第14話 異国からの来訪者
実技演習を終えた放課後。
ミトスは【ノーリッジ図書館】を訪れて、書物を読み漁っていた。
無重力空間をぷかぷか浮きながら取ってきた本に目を通しては返却の呪文で元の場所に戻し、次の本へ移る。
「はぁ、東洋の国に関する情報も無しか……妾が欲する情報がことごとく存在せんなぁ。」
そう呟いて、開いたばかりの本を放り投げる。
「コイツを制作した国ならば、王国式の魔法とは異なる魔法が根付いているのではと期待したが……」
ミトスは腰からベルトで吊り下げた“ソレ”に触れながらぼやく。
植物の蔦を模した文様が刻み込まれた金属製の鞘。
そこに収められているのは彼女が選んだ得物。異国の技法で鍛え上げられた刃物——刀である。本来、この刀はガデッサの私物なのだが、そう簡単に手に入れる事が出来ない代物という事でそのまま貸し出されているのだ。
さて、何故ミトスが刀の生産地である東洋の国、【秋津洲】について調べているのかと言うとかの国の立地に理由がある。
東洋の国、【秋津洲】と【エスペランザ王国】は陸続きになっておらず、間には広大な海が広がっている。さらには、2国を隔てる海には強力な魔物が生息しているため、命がけの航海になる。
そういう訳で、この2国には交流はほとんど無かった。
だからこそ、大陸を席巻している王国式魔法とは異なる土着の魔法が存在していると判断して、情報を集めまわっているのだ。
最もその成果は芳しくないのだが……
「この刀を売っていた行商人に話を聞ければよかったのじゃが……行商人?」
ミトスに天啓が舞い降りた。
「カティア!! フェルノール!!」
「ミトス、図書館の中で大きな声を出したらダメ。」
「おっと、そうじゃった。」
「どうかしましたか?」
「お主ら、東洋の国について何か知っている事はないか?」
「東洋の国……もしかして、アキツシマ国の事でしょうか?」
「何か知っておるのか!?」
カティアの実家は行商を営んでおり、フェルノールの実家も行商人と関係が深い。
行商人繋がりで何か知っているではないかと思ったが、どうやら当たりのようだ。
————と、期待に胸を膨らませたのもつかの間だった。
「ごめんなさい。私もそのような国が存在している事を知っている程度なのです。カティアの方はどうですか?」
「似たようなモノ。うちの実家は主に陸路を使った行商をしているから、あまり海を隔てた国の情報を入ってこない。」
「むっ、そうじゃったか……」
「しかし、どうして急にアキツシマ国の事が気になったのですか?」
「海を隔てた国で、なおかつ今まで交流がまったく無かった国ならば王国とは別の魔法が栄えていてもおかしくないと思ったのじゃ。」
「ふむ……確かに、その可能性は大いにありますわね。」
「じゃが、この図書館にはアキツシマ国について書かれたモノは見当たらないのじゃ。」
「まだ交流が開始されて、それほど時間が経っていない国ですからね。無理もないですわ。」
そうじゃよな、と肩を落とすミトス。
それに対し、フェルノールは「確証はありませんが」と前置きして、一つの情報を彼女に提示してくれた。
「噂では交流の一環として、アキツシマ国の人が訪れているそうです。もしかしたら、街中でフラッと遭遇するかもしれません。」
「なるほど……」
その時、ミトスの頭に過ったのはカティアと出会った日に目撃した大道芸人の存在。
見た事が無い魔法で無数の短剣を扱うパフォーマンスを披露してみせたが、思い返してみれば、使っていた短剣は刀に近い形状をしていたように思える。
エスペランザ王国で大量の刀を操る大道芸人。
アキツシマ国と密接な関係にあるのは間違いない。
「ミトスさん? 何か、心当たりが?」
「うむ。カティアにメルクリウス横丁を案内してもらった時に、不思議な術を使う大道芸人を見た事があってな。そやつが怪しいと睨んでおる。」
「ああ、あの短剣を大量に操っていた人か。あの魔法、そんなに珍しいのか?」
「そもそも、魔法で生み出したモノ以外を自由自在に操る事ができないのじゃ。」
例えば、魔法で生み出した火球を操ったり、氷柱を操る魔法は珍しくない。
元が術者の魔力であるため、放出された後でもある程度の制御は可能なのだ。
しかし、剣や石礫のように自身の魔力が関与していない物質を操るとなると、操る源になる魔力がないため、魔法で操作する事ができないというのが定説である。
「————という訳じゃ。じゃから、あの青年の魔法は異質なのじゃよ。」
「へぇ~、それは知らなかった。ミトス、詳しい。」
「ふふん♪ これでもかつては……いや、何でもない。そういう訳で妾はあの大道芸人を探そうと思うのじゃ。」
「良い考えですね。二人とも同じ探し物をするよりも、別々の観点から探した方が効率的ですわ。」
「そうと決まれば、次の休みに探してみるのじゃ!!」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
そして迎えた休日。
あの日の宣言通り、謎の術を扱う青年を見つけるためにメルクリウス横丁を訪れていた。
世間全体が休日という事で横丁にはいつも以上に大勢の人々が訪れ、賑わっている。
「ふむ……この辺りには居ないか。」
横丁で最も人が行き交う大通り。
その通りに軒を連ねる家屋の屋根に陣取り、目的の人物を探していた。
王国で黒髪、黒い瞳のヒューマンは少ない。人混みの中でも黒髪のヒューマンが居ればmそれが目的の人物の可能性が高い。
「公園の方にも居なかったから、こっちの方かと思ったが、予想が外れたか。」
しかし、どれだけ待っても人混みの中に黒髪の人物が現れる気配はない。
まだ活動する時間ではないのか、それとも今日は大道芸を披露しない日なのか。
彼此30分ほど待ち伏せているが、目的の人物が顔を見せる気配は全くない。
「出直すか、待ち伏せる場所を変えるか……どうしたものかのう。」
『そんな所で、誰を待ち構えるのさ?』
「決まっておるじゃろう。不思議な術を使う青年……なっ!?」
頭の中に直接響き渡る透き通った声にミトスは驚いた。
あの時——初めて、青年を目撃した時に脳裏に響いた不思議な声を同じモノ。
しかし、軒を連ねる家屋の屋根の上にも、大通りを行き交う人々の波の中にもその姿は見えなかった。
一瞬、「気のせいじゃったのか……?」と疑い始めたその時。
ポンッと軽く肩を叩かれた。
『やぁ、僕に何か用かな? 小さなお嬢さん?』
振り向けば、ミトスが朝から探していた人物が何食わぬ顔で立っていた。
ヒューマンには珍しい夜闇を思い浮かばせる黒い髪に宝石のような黒い瞳。
王国では見かける事がないふっくらしたズボンと黒いコートはまさしく異国の住民である事を表現している。
容姿、髪色、衣服。そのどれもが、あの日目撃した大道芸人の恰好と一致した。
(こ、こやつ……儂にまったく気取られる事なく、近づいてきたのか!?)
目的の人物がひょっこり現れた事も驚きだったが、それ以上にミトスは何も感じさせずにこんな至近距離で近づいて見せた青年の実力に戦慄した。
ビースト特有の第六感と言うべきか、姿が変わってからというものミトスは気配に敏感だった。おまけに、勇者パーティーに居た頃は寝ずの番をしていた経験もあるので、背後に誰かが居れば察知する事ができる。
しかし、目の前の青年は近付いてくる気配を一切感じさせる事なく、容易くミトスの拘束できる距離にまで近づいて見せたのだ。
『えっと……もしも~し? 聞こえてるよね?』
「お、おおっ、すまない。お主が急に現れるモノじゃから、驚いておったのじゃ。」
————と、ミトスが応える。
すると、青年は困ったような表情を浮かべて、何か考え込む。
『えっと、もしかしなくても何か喋ってるよね?』
「勿論に決まってるじゃろ。妾はミトス・ガルディオスじゃ。お主の名は?」
『あ~……ごめん。僕、こっちの国の言葉話せないんだ。読み書きはできるんだけど、会話はちょっとね。』
「何を言っておるんじゃ? お主、こちらの言葉を喋っておるではないか。」
そう言って、首をかしげるミトス。
青年の方はもう慣れっこなのか、苦笑いを浮かべて再び頭の中に直接話しかけてきた。
『君が聞いている声は僕の故郷の術で僕の思考を直接伝えているモノになるんだ。だから、実際にこの王国の言葉で喋っている訳じゃないんだ。』
「ほう? それはとても興味深い話じゃ。しかし、言葉が分からんと言うのは面倒じゃのう……」
『……ちょっとごめんよ。』
そう言ってから、青年はミトスの首筋に触れる。
『この状態で頭の中で会話するような感じで、離してみてくれるかな?』
「頭の中で会話するような……『こんな感じかのう?』」
『うん、バッチリ。ちゃんと僕の方にも君の声が届いているよ。自己紹介が遅れたけど、僕の名前は藤原 晴嵐。晴嵐が名前で、藤原が家名になるよ。』
『妾はミトス。ミトス・ガルディオスじゃ。』
『ミトスちゃん、だね。ミトスちゃんは僕を探していたのかな?』
「(ほう……本当に通じておるようじゃな。)その通りじゃ。お主に聞きたい事があってな。」
————と、至って平静を装っているミトスがその内心はとても興奮していた。
肉声を使わず意思疎通ができる術など王国式の魔法には存在していない。
つまり、目の前で披露されたのは間違いなく王国式の魔法とは異なる体系の魔法に属する魔法なのだ。すぐにでも根掘り葉掘り問い質したい衝動に襲われるが、それをねじ伏せて「セイラン」と名乗った青年の話に耳を傾ける。
『何となく分かるけど……さて、何を聞きたいのかな?』
『お主が使う不思議な術についてじゃ。この前もいくつもの短剣を扱っておったじゃろう?』
『確かに操っていたけど……』
セイランは顎に手を当てて、何か考え込む。
『……時に、ミトスちゃんはこの国の魔法について詳しいのかい?』
『うむ!! この国の魔法について、妾の右に出る者は居ないと言っても過言ではない!!』
自信満々に宣言するミトス。
そんな彼女の態度にセイランはニヤリ、と笑みを浮かべた。
『それじゃあ、取引だ。僕がミトスちゃんに僕の国の術を教える代わりに、この国の魔法について教えて欲しい。』
『それは構わないが……何故、王国の魔法について知りたいのじゃ?』
『興味があるから。それに尽きるよ。僕の故郷に伝わる術とは異なる未知の術なんて、最高にワクワクするだろ?』
そう言って、セイランは子供のような笑みを浮かべた。
『その気持ち、妾もよく分かるぞ!! 妾もワクワクが止まらんのじゃ!!』
『あはは♪ 僕たちは気が合う似たもの同士らしい。これからよろしく、ミトスちゃん。』
『こちらこそ。よろしく頼むぞ、セイラン。』
2人はお互いに笑顔を浮かべて、がっちりと握手を交わすのだった。
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