やるせなき脱力神番外編 理想研究所
伊達サクット
番外編 理想研究所(1)
「な、何するのよあなた達! 私をどうしようっていうの?」
冥王城で、白衣姿の一人の女性が軍服姿の兵士達に連行されている。
彼女の名はリティカル。
冥王城の研究施設の研究者で、若いながらも強化戦士の研究を行う『アイディアル・プロジェクト』の副研究長を務める才女である。
「すみませんねえ。冥王様の命令なもんで」
リティカルの右腕を拘束しているカエル顔の、両生類タイプの兵士が渋い顔つきで言う。
「嫌! 嫌よ! 何で私なの? 誰か! 助けてええっ!」
リティカルはかぶりを振って助けを求める。前へ進むまいと抵抗するが、両脇の兵士達の
彼女はなぜ冥王に呼び出されたのか、そして自分がどんな目にあうのか、予想はついていた。例の件である。だから激しく抵抗した。
「自分だってこんなことしたくないですが、誰かが責任取らなきゃならんのです」
リティカルの左腕を拘束している、灰色の肌をした、額に三つめの目がある亜人タイプの兵士も苦々しげな顔つきで言う。
「放してええ! 私のせいじゃない!」
その様子を、廊下に控える軍服姿や鎧姿の兵士達、あるいは礼服姿の役人達が見守っている。
ある者は同情の目で見つめ、ある者は関わり合いたくないという腫れ物に触れるような態度で気まずそうに視線を逸らす。
連れてこられたのは玉座の間であった。
この冥界の頂点に君臨する、冥王・アメリカーンが堂々たる巨体で鎮座していた。
顔中を怒りの皺で刻み、憤怒の表情でリティカルを見下ろしている。
そして、玉座の両翼には、側近中の側近である冥王四天王――グヮンモドキ、キヌーゴ、アツアー、ミズキ――が揃っていた。
リティカルはカエル顔と三つ目によって縦に長い赤絨毯に座らされ、後頭部を押さえつけられる形で首をもたげる。
「ユーを改造して強化戦士にシマース!」
冥王は玉座の間の空気を震わせる勢いの、地を這うような恐ろしい声で言い放った。
「冥王様、お許し下さい! 何卒お許しを!」
リティカルは必死に懇願した。親からもらった体を改造されるなんて嫌だ。
「恨むんならDr.ジョーを恨みなサーイ!」
冥王に慈悲はない。なにしろ、『アイディアル・プロジェクト』の総責任者、研究長のDr.ジョーが最新技術の魔導神経の作成方法を持って魔界へと逃げたのである。
もともと理論的には存在するとされていた魔導神経だったが、長らく机上の存在でしかなかった。
しかし、リティカルが実験中に偶然魔導神経の生成に成功したのである。しかし、その後はどうやっても魔導神経は生成できなかった。
リティカルはもっと時間をかけて魔導神経の再現を研究するべきだとして、まだその存在は伏せておくべきだと主張したが、功を焦ったDr.ジョーは一刻も早く再現のプロセスを組み上げようとした。
そして、Dr.ジョーはより実証的なデータを得たいがため、秘密裏に一般の冥界人を拉致して魔導神経の実験をし始め、大量の死人を出したのだ。
これはDr.ジョーと一部の強化戦士達が行っていたことで、反対していたリティカルを含めたほとんどの研究員は知らないことだった。
このことは冥王軍の警察隊の捜査によって明るみとなり、軍からの報告で初めてリティカルはその事実を知った。
Dr.ジョーは捜査の手が伸びていることを事前に察知し、奇跡的にも魔導神経の再現に成功し、捕まる直前にその研究成果を持ちだして魔界に亡命したのだ。
不幸中の幸いだったのは、Dr.ジョーは全ての研究成果を隠滅して逃げる時間的余裕がなく、再現方法の核心部分が記載されたノートは彼の秘密研究室の書類から発見された点だった。
しかし、そんな唯一のグッドニュースも、冥王をなだめる材料とはなり得なかった。彼は烈火の如く怒り狂っていた。
「ユーが自分の見つけた魔導神経の完成形となるのデース! 己が肉体をもってプロジェクトの完成としなサーイ! そーですよね!? グヮンモドキ!?」
冥王が脇に立つ、サングラスをかけて髪の逆立った筋骨隆々の大男・グヮンモドキを見下ろした。
「ハ、ハハーッ!」
グヮンモドキは平身低頭して返事をした。
「ミーの言うこと、何か間違ってマースか!? キヌーゴオオオオッ!?」
冥王がグヮンモドキの隣に立つ、煌びやかな法衣に身を包んだ、白く長い髭を生やした竜の顔を持つ老人・キヌーゴを見下ろす。
「いえ、何も間違っておりませぬ!」
キヌーゴも必死そのものの形相で冥王に向き直って頭を垂れた。
「何か言いたいことがあるなら言ってもいいのデース! アツアアアアァァァッ!?」
冥王は、グヮンモドキやキヌーゴと向かい合うようにして脇に控えている、真紅の鎧に身を包んだ男・アツアーを見下ろす。
「いや、言いたいことなどあろうはずがありません!」
アツアーも慌てて前の二人に倣って頭を下げた。
「ミーの決定に何か文句でもありますか? ムゥイズゥクゥイィィィ!?」
今度は、アツアーの横に控える、四天王の紅一点にして四人中でダントツの最強を誇る美しき人魚・ミズキを見下ろす。
「なんか手ぬるくない? 罰として改造するって言ったって、最新の魔導神経の技術を組みこんでやるんでしょ? もったいないんですけど? いっそのこと、知性を与えたまま醜い下等なモンスターの姿にして苦しめてやればいいのに」
ミズキは嗜虐的な笑みを浮かべてとんでもないことを冥王に進言した。ミズキの冥王に対する言葉はタメ口混じりの敬語だった。冥界でナンバー2の強さを持つミズキは、この世界に君臨する絶対者に対してこのような砕けた口調で会話することを良しとされていた。冥王に対して委縮していた他三人の四天王達とは格が違った。ミズキは日常的なリラックスしたような雰囲気であり、冥王を前にして緊張している様子が全く見られなかったのである。
ミズキから向けられる美しくも冷たい視線に晒され、リティカルは恐怖で身震いした。
「リティカルにはまだまだ働いてもらいマース! 魔物になんてしたら意味ありまセーン! けじめをつけさせ、この冥界に貢献してもらいマース!」
冥王がミズキに向かってやや興奮した様子で言う。
「はいはい。それじゃあ文句ありませーん」
ミズキは投げやりな態度で言い、イルカの下半身をゆらゆらと宙にたゆたわせた。
「意義あり!」
玉座のドアが勢いよく開け放たれ、軍服姿の一人の兵士が乱入してきた。
「ユーは何者デース?」
冥王が兵士に言い放つ。
「自分は下級兵士のミノッホ=ドシラーズと申します!」
「その下級兵士がこの冥王に何用デース!」
冥王は既に頭に血管を浮き上がらせている。危険極まりない。
「事情は何だか知りませんが、彼女嫌がってるじゃないですか! 他人が嫌がっていることをやるのはいけないことだと思います!」
唐突に乱入して意義を唱えたミノッホ。その発言内容は極めて常識的で正論であったが、それ以外の要素が何もかも決定的に場違いであった。結果、ものの見事に冥王の逆鱗に触れ、火に油を注いだ。
「下級兵士の分際でミーに意見するとは……」
冥王が入口前に立つミノッホに向けて人差し指をかざした。指先に凄まじい魔力が集中し、漆黒の闇の球体が稲妻を帯びて凝縮されていく。
「や、やばいっ! ミノッホ、逃げろおおおおおおおっ!」
アツアーが咄嗟にミノッホに警告したがもう遅かった。
「死になサーイ!」
冥王の指先から漆黒の球体が放たれた。それは跪くリティカルやカエル顔兵士や三つ目兵士の頭上を通り過ぎ、ミノッホに直撃した。
「アババーッ!」
ミノッホは素っ頓狂な悲鳴を上げ、真っ黒な大爆発を巻き上げた。リティカルは恐怖のあまり、必死に首をもたげて身を屈めていた。
恐る恐る後ろを振り向くと、そこには全裸で黒焦げになり、頭髪がアフロヘアーと化したミノッホがいた。目の焦点が定まっておらず、手足はピクピクと痙攣している。
すぐさま玉座の間に担架を担いだ衛生兵が出現し、手際よくミノッホを運んでいった。
「こんなのパワハラだ! 労災だ! 労基署に訴えてやるアババーッ!」
ミノッホは捨て台詞を言いながら担架で担がれ姿を消した。
「冥界に労基署はありまセーン!」
冥王がそう吐き捨て、涙目になって怯えるリティカルを見下ろす。
「それもこれも全てユーが魔導神経なんか見つけたせいデース! 覚悟しなサーイ!」
冥王が合図をすると、カエル顔と三つ目に無理矢理立たされ、城の奥深くにある研究所へと連行されていく。
「嫌ああああっ! 助けてえええええっ! 強化戦士なんてなりなくない! 嫌あああああっ! 許してええええっ!」
憐れな女性研究員は、兵士に連れられて薄暗い廊下の奥へと消えていった。
リティカルは頭の中が澄み切ったような心地よさの中で目を覚ました。
ある密室のベッドらしい。一糸纏わぬ姿で仰向けに寝かされていた。
意識が回復してすぐに気がついた。体中の感覚が何か別の生物に生まれ変わったかのように変わっている。
予定通りの肉体だった。完成後に被検体がパニックを起こさないよう、完成後の姿は事前に知らされているのである。というか、リティカルの改造プロジェクトの責任者を彼女自身がやらされていたのだ。
リティカルは数日前、自分が首だけになってその断面を携帯式の生命維持機に接続され、部下の研究員に直接両手で抱えられながら改造作業の指揮を執ったことを思い出した。
改造の被検体と責任者が同一人物など、我ながらおぞましく気色悪い。何とも背徳感の募る体験であった。
両腕と両脚が、透明な軟体系のものに変わっていた。骨が入っておらず、自分の意思次第でカーブするし、関節部分で折り曲げることもできる。
手の指先にはオレンジ色に光る、硬質な鋭く長い爪がスラリと生え揃っていた。これを武器にしろということだろうか。透き通った足の指の先端にも、手と同じようにオレンジ色の艶を持つ爪が生えている。
臀部に異物感と、今までになかった感覚が増えている。尻尾だ。手足と同じようにプニプニとして柔らかく、自在に動かすことが可能だ。
そして、耳と首周りの部分も同じように軟体と化している。
人肌の部分は頭部と胴体のみである。その部分に関しても、色白だった肌は体に組みこまれた魔物の影響で赤みがかった濃い色になっており、今までの金髪はピンク色になっていた。
ベッドから立ち上がってみると、以前の体に比べて大分長身になっており、特に脚は驚くほど長くなっていた。胸が突き出し腹部は引き締まり、体つきが骨格レベルで変わっている。
ベッドの脇に、これを使って確認しろとばかりに手鏡が置いてあった。顔を映してみると、どう考えても不美人の部類だった今までの自分の面影が完全になくなり、見たこともない美しい女性の顔になっていた。おまけに頭部そのものも随分と小顔になっている。
つまりは、何から何かまでも手を加えられたのだ。生まれ変わる前のリティカルの要素は、執拗なまでに排除されて全身の至る所に『アイディアル・プロジェクト』のあらゆる成果が手間暇とコスト度外視でつぎ込まれていた。
口を開けてペロリと舌を出すと、唾液に湿り光沢を放つ表面に、白抜きで『IDN.077』のナンバーと、識別コードを現す魔導文字が彫られていた。77番目の被検体。これではまるで品物か何かだ。いや家畜か。
今まで強化戦士の研究をDr.ジョー研究長と共に続けてきて多くの被検体にナンバーを刻みつけてきたリティカルが、自ら被検体にされて同じようにナンバーを刻まれるとは皮肉というより他ない。
他の被検体達は、大体は個人の希望がない限りは腕か首筋か、踵辺りに刻まれるが、リティカルの場合は体の性質からいずれにも彫ることができない。
だとすると選択肢は顔か胴になるのだが、冥王アメリカーンから№077は今までの76体の強化戦士の開発で蓄積されたノウハウの最高の集大成として、『最も完成された強さと美しさを持つ生命体』を製造することを至上命題として厳命されていた。
なのでリティカルの部下の研究員は、表面から見える肌の部分にナンバーを刻むわけにはいかず、当初はナンバーを刻むのは中止しようとした。
しかし、当の冥王から「強化戦士の証たる一生消えないスティグマを刻まないとペナルティになりまセーン! ワシントンロサンゼルスサンフランシスコニューヨーク! アイムファインセンキュー!」とクレームがついたため、研究員達は考えた末、普段人目に触れない舌に彫ることにしたのである。リティカル自身の希望で、この罰が決まった際、自分が連座させられる可能性も省みずに最後までリティカルのことをかばってくれた部下(注:さっき出てきたミノッホとは別人です。紛らわしいので一応補足として)に彫ってもらった。
この研究所で働くことになり、一番最初にできた後輩で、リティカルが副研究長に出世した後も、彼は信頼できる部下としてリティカルのサポートをしてくれていた。
偶然にも魔導神経の再現に成功できたのは、全てがリティカル一人の手柄ではない。その実験の中で彼も同席しており、その役割が大きかったからこそ、彼女がDr.ジョーの代わりに罰を受けることになったとき罪悪感に苛まれていたのだ。
これまた冥王からのリクエストで罰でナンバーを刻むのだから麻酔は使うなとの厳命だった。『魔導刀』で永久に消えない魔導文字を刻むのは地獄のような痛みだった。
彼の罪悪感をこれ以上大きくしたくないから、涙を流さず悲鳴も上げずにしようと決意していたが、体は正直なもので、進捗65%時点の四肢が欠損していた胴体はわなわなと震えていた。
そして、その施術中に研究所内に響き渡った悲鳴が、彼女が頭部の口から出す最後の声となった。
この肉体の唯一と言っていい問題点。それは、改造の首を軟体系に置き換えるためどうやっても構造上声を出せなくなってしまうのである。もちろん物を食べることもできない。
もっとも、最早今のリティカルには呼吸も食事も不必要な体になってしまっているのだが。
その代わり。
彼女にはもう一つの口があった。
豊満な胸の側に新しく生まれた感触。自らの意思でその感触を前に突き出してみる。
すると柔らかな胸の谷間に縦長の裂け目ができ、喰い破るようにして新たな器官――もう一つの口が出てきた。
左右に割けた、鋭い牙が生えそろったグロテスクで生々しい造形。そして、それを中心として六枚の、まるで花びらのような透明な触手がひらひらと生えている。
呼吸は必要ない体だが、リズム付けに胸の口で息を吸って吐いてみる。吐息に手を当てると、透き通った掌に生暖かい感触を帯びる。
「ああ……」
生まれ変わって初めて出した声だった。
この胸の口からは声を出すことができるのだ。
ひとしきり自分を確認した後は、とにかく新しい肉体を触ってみたり、つねってみたり、臭いをかいでみたり、ひたすらにこの肉体を自身の存在と同質のものとしてなじませるよう努めていた。
真っ白な密室のドアの奥から、開錠する音がガチャガチャと聞こえ、女性の研究員が入ってきた。リリスとミザリーである。
「副研究長、お体の具合は……」
リリスがおずおずとした様子で尋ねてきた。
「№077って呼んだら?」
出しっ放しになっている胸元の口から嫌味の言葉を出した。強化人間になって初めての他人との会話だった。
リリスが青ざめた顔で黙りこくる。リリスより勝気な性格をしているミザリーが代わりに口を開く。
「私達だって、まさかこんなことになるなんて……。正規の研究員を被検体にするなんて。こんなはずではなかったんです。私達だって冥王様のお怒りに触れれば……」
今まで改造の実験体にしていたのは魔物や死刑囚ばかりだった。これは研究員にとってもショッキングな出来事だった。さらに言えば、Dr.ジョーは何の罪もない一般人を強化戦士達に拉致させて、魔導神経の実験体にしていたのだ。
「まあ、あなた達のせいじゃないわね」
リティカルはミザリーに言いながら、リリスが出したローブを受け取り真っ裸な体に羽織る。これから移動するらしい。
「専用の戦闘服を作りました。それを着て戦闘テストを行います」
ミザリーに促され、リティカルは真っ白な部屋をあとにした。
◆
「で、ウィーナ様はいつ戻るんだ?」
ワルキュリア・カンパニー、ウィーナの執務室で、本来ウィーナが座るべき椅子には幹部従者レンチョーが偉そうにふんぞりかえっていた。
椅子に深くもたれかかり、伸ばした脚を組んでウィーナの机の上に乱雑に乗せている。
「は、はい。それが、その……。旧邸の改築作業の視察に行くとかで。二、三日は向こうに滞在するって言ってました」
ウィーナの魔動車の運転手や給仕など、付き人的な役割を果たしている平従者ビートが、レンチョーにウィーナの書き置きを差し出した。
レンチョーはそれを乱暴にひったくると不機嫌そうに文章に目を通す。ビートの立ち位置からは半分が鱗に覆われたレンチョーの顔が冷酷な印象をもって映る。
「借り主に会いに行くからか」
「はい。そうです」
ウィーナの話によると、ネオリクの町にあるウィーナの旧邸はリティカルという人物に貸すらしい。リティカルは科学者とのことで屋敷を研究所に改築することになったのだった。
レンチョーは舌打ちをして「何だよ、ニチカゲとロシーボも連れてってんのか……。そういうことなら俺を連れてきゃあいいのに」とこぼし、書き置きを乱暴にビートに放った。
薄っぺらい紙はふわりと不規則に舞い上がり、ビートはそれを拾うのにワタワタと翻弄された。
「せっかく新しく結成したチームを見てもらうつもりだったのにな」
レンチョーが視線をずらすと、執務室の隅には五人の女性戦闘員が並んで立っていた。
「え~っと、ヴァルハラ5……でしたっけ?」
「『Valkyrie 5』よ!」
ビートが曖昧な記憶で尋ねると、途端に五人の内の一人、ヴィナスに訂正された。
「すみません!」
どっちでもいいわ! ビートは謝罪しながら心の中で思った。ヴィナスは管轄従者な上にウィーナの養女である。下手な態度は取れない。
他のメンバーはサクラーシャ、ルビー、ナルス、フォートゥナ。全員管轄従者であり、レンチョーが考案した歌って踊って闘うダンスバトルユニットとのことである。
彼女らに芸能活動をさせて金儲けしようということらしい。まだ結成したばかりで何もしていないが、こんな企画が当たるのだろうか。
それに確か、噂ではサクラーシャはレンチョーの愛人だったはずだ。最初から男がいる女をこの手の芸能的なグループのメンバーに入れるのは、ファン相手の客商売としてどうなのか。ビートの疑問は尽きない。
「リティカルは冥王城の極秘プロジェクトで生まれた強化戦士だ。ウチとしても利用価値は十分にあるぞ?」
執務室から新たな声が聞こえてきた。
部屋にいる七人が注視した先。部屋の窓枠に、小さな鳥類タイプのハチドリがいたのだ。いつの間にか入ってきたらしい。
「何だって? 強化戦士? ウチじゃ御法度だろーが」
レンチョーが怪訝な顔つきを作った。
「御法度も何も、冥王様の肝入りだ。実戦データを取りたいんだと。断れるわけないだろ」
ハチドリが言う。確かに、普段の任務でも悪霊や魔物と激しく戦うこの組織ならうってつけと言えるだろう。
「そういうことか……」
レンチョーが机の上に脚を乗せたまま、腕を組んだ。
「しかも幹部待遇にしろって。俺達と同格だってよ」
ハチドリが続ける。
「はあ? ふざけんなよ、おかしいだろ」
レンチョーが怒りを露わにした。
「ウィーナ様もそれには難色を示しておられる。幹部従者じゃなくて、あくまで幹部並みの待遇とする。非常勤だ」
「非常勤、ねえ……確か前にもやったことあったか?」
「覚えてない」
ハチドリが言う。
「納得いきません! なぜそんな外から来た人がいきなりそんな待遇になるんですか?」
金髪のボブカット、ヴィナスがハチドリに不満をぶつける。
お前だって120%の縁故採用だろうが。ビートは心の中で思った。
「ああん? 誰あんた?」
ハチドリが首をかしげる。
「管轄従者ヴィナスです! ウィーナ様の義理の娘です! 知ってんでしょ? 変な冗談やめてほしいんですけど?」
ヴィナスがムッとした表情でハチドリに詰め寄った。
「へぇ~……ウィーナ様のねぇ……覚えとらんなぁ。まあ、あれだ。そこは心配ない。少なくもお前らよりは使えるだろうから」
ハチドリがValkyrie5を品定めするように見回しながら言うと、ヴィナスだけでなくナルスやフォトゥーナもやいのやいのと反論し始めた。それをなだめるルビーとサクラーシャ。ハチドリはまるで意に介さず。
「もういい! 行くぞ!」
レンチョーはうんざりした様子で立ち上がり、ヒールの高い気取った革靴をカツカツと鳴らしながら部屋を出ていった。
「待って下さいレンチョー様! まだ話しは終わってません!」
ヴィナスが慌ててレンチョーの後を追おうとする。
「ええっ!? 様付け!?」
ハチドリがクチバシを広げて驚愕した。
「やめなってヴィナス」
やや褐色の肌で、銀髪のルビーと呼ばれていたメンバーがヴィナスを制止するが、ヴィナスは「何だよ黙ってろよ! ヴィクトだって言ってたもん! ウチは戦闘力至上主義なの!」と吐き捨て、ルビーを突き飛ばして部屋を出ていった。
「そんでヴィクトは呼び捨て!? どんな関係なの? 怖ッ! アンタの中で俺達の序列どうなってんの?」
ハチドリのツッコミを誰もが無視する中、他のValkyrie5メンバーも慌ててレンチョーの後を追う。
執務室にはビートとハチドリが残り、嘘のように静まり返った。
ハチドリはビートに向き直り「なあ、見たかあれ……。あの、何だあれ? あんなステージ衣装みたいな恰好で戦うの? あの人達」と問いかけた。
「え、さあ……」
「断言してもいい。あいつら、ええと、何て言ったっけ?」
「Valkyrie5です」
「どうでもいいわそんなん! あんなの、絶対使えんぞ……」
開きっぱなしの執務室のドアに向けて顎をしゃくり、ハチドリが言った。
「はい……」
ビートもそんな気がした。
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