ラブレターって古いよね

忍野木しか

ラブレターって古いよね


 傘にぶつかる雨音。クシャクシャのラブレター。

 大野里菜は引き攣った笑みを浮かべた。用意していた手紙が鞄の中で潰れていたのだ。正門前。下校中の生徒たちの話し声。時が止まったように傘を差したまま固まる里菜。困惑して首を傾げる清水浩平。雨粒が二人の足下を濡らす。

「それで、話って?」

「いや、その……」

「用がないなら行くけど」

「その、さ、清水クン。ラブレターって、どう思う?」

「はあ?」

 潰れた手紙を鞄の中で撫で付ける里菜。働かない頭で紡ぎ出した自分の言葉に、真っ赤に染まる頬。

「いや、深い意味はないの! ただ、ラブレターって古いよね? だから、その、利点とかあるのかなって」

「利点?」

「うん、それに、い、今の若者ってそういう文化をどう思ってるんだろうなって、そう、文化の話!」

「お前も今の若者じゃん」

「そ、そうだけど、違うの! ほら、色んな意見を取り入れた方が……」

 里菜の左肩に斜めにかかる傘。右腕に垂れる雨粒が白い肌を伝って鞄の中に流れ込む。手紙に染み込む水滴。慌てて手を引き出す里菜。制服のスカートで濡れた手を拭くと苦い笑いを浮かべる。

 傘を差したまま頭をかく浩平。

「もしかしてさ、何か持ってる?」

「な、何かって?」

「ほら、ラブレターとか」

「も、も、持ってるわけないじゃん!」

 右手を大きく振る里菜。傘の黒い生地に溜まった水が彼女の火照った足を冷やした。

「だよな」

「そうだよ、ラブレターなんて古いでしょ」

「そうか?」

「ふ、古いよ。だって紙なんて破れるし……濡れるし……」

 俯いた里菜は開いた鞄の中をそっと覗き込んだ。暗い影の底。手紙の生存は確認出来ない。

 濡れた右半身。湿った靴下。潰れた手紙。

 里菜は顔を上げるのも億劫に感じた。だが、このまま帰る気にはなれない。もういっその事、直接告白しようかと覚悟を決めるも、言葉は出てこなかった。

「じゃあ、俺、帰るわ」

「え? う、うん」

 慌てて顔を上げる里菜。「じゃあな」と雨の中を走り出す浩平。彼の後ろ姿を見送った里菜は、トボトボと下を向いて歩き始める。

 開いた鞄。潰れた手紙を引っ張り出すと、里菜はため息をついた。

「なあ、それ、俺のなら貰っていいか?」

 後ろからの声。小さく悲鳴を上げた里菜は傘を落とした。頬を濡らす雨。慌てて手紙を胸に抱く。

 浩平は落ちた傘を拾うと彼女に差し出した。おずおずと頭を下げる里菜。傘の中に入ると、下を向く。

「し、清水クン、帰ったんじゃなかったの?」

 声を震わせる里菜。はにかむ浩平。

「だって気になったから」

「ええっ?」

「あ、そういう意味じゃなくて……。まぁ、いいや、お前のことが気になったんだよ」

「う、うん」

「その手紙さ、俺のなら貰ってもいいだろ?」

「これ?」

「そう、俺のじゃないなら、いいけど」

 潰れて濡れた手紙。そっと指の力を抜いた里菜は、浩平にラブレターを手渡した。

「ど、どうぞ。クシャクシャだけど」

「はは、ありがと」

「その、読んだら捨ててもいいからね、その手紙」

「やだよ、ずっと残るのが手紙の良いところなのに」

「……へぇ」

 ずっと残るのが手紙の利点か。

 なるほどと里菜は頷いた。

「ねぇ、その返事さ、手紙で書いてくれない?」

「え? そのつもりだけど」

「ありがと」

 微笑む里菜。

 鞄を閉めると、傘の雨を静かに落とした。

 

 

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