掌編小説・『パラグライダー』

夢美瑠瑠

掌編小説・『パラグライダー』

(これは、2019年の「パラグライダーの日」にアメブロに投稿したものです)




    掌編小説・『パラグライダー』


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 おれは「特殊飛行運動体設計家」という肩書で、さまざまなグライダーとか、パラグライダー、地空両用自転車、小型飛行機、両翼装備型飛翔体など、ほぼ自力だけで人力飛行をなしうる、さまざまなタイプのセルフドライヴィングオートモビル?のグランドデザインをしている工業デザイナーである。


 陀 敏知(ダ・ヴィンチ)などと名乗っている。(本名は津田昭三で、はなはだ平凡でつまらない)

 一級建築士だの商業デザイナーだのの資格も持っているからそういう仕事もするが、主力は「自力飛行」をする、一人~三人乗りの色々な乗り物の設計なので、そういう仕事を優先する。

 おれはかなり優秀なので、「鳥人間コンテスト」というので、おれのデザインした飛行機が美事に15分間完泳?仕切って優勝したこともある。

 もともと「人力飛行」という発想が好きで、子供の頃はよく背中に羽をつけて飛ぶ人間の絵などを画用紙に描いていたものだ。

 だから、古い話だが、ロス五輪の時に「ジェットマン」というのが、自力飛行のデモンストレーションをした時には快哉を叫んだクチだ。

 ライト兄弟この方、いやずっとそれ以前から「鳥のように自分の力で空を飛びたい」、そうした願望は潜在的にであっても誰しもが抱いているはずで、おれは職業を通してそうした人類に共通の願望を実現している、幸福な人間なのだ。


・・・ ・・・


 ある朝、メールをチェックしていると、差出人不明の変なメールがあった。

「前略 ご多忙のことと存じます。今度Z-----というわが小国にてパラグライダーの飛行距離コンテストが行われます。つきましては“陀 敏知”様の設計技術の確かさを見込んで、一人乗りの自力推進力付きのパラグライダーの設計を委任したいと存じます。ただし、あくまでも「自力推進能力」の存在は伏せておきたいのです。

 滑空しているだけ、と見せかける、そうしてその能力の存在した痕跡は抹消される、そういうパラグライダーを極秘のうちに設計してほしいのです。

 コンテストの優勝賞金は100万ユーロで、これは優勝した場合に折半で報酬としてお渡しします。ただし優勝しなければゼロとします。

 私たちは何としても優勝する必要があるのです。

 私たちの要望をお願いできますか?

 もし承諾の意思があれば、設計図とかその他のやり取りをメールですることが可能という返信を頂ければ幸いです・・・云々」


 面白い話だが、ちょっと考えてみても技術的にちょっと難しい。

 どうしたらいいものか、おれはちょっと考え込んだ・・・


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 ・・・おれは依頼の内容を整理してみた。

 

 いわく、パラグライダーの設計。

 いわく、ただし、極秘の?自己推進力を装備してほしい。

 いわく、ただしその「推進力」の痕跡を自動消滅させてほしい・・・

 

 そういうわけだから、おれの従来持っているノウハウで、最初の二つは簡単にクリアできる。

 問題は三つ目の要望である。

 つまり優勝したそういうパラグライダーが本当にそれだけの、優秀な滑空能力のみで他の機体を凌駕したのか、そうした検分が行われた場合に、ジェットエンジンとか、そういうものを備えているのがバレると都合が悪くなる、つまりそうした意味であろうか。

 パラグライダーの飛行コンテストにそうした巨額の賞金がついているというのも若干疑問は感じたが、とにかくおれは承諾の返事を送った。

 賞金の約五千万円は魅力だし、必ずしも成功しなくてもいいらしい。

 コンテストは三か月先だというから何とかなるだろう・・・

 

それくらいの気持ちで応諾したのだ。


 すぐ返信が来て、「前略、承諾いただけて非常に欣快至極です。われわれの用意できる予算は一千万円です。優勝できなくても設計費の50万円はお支払いします。ですが、設計図その他、パラグライダーの内部機密に関しては全て部外秘にするようにお願いします。

 表向きは簡素で平凡なグライダーで、実は内部に驚くべき推進力を備えている・・・

 そういうイメージのアートモビールが作れれば理想的です。

 あとは、その証拠隠滅のアイデアですね。そこは「陀 敏知」さんの超的な頭脳のひらめきに託することにします。

 どうぞよろしくお願いします・・・」

 

 そうか・・・何だかよく分からないが面白い話が内に秘められていそうだな・・・

 おれはそう思い、その見ず知らずの「奇特な依頼人」の、風変わりな要求にだんだん興味が惹かれてきて、その要望に100%沿ってあげたく思えてきて、「自己消滅する推進機関」の設計のアイデアを真剣にあれこれと考え始めた・・・


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 Z-----国というのはどんなところかと調べてみたら、小国で、南米の、かなりの山岳国らしい。

 移動手段として日常的にパラグライダーがよく用いられていて、そういう条件の国はやはり珍しくて、それでパラグライダーの製造メーカーとゆかりが深いらしい。

 で、年に一度世界的なパラグライダーの飛行コンテストが、そのメーカーのスポーシングで開催されているらしい。

 一種の国家的なイベントで、モナコ公国の切手とかカーレースみたいに、大変に国としては力を入れていて、そのコンテストの興行収入とかその他の実入りで、国の福祉予算とかを賄っている、チャリティイベントでもあるのだそうだ。

 いずれはもっと様々なアイデアを盛り込んで、有名なパラグライダーレースとして

世界中の人口に膾炙させて、観光立国としての国家の振興につなげたいらしい。

 そういう山国でも、色んな世界遺産だの古代の空中都市などがあって、「天空の城ラピュタの国」などと珍しがって日本からの観光客も結構多いらしいのだ。


・・・ ・・・


 おれに機体の設計を頼んできたのは何とそのレースのスポンサーの大手パラグライダー用品製造メーカーの宣伝部長らしくて、「筆頭スポンサーの沽券と意地にかけても優勝機を出したい」らしい。世界中にそうしたパラグライダー関係のメーカーはたくさんあって、どこも選りすぐりの高性能の機体と装備、乗り手を用意して毎年覇を争っているらしい。開催初年からこの筆頭スポンサーメーカーが10年連続で優勝していたが、ここ二年程後発の新興メーカーに後れを取っている。

 で、「今年は何としても優勝せよ」という社長の至上命令がくだり、宣伝部長があれこれ調査した結果におれに白羽の矢が立った・・・


 メールのやり取りからすると、こういう経緯(いきさつ)らしい。

 ビジネスの契約とかの話だから、そういうことはひざ詰め談判すべきではないのか?

 と思うかもしれないが、おれは大体人に会うのが嫌いで、どういう話でもほぼメールで済ませていて、それで大抵は間に合うのである。

 そういう事情も相手は調査済みで、知悉しているらしい・・・

   

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・・・そうして、三か月後の今日、「パラグライダーの日」に、熱戦の火蓋が切って落とされた。

 色とりどりのパラグライダー、主要メーカー肝煎りのそれや、民間からの参加機各種がスタート地点から一斉に飛び立って、ゴールまでのタイムを競う、そういうレースが開始された。

 本当にそれは、一見すると夢のようにファンタジックな光景だった。

 緑の大渓谷に、ヒロ・ヤマガタのポスターのように、たくさんの美しい原色のパラグライダーが、ポコポコとキノコの如くに乱立して飛翔している・・・

 これほど格好の被写体はなくて、多くの芸術写真がその光景から生み出されたであろう・・・


 おれもそれを、ネットの中継で見ていた。

 しかしおれの関心は、自分が設計した、「ダ・ヴィンチ号」、真っ黒なキャノピー(パラグライダーの袋の部分をこういうらしい)のその機体がどう走っているかだけだ。

 何しろこれには一億円の賞金がかかっている。

 Z-----国は年間の9割が晴天で、曇天とか雨天とかということは可能性として少ない。で、おれが考えたのは超小型のソーラーエネルギーの推進エンジンで、そのパネル代わりの光学キットに、氷を使う、というアイデアだ。

 氷といってもドライアイスで、簡単には溶けない。

 その透明な自己回転エンジンをキャノピー全体にびっしりと張り付けて、強力な推進力をパラグライダー全体に設営する。

 実験ではそのシステム全体が飛翔後約十五分で全面的に自然加熱で解体する。

 後には何も残らない~というわけだ。

 若干ご都合主義だが、ここまでサポートされて勝てないのであれば、それは余程に操縦者が不適格、そういう仕様にしつらえて、一流のパラグライダー操縦者を、パイロットにして、「ダ・ヴィンチ号」を我々は見送ったのだった。


 熱烈なデッドヒートがそれでも繰り広げられて、それでも結局、われわれのドライアイスエンジンに補強された「ダ・ヴィンチ号」が薄氷の勝利をした!

 おれもネットの中継を見ながらガッツポーズをした。

 操縦していたネパール人のドライバーもガッツポーズをして喜んでいる。

 これでおれには大金が転がり込み、優勝機の設計者としての名誉も手に入る・・・おれは有頂天だった。


・・・その直後に、大会委員会から「特別な発表」があった。


「優勝機は規定により失格です。匿名者から投稿された、優勝機の飛行状況を赤外線撮影した映像があり、そこには明らかに異常なエネルギーがキャノピー全体から持続的に放出されています。これは規定違反の外的推進力補助利用と見做され・・・」


 もう間違いない。産業スパイか何かに我々の目論みは見透かされていたのだ。

 そうしてどんでん返しを今日までねつらっていたのだろう。

 五千万円は水泡に帰した。


 ネットの中継に夢中だったが、猫のように妖艶で勘の鋭い妻の美矢緒が、いつの間にか音もなく隣に座っていて、すぐ状況を察知したらしく「残念だったわね。赤外線カメラじゃどうしようもないし、対策の練りようがない。超カッコイイ作戦だったのに・・・ミャオーン」と哭いた。

「超(パラ)滑降(グライド)いいってか?洒落にならんよ。三か月の苦労がくたびれ儲けになったんだ。設計料の50万円でやけ酒でも食らうしかないな・・・」


 おれはそう自分の運のなさをつくづくと嘆いたのだった・・・




<了>




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掌編小説・『パラグライダー』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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