナはメイドに徹している。昨晩の暴走が嘘のようであった。


『どこでも自宅』は静かな雰囲気である。シルもどこかに遊びに行ってしまったのか姿は見えなかった。他のみんなはすでに出かけたのだろう。


昼まで寝ていたのは、テックスとしての作業は昼にできないことが多いからだ。

王都拠点となる屋敷の建設は午後に行い、夜には闇ギルドの浄化の作業がある。暫くはそんな生活が続くと思うと悲しくなる。


「テンマ様、食事の準備ができました」


メアリさんがリビングに入ってくると声を掛けてくれる。


「ああ、じゃあ食堂に移動するよ」


食堂に移動するとジジとアンナが頭を下げて迎えてくれた。


「ジジ、おはよう」


「テンマ様、おはようございます」


ジジは挨拶して椅子を引いてくれる。すごく贅沢な状況だと思うが、もっと気軽に食事をしたい。


メアリさんはジジに命を救われたと思い、孫のように可愛がっている。しかし、ついでにメイドの仕事の仕方を教えているのだが、俺はそれほど真剣にジジやアンナにメイドをさせるつもりはない。


メアリさんが良かれと思ってやってくれているので、逆にそれを止めてくれと言い辛いのだ。


早く王都の拠点を造って、メアリさんにはそっちをお願いしようと考える。『どこでも自宅』はもう少しゆるい感じが良いのだ。


食事が運ばれてくると食べながらアンナに尋ねる。


「みんなはもう出かけているの?」


「はい、バルガスさんと狐の守り人フォックスガーディアンは朝早くからダンジョンに行きました。バルドーさんとピピは王宮へ行きました」


「えっ、ピピも!?」


「はい、なんでもピピに勉強を教えてくれる人に会わせると言ってました」


確かに体を鍛える訓練ばかりしていたピピには、色々な知識も必要だと思う。しかし、バルドーさんの紹介だとなると少し不安に思う。


ピピが帰ってきたら確認しようか? でも聞くのが恐いなぁ。


「ドロテア様とマリアさんも王宮に行かれました。なんでも悪魔王関連で王妃様に呼ばれたと言っていました」


うん、悪魔王というのはやめて欲しい……。


「それとエクレアさんも王宮に行っています。宮廷魔術師のことでお忙しいみたいです」


くっ、それぞれ仕事しているとなると、ゆっくりしたいと言えないじゃないか!


食事を終えると王都の拠点を造りに向かうのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



王宮に到着したドロテアとマリア、エクレアは堂々と正面の門から入っていく。3人が馬車から降りて王宮に入っていくと、誰もが丁寧に敬礼するか頭を下げる。


「私は王宮魔術師についての話し合いに行ってきます」


エクレアはそう言うと別の方向に向かっていく。ドロテア達は案内人がついて王妃の下に向かい始める。


前方からこの国の貴族とは雰囲気の違う人物かやってきた。

その人物はドロテア達に気が付くと、向こうの案内人に声を掛けてからドロテア達の方に近づいてきた。


「ドロテア殿、久しぶりだな」


男は規律正しいお辞儀の仕方でドロテアに話しかけてきた。相手は機能的な服装だが所々に豪華な宝石を付けた、騎士のような体格の老齢の男である。


「んっ、お主は誰じゃ?」


ドロテアは全く見覚えがなかった。というより興味のない相手を碌に覚えていないだけだ。


「忘れたのか? 帝国のスイープ伯爵だ」


相手はドロテアが覚えていないことを気にした様子もなく名乗った。


「知らん。悪いが用事があるのじゃ」


ドロテアは本当に覚えていないようで、すぐに立ち去ろうとした。


スイープ伯爵は眉をピクリと動かしたが、笑顔でさらに話しかける。


「覚えてないのは残念だが、今度お時間をもらえないかな? 皇帝陛下が一度お会いしたいと申している。正式に国賓としてお迎えよう。どうだ? すでに国とは関係ないドロテア殿なら問題ないだろう」


「イヤじゃ!」


ドロテアはそうひとこと言うと歩き始める。


スイープ伯爵は顔を真っ赤にして怒ったようだが、すぐに諦めたように反対方向に歩き出すのであった。


王妃の部屋に案内されながらマリアが話しかける。


「お姉さん、もう少し言い方を考えてください」


「なんでじゃ? 私は戦争で帝国の軍隊を叩きのめしたのじゃ。それを国賓と言われても裏があるとしか考えられんのじゃ。それも用事があると去ろうとしたのに、話しかけてくる相手が悪いのじゃ!」


「ですが……」


マリアは下手に敵を作らないほうが良いと思ったが、今さらだと思い直すのであった。


その後、王妃に会って話を聞くと、若返りポーションを使用する前に、テックスの了承が欲しいとの申し出であった。


ドロテアは面倒なので返してくれと言うと、王妃が泣き出してしまった。結局、マリアがテックスに確認することになる。


マリアはドロテアと一緒に王宮に来るのは止めようと思うのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



バルドーは国王の執務室で国王と宰相に会っていた。


「バルドー、今日は珍しく普通に正面から来たらしいな?」


国王がバルドーに尋ねる。


「はい、今日は同行者がいたので、普通に訪問させていただきました」


バルドーが答えると宰相が楽しそうに話す。


「陛下、なんと獣人の子供と一緒に来たようでございます」


「なんと、まさかお前の子か?」


「いえいえ、私の弟子になります」


「まて、報告では10歳にも満たない子供だと聞いたぞ!?」


宰相がバルドーの話に驚いたように尋ねた。


「はい、まだ8歳です。ですがすでに大人顔負けの実力があります。ただ、幼く知識が追い付いていないので、カイナとアイナに教育をお願いしてきました」


「バルドー、あの2人に何を教えさせるのだ?」


「ふむ、2人には私が彼女たちに教えたことを、同じように教えてくれと頼みました」


「「………」」


2人は驚きで固まってしまう。

カイナとアイナはバルドーから諜報活殿について教えられたのである。調略や暗殺、毒薬など普通では知ることのできない内容ばかりである。


「8歳の少女に教えて大丈夫なのか?」


国王が心配そうに尋ねる。


「彼女は間違いなく逸材です。彼女には私のすべてを教えようと思っています」


「それほどの逸材なら、将来は国のために働いてもらえないか? 教育から給金まで援助は惜しまぬぞ!」


国王は真剣な表情でバルドーに頼んだ。


「それは無理ですな」


「何故じゃ?」


「テックス様が家族のように可愛がっている子です。私の一存では何とも言えません」


国王と宰相はバルドーの返答に驚いた。


「テ、テックス殿は諜報活動させるために、そこまで……」


宰相が呟く。


「いえ、テックス様は彼女を家族のように可愛がっているだけですよ。実戦は危険だとやらせたがらなくて、私は困っているぐらいですからね」


「お、お前は、テックス殿を怒らせて大丈夫なのか?」


「ふむ、怒らせたら大変でしょうな。ですが、訓練や学ばせることにそれほど反対はされていません。怒るとすれば、彼女を傷つけるような相手でしょうなぁ。今回の悪魔王事件も彼女の姉が襲われたことがすべての始まりですからねぇ」


バルドーは気軽に答えていたが、それを聞いた国王と宰相の顔色が変わった。


「す、すぐに、彼女を警護するように指示を出せ!」


「はい、すぐに!」


国王が命令して宰相が慌てて部屋を出ていく。


「ああ、そんな必要はないのに。カイナとアイナが一緒に居るのですよ」


バルドーがそう話すが、国王は呆れたようにバルドーに言う。


「馬鹿な貴族や役人が彼女に何かしたらどうする!?」


「はははは、その場合は遠慮なく相手を殺すようにカイナたちに言ってありますから、大丈夫ですよ」


「大丈夫なものか! カイナたちが貴族を殺せば大問題だ!」


「確かにそうですなぁ」


国王は疲れた表情でバルドーを睨みつけるが、バルドーは気にした様子は全くなかった。


暫くすると宰相が戻ってきて、近衛騎士に指示してきたと報告していた。国王はそれを聞いて少し安心したようだ。


「本題を話す前に話がある。帝国の皇帝がドロテアを国賓として招待したいと言ってきた。たぶん、テックスに関する情報を聞いて動いたと思う。

我が国としては、ドロテアはすでに国の管理下にないと断った」


「ええ、それで問題ありません。しかし、帝国の軍隊を叩きのめしたドロテア様を……。テックス様にも話しておきます」


「うむ、では本題だ。宰相、例の書類を頼む」


宰相は書類をバルドーに渡すと、テックス関連について書類を見ながら話し始めるのだった。

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