番外編 理想研究所(2)
冥王城・結界牢獄―。
騎士メザーが十数名の兵士を率いて、城の地下にある牢獄、通称『結界牢獄』へと向かっていた。
本来は、最強の支配者・冥王アメリカーンの居城で収監せざるを得ないほど戦闘能力の高い罪人を入れておく特別な牢屋だ。
その牢獄には現在、死神島の特殊刑務所から移送してきた死刑囚達が一時的に収監されている。
これから行われる強化戦士の性能テストの為に、戦闘能力が高い死刑囚たちをわざわざこの城まで連れてきたのである。
騎士メザーはそのテストの軍人側の指揮官に任ぜられた。メザーは不機嫌だった。何でこんな死刑囚の相手をさせられねばならんのだ。
きな臭い雰囲気の石造りの階段を下りていき、地下の監獄へやってくる。
監獄が並ぶ通路は、青白い光を放つ魔力の防壁で形作られた結界で塞がれている。死刑囚の脱走を防ぐための措置だ。
結界の光で薄暗い地下の牢獄は不気味な明るさを醸し出していた。
「メザー殿。ご苦労様です」
メザーを迎えたのは四名の宮廷魔術士。
メザーは魔術士達の顔を見回してうなずいた。
「では、結界を」
「了解しました」
四人の魔術士達が強力な魔力で覆われた結界に手をかざした。すると結界の光はぼんやりと薄くなっていき、通路を塞ぐ壁はゆっくりとぼやけながら消滅していった。
「よし、連行しろ」
「ハッ!」
メザーの命令により、それぞれの独房から死刑囚が連れ出される。部下の兵士達は、死刑囚の突発的な反逆に警戒しながら一つ一つ油断なく、丁寧に扉を開錠していった。
魔法による封印が施された手枷を付けた死刑囚達は、メザー達に連れられて、場内の闘技場へと向かわされていった。
メザー達がテストの舞台となる闘技場にやってきたときには、既に白衣を身に纏った研究員達が集結していた。強化人間の研究に携わる『アイディアル・プロジェクト』の研究員達だ。
「よし、並べ!」
メザーの命令により、死刑囚達はぞろぞろと横一列に整列する。「もたもたすんな!」と兵士の一人が怒鳴る。
研究員達の中から、闘技場の中央にやってきた一人の人物。
半透明の軟体状の四肢を持ち、赤いオレンジ色の肌をした胴体。そして明るい水色の密着型バトルスーツに身を包む長身の女性。
彼女が今回の被検体、変わり果てたDr.リティカルその人だった。冥界から魔界へ亡命した研究長Dr.ジョーの下でプロジェクトの副研究長を務めていた人物。
Dr.ジョーに次ぐ天才と評される頭脳を持った、魔導神経技術の発見者。
逃げた上司の代わりに責任を問われ、罰として無理矢理この姿に改造されたのである。自分が発見した魔導神経技術の完成体として。
リティカルが歩くたびに、コツコツと乾いた音が鳴り響く。バトルスーツと言う割には、真面目に戦う気があるのか疑わしい程の、ほとんどつま先立ちにも等しい高いヒール。
その主張の強いハイヒールに反比例して、ピンク色の長い前髪で目を覆った陰気な顔つき。妖しい雰囲気を十分に纏っている。
これから行われる戦い。プロジェクト側にとっては新しい強化戦士の性能テスト、死刑囚達にとっては恩赦獲得の挑戦となる。
すなわち、もし死刑囚が強化戦士を殺せばその場で無罪放免、逆に殺されればそれで終わりということだ。
「じゃあ早速始めよう。誰からでもいい」
メザーが死刑囚達を見回す。
「俺にやらせろ。俺にやらせてくれ」
「いいや俺だ。俺がやる!」
全員が手を率先して挙げ、我先に戦わんとする。指を加えて観戦している内に、他の誰かがDr.リティカルを殺してしまえば、その者だけが無罪となり他は死刑のままであるからだ。
「じゃあそっちから順番にやらせろ」
メザーの指示を受け、専用の鍵を持った兵士が、左端の死刑囚の手枷の封印を解く。
「ふふふへへへ! ようやく自由になれたぞ! ぶち犯してやる……。ぶち犯してやるぞお……」
一番手の死刑囚が広大な闘技場の中央でリティカルと相対した。
「おい、あんたらそんな所にいて巻き添え食らっても知らんぞ!」
「危ないから非戦闘要員は上の席に行ってて!」
死刑囚達を監視している兵士達が、闘技場反対側の奥の方にいる白衣姿の研究員達に大声を張り上げた。
ここに連れてきた死刑囚達は極めて凶悪で、その強さは並大抵のものではない。
そして、戦いの中で死刑囚や調整不十分な強化戦士がいつ暴走し、牙をむくか分からない。戦う力のない一般人など赤子にも等しく無力。
奥にいる研究員達が勝手に戦いにまきこまれて勝手に死んだりしたら、指揮官であるメザーの管理責任を問われることになる。勘弁してほしい。
兵士の呼びかけに応じて、研究員達はぞろぞろと階段を上がり、階上の観覧席へと移動する。これで後は死刑囚を被検体と戦わせていくだけだ。
もし、死刑囚やリティカルが制御不能になったら、メザーやその部下の兵士達でその暴走を抑えねばならない。彼らにとって監視役は命懸けの仕事である。損な役回りだ。
「ふへへへ! むへへへえ! ぶち犯してやる! ぶち犯してやるぞおお! ふふふへへへ!」
一番手の死刑囚は連続幼女強姦殺人犯、ヒヨワーノ・キョジャクタイシーツ死刑囚。『マイヤー地方の幼女二十人殺し』『地獄のロリータ・コンプレックス』等の異名を持ち、マイヤー地方を恐怖のどん底に陥れた恐るべき凶悪犯だ。
頬がこけ落ち、骨と皮だけの如きガリガリの痩せ細ったボディ、丸く飛び出た充血した眼球。額には逮捕後官憲の手によって刻まれた、性犯罪者を意味する男性器マークの烙印がくっきりと。
そして両腕にはそれぞれ、これもまた官憲によって刻まれた「私はロリコンだから性欲は抑え切れません」「私は幼女を犯して殺しました」の文字のタトゥーが。
体力がないのか、彼は足腰がフラフラですでにヘロヘロの状態のように見える。
「始めろ!」
「ふへへ! むへへへ! ぶち犯してやる! ぶち犯してやるー!」
メザーの開始宣言と同時に、ヒヨワーノ・キョジャクタイシーツ死刑囚がヨロヨロと強化戦士リティカルに襲いかかる。
「ふへへ! ふへへへえ!」
接近してくるヒヨワーノ・キョジャクタイシーツに対し、リティカルは沈黙したまま透き通った右手を振り上げ、ヒヨワーノ・キョジャクタイシーツの左頬を思いっきり平手打ちした。
「あぼふへえ!」
十分に遠心力を蓄えたビンタがクリーンヒット。
天井の高い石造りの空間に、爆ぜるような衝撃音と、ヒヨワーノ・キョジャクタイシーツの悲鳴が響き渡る。
「うわっ……痛そう」
「今思いっきしバッチーンいったやん!」
ドン引きするメザーの部下の兵士達。
「おこここ」
口元から抜けた歯が血と共にこぼれ落ち、鼻血も滴る、頬には真っ赤な掌の跡がくっきりと。
リティカルはそんなヒヨワーノ・キョジャクタイシーツの薄い頭髪をつかみ、頭から彼の体を手繰り寄せる。
そして、彼の股間に膝蹴りを加えた。
「ギィヤアアアアーッ!」
ズボンの股間部分から滲み吹き出す血の飛沫。闘技場に絶叫が響く。
思わずメザーはぎょっとして息を飲み込んだ。
「ひいっ!」
「うわー……」
兵士達が酸っぱい顔つきで自分達の股間を抑える。観戦席から戦いを観ている男性の研究員達も股間を抑える。
すぐさまリティカルの回し蹴り。長い脚が美しい弧を描いてヒヨワーノ・キョジャクタイシーツの首筋にヒット。血まみれになって倒れた。
あのハイヒールのブーツであんな高い蹴りを綺麗に放つとは、何という体幹バランスであろうか。
「ぶへへへえ! ぶへへえ!」
地面に倒れ込みジタバタもがくヒヨワーノ・キョジャクタイシーツ。既に虫の息だ。
リティカルは前髪で目を隠した無表情のまま、靴底の鋭いヒールでヒヨワーノ・キョジャクタイシーツをガシガシと踏みつける。
「べべべえ! おぼあああ!」
リティカルはヒヨワーノ・キョジャクタイシーツの首をヒールでぐりぐりとえぐる。そしてそのまま足の力を強めていき、ヒールで首を刺し貫いた。
リティカルの足が上がり、ヒールが引き抜かれると首から血の水柱が昇る。
カツカツとヒヨワーノ・キョジャクタイシーツから離れるリティカル。そして彼女はメザーの方をじっと見つめる。
「え、あ、ああ……」
リティカルの視線の意味するところを察し、メザーはヒヨワーノ・キョジャクタイシーツの元へ駆け寄った。
彼は血だまりの中で動かなくなっていた。
「死んでる……」
メザーが言うと、部下の兵士が二人やってきて、死体をズルズルと闘技場の隅へと引きずっていった。
「次! 前へ出ろ!」
兵士が鍵を取り出し、先程死んだヒヨワーノ・キョジャクタイシーツが並んでいた場所の隣に位置する男の手枷を外した。
「ゲヒャハハハハア!」
手枷を外されたのは、真っ赤な肌をした亜人タイプの冥界人。筋骨隆々の、山のような巨漢である。
連続強姦殺人犯・ボマモル五郎。ムラムラ村の腕相撲チャンピオンにして、連続強姦殺人犯。ムラムラ村の女という女、合計五十人を犯して殺し、『ムラムラ村の性欲ムラムラ殺人鬼』の異名を持つ凶悪死刑囚。
その余りに凄惨な事件に、ムラムラ村は地図上から抹消され、その存在はタブーとなり、冥界の歴史の闇へと葬られた。
真っ赤なスキンヘッドの額には官憲によって押された男性器マークの焼き印。両腕にはそれぞれ『反省はしていない』『私は五十人お菓子て殺しました』の刺青。
官憲から委託を受けている、伝統的に代々罪人へ刺青を入れることを生業としている一族の彫り師が字が苦手で、うっかり『犯して』を『お菓子て』と彫り間違えたのである。だがボマモル五郎はそのことに気付いていない。
「ゲヒャハハハハア!」
ボマモル五郎が邪悪な笑いを上げながら、筋肉の塊の腕を威圧的に振り回した。
「ゲヒャ! ゲヒャヒャ! ゲヒャヒャアッ!」
そして、嗜虐的な笑いを浮かべたままリティカルに向かって突進する。
リティカルはその場から一歩も動かず、ボマモル五郎に向けて右腕を真っ直ぐかざした。
するとその瞬間、半透明の腕がバトルスーツごと一気に伸び、突進するボマモル五郎の真っ赤なスキンヘッドをガッチリとつかんだ。
「ゲヒャ!?」
その瞬間、ボマモル五郎の全身に青白い電撃が迸る。激しい光の明滅が瞬き、メザーの視界に、そして瞼の裏側に残像をこびり付けた。
「ゲヒャアアアアアッ!」
ボマモル五郎の全身から火花が散り、あちこちでバチバチとショートしたような小爆発が起こる。
リティカルの長く伸びた軟体の腕が弾力をつけて収縮し、元の長さに納まった。
ボマモル五郎は煙を上げながら膝を折り、前のめりに倒れて動かなくなった。メザーが急ぎ駆け寄る。どうやら即死のようだ。
再び兵士達がボマモル五郎の死体を隅へと引きずっていく。
次に手枷を外されたのは、連続強姦殺人犯・ファックである。『切り裂きファック』の異名を持つ大量殺人鬼だ。その額には男性器の焼き印。
「あんな雑魚共を倒したからっていい気になるなよ? この俺様がシャバにいたとき何て呼ばれてたか知ってっか? ヒヒヒ……」
兵士の一人が、二本のナイフを持ってきてファックに渡す。この実戦テストでは、死刑囚の望む武器を持たせることができるのである。
「俺がナイフを持ったから、お前はもう終わりだぁ! ヒヒヒ! 本当ならここにいる奴ら全員切り刻んでやりたいところだが、それをやると無罪放免が台無しになっちまうからな! お前を殺した後、シャバでゆっくりやることにするぜ! ヒヒヒ」
ファックが目にも留まらぬ速さでナイフを振り回しリティカルを威嚇する。
「また腕を伸ばしてきてみろ! 一瞬で細切れにしてやる!」
ナイフを構え舌なめずりするファック。それに対し、リティカルは先程と同じように腕を突き出す。
すると、今度は腕ではなく彼女の指先に生えそろう五本の鋭いオレンジ色の爪が、風を切るスピードで伸び、踊り狂いながらファックに襲いかかったのである。
「なっ!?」
ファックは咄嗟に二本のナイフで二本の爪を弾く。速い。この防御だけで一つ前に戦ったボマモル五郎とは遥かに次元の違う強さだということが分かる。
しかし、彼にできたのはここまでだった。当然、爪は残り三本ある。彼の体はしなる鋭い爪により貫かれ、頭部・心臓・腹部、三ヶ所に穴が開いた。
「がっ……!?」
シュルシュルと爪が収縮する。目をぐるりとひん剥いて崩れ落ちるファック。即死だった。そして持ち主の指先に改めて納まる爪。鋭い先端から血がポタポタと滴る。
メザーは背筋に悪寒を感じた。あの爪のスピード、メザーにも見切れない程でもなかった。しかし、ああも五本の爪がいっぺんに押し寄せ、自在に動いて相手を切り裂くとしたら、対応できる自信がメザーにはなかった。
ましてや両手で十本の爪が伸びるとしたら。恐ろしい話だ。
次に登場した死刑囚は大魔道マジキモス。広大な屋敷に大量の少女を連れ込み、洗脳魔法で性奴隷にし、遊び半分に殺し続けた最悪の魔導師だ。当然額には男性器の焼き印。
「フォーッフォッフォッフォ! 死ぬがいい! フォーッフォッフォッフォ!」
マジキモスは手枷を解かれたと同時に、ほとんど不意打ちに近い形でリティカルに闇属性の攻撃魔法を放った。
両手から漆黒の魔力が放たれ、球のような黒いエネルギー体がリティカルに迫る。
リティカルは直立不動のままその魔法を食らったように見えたが、エネルギー体は一瞬にして彼女の胸元に吸い込まれるようにして消滅した。
「フォーッフォッフォッフォッフォウ!?」
マジキモスが笑いを中断して驚愕する。
「んん?」
メザーがよく見てみると、リティカルの胸の谷間がぱっくりと左右に割れ、その左右に鋭い牙が生えそろった不気味な口が現れていた。
そしてその口の周囲に生えている六枚の透明な花びらのような触手。まるで水に流れるようにひらひらと蠢いている。
この口で相手の魔法を吸収した。いや、食ったのである。
「貴様ぁ!」
マジキモスが再び魔法を唱えようとしたときには、リティカルの反撃は始まっていた。
リティカルはその場に立ったまま両腕を突き出すと、透明な両腕が敵に向かって伸びていく。
「おのれい!」
苦し紛れの言葉を吐きながら、マジキモスは迫りくる腕に向かって再び闇の魔法を放つ。今度は先程より小さい闇のエネルギー体が二つ同時。リティカルの二つの手を狙う。
しかし腕はいとも簡単に軌道を曲げて魔法を回避し、マジキモスの両手首をつかんだ。
しかも嫌らしいことに、つかんだついでにオレンジ色の鋭い爪を立てて腕に食いこませており、マジキモスは激痛のあまり「フォー!」と悲鳴を上げた。
腕が一気に収縮する。
「フォフッ!?」
マジキモスは前のめりに床に倒され、顎を強かに打ち付け、そのまま床を容赦なく引きずられていく。
「ギャアアアアアーッ!」
リティカルは近づいてくる敵の頭部に向かって、胸元の六枚の花びらを一斉に展開した。透明な六枚の触手は腕と同じように伸びていき、マジキモスの頭部を捕食する。
「バ、バッカルコーン!」
兵士の一人が驚いたように声を上げた。
「ゴボボーッ!」
花びらのような触手にすっぽりと捕食されたマジキモスは、ついにリティカルの胸元まで引っ張られた。恐怖のあまり足をジタバタさせて抵抗するマジキモス。無駄なあがきだ。
しかしリティカルは尻に生えている尻尾をにゅるりと伸ばし、マジキモスの両足をぐるぐる巻きにした。
完全に駄目押しの、不必要な一手である。メザーには相手に恐怖を与えたくてわざわざ足を拘束したとしか思えなった。
リティカルは捕食した頭部を胸元まで持っていき、そのグロテスクな口でマジキモスの喉笛に喰らいついた。
「ギャアアアアアアアーッ!」
今までで最高の断末魔。闘技場の冷たい空気が僅かに振るえたような気がした。メザーの部下の下級兵士達は完全に怯えきっている。
「ア、ア」
マジキモスは噛み付かれたままどんどんと痩せ細っていき、あっという間に骸骨のように骨と皮だけになった。
まるで最初に戦ったヒヨワーノのようだ、いや、それよりも痩せ細っているか。どうやらリティカルはマジキモスのパワーと魔力を吸収しているらしい。
終いにはマジキモスの四肢は枯れ木の幹と枝のようになり、リティカルは何もかも吸いつくしたその残りカスを、ヒヨワーノ、ボマモル五郎、ファックの死体が積まれている所に花びらを振るって投げつけた。
積まれた死体にぶつかったマジキモスはバラバラに砕け散った。
メザーは段々と不安になってきた。これ、もし被検体が暴走したら、メザーや部下達では抑えられないのではないか。大丈夫だろうか。
突然、リティカルの足元から激しい光が発せられた。魔力が彼女の周囲に渦巻き、長い前髪が浮き上がり若干のカールを描く。そして、切れ長の整った目が露わになり、閉じたままだった頭部の口が冷笑を浮かべる。
「ひいいいーっ! 何だこの化け物! こんな奴とやってられねー! 俺達は降りる!」
他の死刑囚達がうろたえ始め、戦うのはやめると次々に言い始めたのだ。
メザーは死刑囚達に向き直る。
「戦うことを放棄した場合、失格と見做し、直ちに処刑を実行する!」
メザーは死刑囚達に言い放った。実のところ、仮に死刑囚がリティカルを殺したとしても、死刑囚を無罪にするつもりは冥王軍には毛頭なかったのである。
「な、何だとーっ!?」
騎士の言葉を聞いて驚愕する死刑囚達。
「そして処刑の執行人は目の前にいるあの女、リティカルだ! やれリティカル! これより実戦テストは中止! こいつらの処刑を始める!」
メザーが宣言した。
リティカルは冷たい笑みを浮かべたまま、若干前のめりの姿勢になり、胸元の口に近くに両手をかざした。六枚の花びら達が光り輝くと、胸の前に魔方陣が浮かびあがり、凄まじい魔力が凝縮される。
「ひっ、うわあああああーっ!」
手枷をつけたまま逃げ惑う死刑囚達。まだ大勢いる。
次の瞬間、胸元の魔方陣から大木の如き太さの光の帯が発射され、死刑囚の一人を飲み込んだ。そして光はそのまま闘技場の壁にぶち当たり、その部分を蒸発させた。
跡形もなく消滅した死刑囚、そして壁にぽっかりと空いたほぼ真円の穴。
「あわわわわ!」
怯える部下と死刑囚達。観覧席の研究員達も手に持った計器を凝視してざわめき出す。
「あうーっ! あうあうあああっ!」
死刑囚達は闘技場に開いた穴から逃亡を始めた。
「ああ、しまった!」
メザーが声を上げる。死刑囚に逃げ道を作ってしまったのだ。
「くっ! 待て!」
部下の兵士達はメザーの命令を待たず、穴から出ていった死刑囚達を追いかける。
「馬鹿ーっ! お前のせいで大変なことになっちゃっただろ! やり過ぎだ! ちょっとは加減しろ!」
メザーはリティカルに向き直り叱りつける。
「うふふ……」
胸の口から漏れる笑い声。
「あはは……。あは、あはは、あっはっはーっ!」
リティカルが両腕を広げて狂的な笑い声を上げると、彼女から魔力のオーラが発生し、周囲に放射される。
「ぐっ!」
思わず腕を曲げて顔を覆うメザー。吹き飛ばされそうになり足を踏ん張る。
「逃がさない逃がさない逃がさなーい! あはははは!」
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