スカーレット・ライフリング

@irikocat

Runway 22

4

――19:15――

今日のRunway22の進入ルートは直線部分が少ない分、狙えるポイントが少ない……

私が標的の機体を待ちながらぼんやりそう思った時だった。

「こちら指令室、鬼崎さん、聞こえる?」

狛井先生からまた通信が入った。

「鬼崎です。」

「今しがた、機体の映像が送られてきて確認したのだけれど標的機体にはやはりフレアが取りついているわ。それも4つに分かれて群体を形成している。今回は狙えるポイントが少ないわ。そこであらかじめ狙撃できるポイントをRunwayの進入ルート上に4つ設定します。鬼崎さんはそのポイント全てで狙撃が出来るように準備をしてください。弾道はそれぞれのポイントでシミュレーションしてデータを今送ったわ。相変わらず最後の調整はアナログ補正だけど、あなたに任せる。」

本当に頼りにされているのだろうか、と思う。

私の今の射撃技術はたかが知れている。やっているのは弾道のシミュレーションを他所でやってもらって、そのデータで引金を引く、狙撃と言われる技術の真似事だ。おまけによく陰口を言われるが本当に成績が悪い。弾道計算をはじめ、ほとんどの科目で良くて中の下、最低点も珍しくない。

――それでも……それでも、私は今、戦場にいる。やるしかない。――

私は自分に言い聞かせる。

「了解。」

簡潔に返事をして私は通信を切った。


「着陸まであと450秒、庭を広げます。」

ののちゃんが目を閉じ、両手を合わせて詞を言う。

「私を親しむ 家を守護し 年月日時 災無く 夜の守 日の守 大成哉 賢成哉 稲荷秘文 慎み白す。」

滑走路周囲に普通に見ただけではわからない、四角い結界が広がった。ののちゃんは庭を広げてその管理に入って負荷がかかるため実際の身体の活動は鈍くなる。

私たちもこの中でしか見えなくなり航空機から目視もできなくなり、ここに入って来れば怪も素早くは動けない。ここが私たちの戦場だ。


着陸まであと7分。私の時間的猶予はほとんどない。

最初のポイントは今から125秒後、東京湾上空、高度979m、ここから距離1700mの点だ。私は伏せたままマクミランの台座ごとバレル(銃身)の向きを調整し始めた。方向の調整はバレルの向きと並行に見た時にの東京湾の風景がコンタクトレンズに投影されている風景と一致すればいい。遠くの対岸の内房のコンビナートの風景を少しずつずらして眺める。

画面で風景が一致した瞬間、レンズが緑色に変化し、その瞬間に私は身体を止めて台座をすぐに固定した。

シミュレーションでは角度を上向きに6°で設定されており、スコープで見ながら台座の角度をわずかに変える。

位置は概ね完了、スコープで見た空間には今はまだ何も見えない。

ボルトを一度引いて前に戻し、弾丸を装填する。一発目の発射まであと65秒

レンズ上のモニターでカウントダウンが60秒から始まり刻々と減っていく。


――5、4、3、2、1……――

私は静かに引金を引いた。


乾いた高音を響かせながら東京湾上空を切り裂くように弾丸が進んでいく。わずかに風に流され、放物線を描きながら約800m/秒で標的機体に向かっている。


5.2秒後、機体直上で黒い物体が破裂した。

「一発目、命中確認!」

ののちゃんが隣で言った。庭の中ではきっと彼女の方が間近で見ているのだろう。

まず一個、と私は心の中で声を出した。ただまだ先は長い。


「次行くよ。」

航空機は着陸のために高度は下げ切っていて私からは平行移動しているように見える。

2発目は32秒後、伏せたまま思い切ってバレルごと横へずらして固定し直した。レンズ上の風景とも合う角度だ。


カウントを待って、引金を引く。息は止めない、というか意識をなるべくしない。吸っても吐いても呼吸を意識するだけで余計に力がかかってずれるからだ。


スコープの視野を機体が横切るところで機体左側の物体が破裂した。

「2発目、命中してます!」

ののちゃんの報告が続く。中心の機体の損傷はなく順調に降下している。


――あと残り2体……――

機体右側の物体はこの位置では機体で隠されていて見えない。私が次に狙うのは機体下部だ。

2体破壊したところで標的機体のB-737はMAPt(着陸復行点)を通過した。MAPt通過後も進路を変更する兆しはない。予定通りこのまま着陸に向けてRunway22に向かってくる。


3発目は32秒後、4発目はその16秒後に引金を引く。

私は同じように3回目の位置を定め、タイミングを待った。

「2体目までは動きなく仕留めてましたね!この調子で行けば……あっ、えっ……」

ののちゃんが言いかけて動きを止めた。

「どうしたの?」

私はスコープからは目を離さず隣のののちゃんに問いかけた。スコープの視点は未来の弾着点で今起こっていることは分からない。

「機体下部にいたやつが機体から少しずつ離れています。こちらの意図に気付いたのかも。」

――やっぱりか……2発も撃てば狙われていることはバレバレか――

「4体間の意思伝達があるのかは分からないけど、こちらの動きはバレてる。早く片付けないと逃げられる……! 狛井先生!聞こえますか?」

「こちら指令室。状況はこちらも確認している。ただ弾道のシミュレーションやり直しは時間がない。はるか、マニュアルで修正して撃って。」

予想された返事ではあったが、苛立ちは一気に募った。

もともとの発射まで20秒弱、下に降りているなら勘で下向きに修正して撃つしかない……

バレルの角度を調整しようと右手を銃身に伸ばしたその時だった。


「はるるん待ってください! なるべく機体との位置関係が変わらないように足止めします。シミュレーション通りに打つ準備をしてください!それが一番当たる確率が高いはずです。」

ののちゃんが隣から叫んだ。すぐに小さく言葉を唱え始める。

「わかった!このまま待つよ。」


手に汗が徐々に滲むが、指が滑るまではいかない。感覚を指先、指先にかかる引金に集中させる。

――3、2、1……――

指を絞って引き金を引いた。掌に汗が滲んだ影響で手が滑り、一瞬引金を引ききるタイミングが遅れる。


モニター上は着弾まで2秒の予定、私の体感ではもっと長く感じる。標的機体も滑走路に近づいていて、機体の高音のエンジン音が直接聞こえるまでになってきた。


スコープ上に機影とともに黒い物体が引きずられるように入ってきた。

強引に位置を固定しているせいか物体が振動し火花も散っている。おそらくののちゃんの術が働いて動けなくなっているのだろう。


次の瞬間、物体が破裂した。わずかな時間のずれは引金のせいだろう。命中すれば問題はない。


――残りはあと1体……――

「機体左側の怪が機体を離脱!降下を始めてます!」

ののちゃんが隣で叫ぶ。

「位置は保てる……?」

私はバレルをわずかに左にずらし予定の位置に固定した。スコープからは目を離さずののちゃんに叫んだ。

「今やってるんですけど……下に行く力が強すぎて……」

「わかった!方角は合わせてるから角度はこちらで修正する。庭は維持してなるべく向こうの動きを止めて。」

「わかりました!」


マニュアルでスコープ視野を1クリックずらしたところで指令室から通信が入った。

「鬼崎さん、Runwayに落ちる前に何とか最後の1個を撃ち落として……弾道の修正シミュレーションが間に合ったから今から送るわ!」

データが視野に転送されてくる。視野を左に1クリック、下に3クリック修正しカウントを待った。


発射まではあと8秒、着弾までは2.5秒、最後のカウントはもう既に始まっている。私は手に汗が滲んでいるのを感じながらもなるべく気に留めないようにし、引金に徐々に力をかけていった。


――5、4、3、2、1……――

私は引金を引いた。


「あっ……早い……」

隣にいるののちゃんから言葉が漏れる。0になるほんのわずか前の瞬間、ほんの一瞬の焦りだった。

そんなことは意にも介さず、.50BMG弾が私の鼻先から空へ放たれる。予定より下向きに弾道を設定された弾丸は一直線に飛んでいった。


指定より早いタイミングで撃つ、それは弾丸の方が先に想定地点に到達し、目標には当たらないということだ。今放った弾丸はおそらく目的は果たさない。

マガジンは5発装填、最後の1発がまだ残っている。

狙撃の時間が残っているかは分からないが、機体が着陸し、怪が消滅するまでは決着はつかない。――次もう一度撃つために準備、それしかない……この1発で仕留める。――

機体が徐々に高度を下げて近づいてくるのと共に、目標の最後の怪は機体から離れてどんどん降下している。

私はすぐにスコープ上で目標を視認し、もう一度狙撃の姿勢に入った。


その瞬間だった。


「……………………!?」

スコープ上で目標を視認していた私は何が起きたか全くわからなかった。

スコープで見ている空間が波打ち始め、目標の怪が波の中に取り込まれる。

一瞬だが降下が止まった。


次の瞬間、スコープ上で怪が破裂した。


着弾までの時間はそもそも3秒もなかったはずだが、それ以上に長い時間に感じられた。

「ののちゃん、何かしたの……? 今の、何?」

「私じゃないです……多分、私の教官……」

二人で顔を見合わせたが、答えは出ない。


トラブルを脱出したB-737が私たちの頭上を通り過ぎ、Runway 22に着陸していった。



―― 指令室――

射手、鬼崎はるかの射撃は指令室でも把握されており、4発目の弾丸がシミュレーション通りに放たれなかったことも即座に知られた。


「しょうがないですねぇ……」

彩の隣にいた葵がため息をついてボソッと呟く。

「あなた、何するつも……」

彩が言いかけたその瞬間……


弾道周囲の結界が歪み怪が固定されたと同時に、外れるはずだった弾丸が怪を貫いた。

波打ったのもほんの一瞬だったが、葵が干渉したのは明らかだった。


「あなた……なぜ術が使えるの……?もうその年齢では……」

彩が問い詰めようとしても葵は取り合わなかった。

「まだまだ未熟で技術も足りてない。実戦に出すにも心配ですね……あの子たちは。」


そう言うと葵は指令室を去っていった。

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