第2章 力を求めて

第13話 得物



突然だが、王立エスカドル学院には初等部と中等部。

さらに、その上の高等部の大きく分けて3つのパーティションが存在している。

研究機関としての側面も兼ねている高等部と違い、中等部と初等部は“ある1点”を除けば、それほどカリキュラムに差はない。


では、初等部と中等部の大きな違いとは何か。


それは授業カリキュラムの中に実技演習が加わる事である。

初等部では座学オンリーだった魔法や武芸の授業に実技演習が加わり、実際に魔法を使ったり、刃物を振るう機会が出てくるのだ。


さて、その演習の機会は平等に訪れるのだが……それに伴い、ミトスは窮地に立たされていた。


(そうじゃよな……儂の中身が男だと知っているのは、アスラのみ。こんな状況に配慮されている訳が無いよな!!)


心の中でやけくそ気味に叫ぶミトス。


クラスメイトの胸中など知る訳もなく、周囲からは楽しそうな声が響く。

周りに居るのは女の子のみ。何人かは恥ずかしがる気配もなく、その裸体を披露している。


(遥かに年下の女子に囲まれて、着替えなど……どんな嫌がらせだ!!)


そう、ミトスが居るのは女子更衣室。

本来なら門前払いされる筈の秘密の花園へ招待されていたのだ。

今の容姿を考えれば、違和感など無いのだが、まだ新しい身体に慣れていない彼女にとっては拷問に近い。


(くそっ……なるべく、視界に入れないようにしてさっさと着替えるしか……)


「ミトス、そんな隅で何をしている?」


「いや、このような環境に慣れていなくて—————っ!!」


カティアに呼び掛けられ、反射的に振り向いたミトスは慌てて顔を逸らす。

何せ、今の彼女は制服を脱ぎ捨てた下着姿。しかも、服の上からは分からなかった胸部のふくらみはミトスには刺激が強かったようだ。


「か、カティア!! は、早く服を着るのじゃ!!」


「?? 別に女の子同士だから、恥ずかしがる事ないと思う。」


「全員が貴女と同じ訳じゃないのじゃ!!」


「そうですよ、カティア。同性同士でも恥ずかしがる人は居ます。分かったら、さっさと服を着てきなさい。」


「は~い。」


フェルノールに少しお説教され、カティアは渋々離れていった。


「ふぅ……助かったのじゃ、フェルノール。」


「どういたしまして。カティアのスキンシップの激しさはよく知っていますから。それが彼女の良い所でもあるのですが……」


「もう少し人を選んでくれれば、最高の個性なんじゃろうな。」


「初等部の時から注意しているのですが、一向に治りませんでしたわ。」


「難儀じゃのう……」


そう彼女を労わりながら、ミトスはカティアの方に視線を移す。

いつの間にか体操服へ着替え終わった彼女は他のクラスメイトと談笑していた。


(カティア、見た目も喋り方も男っぽいのだが、体つきを見るとやはり女子なのじゃな……)


短く切りそろえられた髪に、少年のような喋り方。

着やせするのか服の上からだと膨らみも少なく見え、おまけに動きやすい服装を好む。そのせいで、初対面の人には少年に間違われる事も多々あったらしい。


しかし、実際にはフェルノール、ミトスを含めて3人組の中では一番発育が良い。

カティアの下着姿を見た時、すぐに顔を逸らしたのもそれが理由だったりする。


「ふむ……」


ミトスの手は無意識のうちに、胸の方に持っていく。

そこに膨らみはなく、平原が広がっている。


「—————って、妾は何をしておるのじゃ!!」


自身の無意識の行動にビックリしながら、変な考えを振り払うかのように体操服に着替える。


王立エスカドル学院の体操服は紺色のホットパンツに紅白の色合いのTシャツ。

しかも、実技演習のために身体全体に無色透明の保護膜を展開する特殊な魔法が掛けられている特注品である。

なお、ミトスの場合はオーダーメイドになっており、ホットパンツには尻尾を通すための穴が開けられている。


「へぇ、ミトスさんの尻尾穴ってカティアのとは少し違うのね。」


「そうなのか? 全部仕立師任せにしておったから、よく分からん。」


「カティアの場合は開けてある尻尾穴に無理やり通すような形になってるのよ。ミトスさんみたいにボタンで留めるような形になっていないわ。」


ミトスのホットパンツは後ろ側に大きな裂け目が入っており、尻尾を通した後で端のボタンを留める事で尻尾穴を作るような構造になっている。

それに対して、カティアの方は予め開けてる円形の穴に尻尾を通すだけのモノらしい。


「このタイプの方がいろいろと便利じゃぞ? 何よりも着替えやすい。」


「そうね。カティアも同じタイプのモノにすれば良いのに……」


「……前々から気になっておったんじゃが、フェルノールとカティアはどういう間柄なのじゃ?」


「ああ。私の実家、トリスタニア家は行商と営むカティアの家と交流があったので、その縁ですね。小さい頃からの付き合いで、所謂幼馴染ですね。」


「そうじゃったか。通りでお互いの事をよく知っている訳じゃ。」


「小さい頃から一緒に居たせいで、迷惑を掛けられた回数も多かったですが。」


当時、かなり苦労したのかフェルノールは重いため息を零した。


「————っと、こんなに喋りこんでいる場合ではないのじゃ!!」


「本当!! もう授業の開始時間だわ!!」


いつの間にか女子更衣室にはフェルノールとミトスしか居なかった。

2人とも慌ててロッカーに荷物を仕舞い込むと、実技演習が行われるグラウンドへ急いだ。



・・・



・・・・・・



・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・



場所は変わって、王立エスカドル学院の中等部用グラウンド。

授業開始のベルが鳴り響くと同時にグラウンドに滑り込んだフェルノールとミトスは担当教員から少し注意を受ける程度で済んだ。

ミトスが編入生なので、その辺りの事情を汲んでくれたのだろう。


「さぁ、全員揃ったようだな。今日も魔物の討伐訓練だ。」


筋骨隆々な男性教員の声がグラウンドに響く。


王立エスカドル学院の武芸演習のメインは魔物の討伐演習である。

捕獲してきた魔物や教員が作り上げたゴーレムとグラウンドで戦い、実戦経験を積み重ねていくのがこの授業だ。

もちろん、基礎的な武器の扱い方は学ぶし、怪我を負った場合の治療準備も万端。万が一の場合は担当教員がすぐに駆け付けられるように安全面にもキチンと配慮されている。


今日の授業内容を聞いた生徒たちは得物を取りに向かう。

ミトスも選びに行こうとしたが、担当教員が止めた。


「君が編入生のミトスだったな? 私はこの武芸演習を担当しているガデッサだ。」


「ミトス・ガルディオスじゃ。妾に何か用かのう?」


「君はまだ自分が使う武器を決めていないだろう? 演習に入るのはそれからだ。」


「武器を扱うのは得意ではないのじゃが……」


「自分ではそう思っていても、実際に振るってみればシックリくる武器もある。試して損はない。」


そう言って、ミトスが連れてこられたのはコロシアム型のグラウンドの倉庫。

中には剣や槍、弓など様々な対応のタイプの武器が整頓されて陳列されている。

メジャーなサーベルやロングソードから、カタールなど少しマイナーな武器まで。その種類は様々で、種類は下手をすると100に届くのではないかと思うくらいだ。


「この中から自由に選ぶと良い。もし、パーティーを組む相手が居るなら、メンバー間のバランスから探してもいいぞ。」


「ふむ……ちなみに、聞くが、フェルノールとカティアの得物は何か教えてもらってもかまわんか?」


「トリスタニア家の令嬢とビーストの少女か……。トリスタニア家の令嬢は弓を得物にしているな。何せ、あそこは弓使いの名門だからな。」


「カティアの方はどうなのじゃ?」


「彼女の場合は……杖だな。彼女は魔法が得意だから、妥当なチョイスだな。」


(となると、カティアもフェルノールも後衛タイプじゃな。最悪、一人でも戦うような場面も想定すると、近接武器の方が望ましいな。)


そう考え、ミトスは向かったのは剣のブース。

近接武器に拘るなら槍でも斧でも良かったのだが、剣を選んだのはミトスの好みだ。


(さて、どれにするかのう……漠然と剣が良いと思ったが、いろんな種類があるんじゃな。)


一口に「剣」と言っても、その種類は多種多様。

ナイフのように刃渡りが短い剣からラグナが扱うロングソードのように刃渡りが長い剣。さらには、フランベルジュという奇怪な形状の刀身を持つ剣など様々。

今回、ミトスが求めているのは取り回しを考えて、刀身が短めのモノ。そのため、ロングソードなどは除外だ。


(身体強化をあまり多様できない事を考えると、やはりナイフかのう。リーチの長さがネックじゃが……おっ?)


壁に掛けられた剣——中でも刀身が短く、ナイフに近いカテゴリの剣を眺める。

その中で、異彩を放つ一振りのナイフにミトスは目を惹かれた。


刀身の長さはナイフにしては長めの40ハイド。

磨き抜かれた銀の刀身はまるで鏡のようにミトスの姿を反射し、他の剣には見られない波のような文様が浮かび上がっている。その刀身はカットラスのように少し反っており、ヒルトが繋がっていないのが特徴的だ。


「美しい……」


ミトスは無意識のうちに感想を零した。

それほどに飾られているその剣は芸術的なモノだったのだ。


「おっ、そいつが気になるのか?」


「うむ。他の剣とはかなり違うようじゃが、この剣は一体……」


「これは東洋の国で鍛えられた“刀”という剣だ。東洋の国に迷い込んだ行商人から購入したモノだ。」


「これは儀礼用の剣なのか?」


「いや、聞いた話だと実戦用の武器らしい。実際、私も使ってみたが、きちんと扱えば抜群の切れ味だ。」


「ふむ……ちょっと握ってもみても構わんか?」


「勿論さ。」


壁から降ろされたその刀を持つと、見た目に反したずっしりとした重みが伝わってくる。

しっかりとした重みを感じるが、持てない・振れないという訳ではない。

試しに振るっても、剣の重量に振り回される事もない。


「……気に入ったのじゃ!! 妾の得物はコイツに決定じゃ!!」


「そうか。刀については私も教えれる事は少ないが、可能な限り教えよう。」


「よろしく頼む!!」


「それじゃあ、戻るか。君のクラスメイトもウォーミングアップが終わった頃だろう。」


「妾は見学かのう?」


「いや、私が生成したゴーレムを使って刀の扱い方を覚えてもらう。まあ、行商人から聞き取っただけだから、かなり我流の扱い方になるがな。」


「よろしく頼むのじゃ。」


そう言って、ミトスはガデッサに頭を下げた。



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