幸福

門前払 勝無

第1話

「幸福」


 学校から帰るとリビングに父親が立っていた。

 足元には母親が倒れていて母親の下には姉が倒れていて、父親は血だらけで包丁を持っていた。

「幸太郎…おかえり」

父親は俺に気付いて言った。


 新築住宅ーテレビCMでよく見る家族の温もりの感じる家。

 セピア色の思い出の中にはまだ新築の家で日曜日は庭で家族でバーベキューしている。駐車場にはトヨタ自動車のハイブリッドカーが停まっていて、家族は皆笑顔だ。


 今は雑木林の中に不気味に佇む廃屋になっている。


 来週末に父親の死刑が執行される。


 ガラス越しに父親が俯いている。俺は最後の面会に来た。


「親父…」

「幸太郎…大人になったな…」

父親は弱々しく微笑んだ。

「本当のことを教えてくれよ」

「リストラされて先が見えなくなって混乱してしまったんだよ」

「違うだろう」

「幸せな家庭をあのままにしておきたかったんだよ」

「違うだろ!」

父親は肩を落として黙り込んだ。

「俺は許したわけじゃ無いけど、受け止めているんだよ」

父親の肩が揺れている。

「家族を幸せにするのに必死に働いた…家を買って新車買って…娘にピアノを習わして嫁とは晩酌して、息子にはサッカーを習わして、日曜日は娘のピアノの発表会に行ったり息子のサッカーの試合を応援しに行ったり、嫁の誕生日には家族でレストランを予約して食事をしたり…でも、現実は違った…俺は社畜で給料も少なくてボーナスも削減、残業しないと家のローンも危うい、そんな中、娘は暴走族の彼氏と薬に手を出していて嫁は若い男と浮気していた。必死に描いていた幸せを実現しようとしていたのに、それなのに家族は裏切っていった…」

俺も思いだしていった。学校から帰るとよく若い男が家に居た。夕方になると姉が彼氏とバイクで出掛けていっていた。俺は部屋でゲームばかりしていた。夜食をとりにキッチンへ行くと父親が夜遅くに帰って来て一人でコンビニ弁当を食べていた。

「幸太郎…ただいま」

「あ、おかえり」

俺は父親の前を通り過ぎて冷蔵庫からコーラとゼリーを取って足早に部屋へ戻った。

 あの時に「父さんおかえり!遅くまでご苦労様!」って言えていたらと思った。


「幸太郎…ごめんな…おれが耐えていたらお前にこんな苦労をさせなくて良かったのにな…本当にごめんな」

「親父は必死に家族を幸せにしようとしていたんだな…それを聞けて良かったよ」

「幸太郎…」

「家族を恨んでいたなら俺も殺していただろう」

「……」

「俺にも子供が出来たんだよ…来月に産まれるよ」

「お前に子供が…」

父親は声を出して泣き崩れた。

「俺は親父とは違う幸せを摑んでいくから安心してくれよ」

父親はひたすらに泣き崩れていたが、面会時間が終わり泣きながら警察官に連れて行かれた。


 俺は拘置所を出て高速の下を駅まで歩き始めた。

 親父には嘘をついた。

 俺には彼女なんていないし人間恐怖症で他人を信じる事が出来ない。

 だけど、人生の最後の最後位は少しくらい幸せを感じても良いんじゃないかと思って親父に嘘をついてしまった。


 京成線からは曇った東京の景色が鬱に染まっていた。


おわり

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幸福 門前払 勝無 @kaburemono

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