第7話 知識を求めて
次の日。
豪勢な朝食を堪能した後、ミトスは侍女の案内されてフィディスの執務室を目指していた。昨夜、神殿に到着した時はもう日が暮れていた事もあって、人気もなかった神殿内は巡礼者や神官たちでごった返している。
(むぅ、何やら注目を集めておるな。やはり、ビーストが珍しいのかのう。)
ミトスにすれ違う度に神殿を訪れた人が彼女に目を奪われる。
艶やかな黄金色の長髪とゆらゆらと触れる毛並みの尻尾が嫌でも魅力的に映るらしく、老若男女問わず注目の的となっている。
「のう、もう少し人目に付きにくい道は無いのか?」
「すみません。これでも人通りの少ない道を選んでいるのですが、もう少し早くお伺いするべきでしたね。」
ミトスが朝食を堪能している間に一番巡礼者が多い時間と被ってしまったのだ。
後2時間程経過すれば人通りも少なくなるのだが、それを待っているとフィディスの方が別の仕事に赴いてしまう。そのため、この人が一番多い時間に移動せざるを得ないのだ。
(せめて、フードが何かを……いや、逆に目立ってしまうか。)
(本当は要人用の通路を使えば、完全に人目を避けれますが……あの道は部外者に案内して良い道ではありませんしね)
人目を避ける事はできない。
ならばせめて、人目に晒される時間を短くしようと示し合わせた訳でもないのに、ミトスも侍女も歩く速度を速めた。
神殿は一般人が入る事ができる区画とそうでない区画がはっきりと分かれている。
一歩関係者以外立ち入り禁止のテープを潜れば、人気は一気に減り、それに伴ってミトスに向けられる視線も激減した。
「はぁ~……昨日に引き続き酷い目にあったのじゃ。」
「昨日も何かあったのですか?」
「神殿騎士のドレッドと相席する事になったのじゃ。」
「あ~……それはご愁傷様です。」
そう言って、侍女は憐れむような視線をミトスに向けた。
どうやら神殿で働く侍女にすら知る程にドレッドの動物好きは有名らしい。
「私の同僚にもビーストが居るのですが、同じ目にあったそうです。」
「ほう、神殿にもビーストが働いているのか。」
「はい。最も今はドレッドさんが帰ってきているので、見つからないように籠っていますが。」
「……アヤツ、一体何をしたんじゃ」
「何でも、禁断症状を抑えきれず四六時中付きまとったそうです。」
「アヤツ、本当に神殿騎士か!? 仮にも、不埒ものを捕らえる方の人間じゃろ!?」
侍女からもたらされた新情報にミトスは思わず叫ぶ。
神殿は国を治める王から王都内外の治安維持を任されおり、犯罪者の逮捕や暴力沙汰への介入などの特権を与えられている。勿論、逮捕の基準は王国が定めた法に準ずるため、不当な逮捕は越権行為をなる。
そんな立場の者が己の欲求の赴くままに行動して良いはずがない。
「あの偏愛が発揮されるのはビーストに対してのみですし、それ以外は至って誠実な人でだから見逃されているらしいです。」
「それでも目に余るじゃろ……」
「私も同感です。同僚の心の安寧のためにも、さっさと出て行って欲しいです。」
そんな事を話している間に侍女とミトスはフィディスの執務室に到着。
役目を終えた彼女は「それでは失礼します。」と恭しく頭を下げると、彼女本来の仕事へと戻っていく。
「フィディス、儂じゃ。入っても良いか?」
「どうぞ~」
「失礼するのじゃ。————おっ?」
フィディスが待っていると思われた執務室。
そこには部屋の主であるフィディスともう一人、ミトスも知らない人物が立っていた。
薄いクリーム色の長髪に細く整った顔立ち、儚げな雰囲気を醸し出す白い肌。
床に届きそうなくらい裾の長いローブを身に纏い、目つきは優しく、温和そうな男性だ。
「フィディス、彼女が?」
「ええ、そうよ。正真正銘、賢者ミトス。」
「なるほど。何とも愛らしい姿ですね。」
「おい、フィディス。事情を説明してくれんか? 何故、見知らぬその男が儂の正体を知っておるのじゃ?」
「ああ、ごめんごめん。貴女の事は私の方から話しておいたの。彼はこれから通う事になる学院の学長だから、事情を話しておいた方が良いと思ってね。」
「初めまして、賢者ミトス。私は王立エスカドル学院の学長を務めているアスラ・エスカドルと言います。お会いできて光栄です。」
「こんな形だが、賢者ミトスじゃ。かの有名な王立学院の学長に会えるとは、儂も光栄じゃ。」
お互いに褒め合い、がっちりと握手を交わすミトスとアスラ。
【王立エスカドル学院】
エスペランザ王国首都に居を構える学校で、次世代の人材を育てる教育機関という一面と最先端技術を研究する研究機関という一面、二つの顔を持つ王国最高学府である。
身分を問わない個々の能力や思考力などを重視する校風なため、多くの人材が集まってくる場所だ。
そんな由緒正しき学院の長を務める者は代々何かしらの大きな功績を上げてきた。
目の前に居るアスラ・エスカドルもその一人で、彼の功績は“マジックポーチの発明”。
ちなみに、マジックポーチというのは中が異空間となったポーチで、小さいに見た目にも関わらず、生き物以外を何でも収納できる魔法の道具のことである。
非常に利便性の高いアイテムを発明した事で当時は一躍有名人となった彼の名前は出不精のミトスの耳にも入っていた。
「それで、学院の学長が儂に何の用じゃ? 何やら、学院に通うとか言っておったが……」
「フィディスさんから打診があったんだよ。少ない魔力で、強力な魔法を使う術を何か知りませんかって。」
「うむ。呪いのせいで魔力が非常に少なくなってな。以前のような力を出せんようになったのじゃ。」
「うん。残念ながら、学院にもそんな研究をしているグループは無い。だけど、過去にそういう研究を行っていた人たちが居ないとは限らない。」
「—————っ!? ノーリッジ図書館か!?」
ミトスは興奮気味にその名前を口にした。
【ノーリッジ図書館】
学院の敷地内に存在する巨大な図書館で、万を超える書物が収蔵されていると呼ばれている国内最大を誇る施設である。
その歴史は古く、エスペランザ王国の初代国王が学院を立ち上げた時から脈々と受け継がれている。学院内で行われていた研究に関する資料はもちろん、何代目かの国王が管理を丸投げ——もとい、委託したために収蔵する事になった王国の歴史に関する歴史書も一緒に収められている。
そのため、一部では”知識の宝物庫”と呼ばれる事もある。
「もしかしたら、図書館に望みの研究資料が残っているかもしれない。けど、ノーリッジ図書館の資料は全て部外秘で持ち出す事は許されない。その上、閲覧できるのは学院在籍者のみという縛りがある。」
「そこで思いついたのさ。君を学院に編入させれば、その問題も解決される。」
「ふむ……確かにその通りじゃな。なるほど、それで学長自ら顔を見に来たという訳か。」
「そういう事。承諾してくれるかな?」
「うむ!!」
ミトスは元気よく返事を返した。
だが、彼女は此処で1つ見落としている事があった。
本人は学院での編入を教師役として入る事だと思い込んでいるが、フィディスもアスラも一言たりともどのポジションで編入するかを明言していない。それとは知らずに思い込みで承諾してしまった彼女に対して、フィディスは
「それじゃあ、健闘を祈るよ。ミトスちゃん♪」
「ちょっと待て!!」
「おや、どうかしたの?」
「その服は何じゃ?」
「もちろん、君がこれから着る事になる制服だよ?」
ミトスの質問の意図が分からないと言うようにこてんと首を傾げるフィディス。
彼女が広げて見せたのは、王立エスカドル学院の制服であるのは間違いない。
しかし、前ボタン式の白いブラウスに紺色のコルセットスカート、短めのケープで構成されたその制服は正真正銘の女性用の制服。おまけに、教師用ではなく生徒用のモノだ。
一瞬の静寂を切り裂くようにミトスが叫んだ。
「な・ん・で・女性用の上に生徒用の制服なんじゃ!!」
「いやいや、君の容姿を考えてみなさいな。」
憤慨するミトスに対して、フィディスは呆れたような口調で呟く。
「今の君の容姿で男性教師なんて不可能だろう。」
「うっ……」
「そもそも、王立学院の教師は生徒と違って、専門試験を通過しないといけない。いくら学長でも何の実績もないヒトを教師として招き入れるのは不可能なのよ。」
「くっ、うっ……」
「それとも、当てもなく1人で探してみる?」
フィディスから選択を迫られるミトス。
子供たちに交じって女学生として学院生活を送るという羞恥プレイに耐えるか、手掛かりも一切ない状態で当てもなく1人で方法を模索するか。
前者の方を選択しても必ずしもミトスが望む情報が手に入るとは限らない一か八かの博打だが、後者の方よりは何かしらの手掛かりが入る可能性が高い
二つの選択肢を天秤に掛けて、ミトスが下して決断は—————
「……分かった。フィディスの要求を呑むのじゃ。」
「賢明な判断ね。じゃあ、アスラ、悪いけど、後の事は任せてもいいかしら?」
「分かりました。という訳で、賢者ミトス。早速ですが、買い出しに行きましょうか。」
「買い出し? 今からか?」
「はい、貴女の編入日までそんなに時間がありませんから。フィディスさん、それではこれにて失礼いたします。」
「うん。ミトスの事、お願いね。」
「任されました。」
アスラはフィディスにお辞儀をすると、ミトスの手を掴み、魔法を発動させる。
2人の足元に複雑な文様が浮かび上がり、それが光り輝いたかと思うと2人の姿は元々のその場に居なかったように消失してしまった。
転移魔法。
【呪法のルナール】が使った空間魔法と同系統の最上位魔法で予めマーキングした場所まで一瞬で移動する事ができる便利な術だ。
高度な術なので使い手は非常に少なく、エスペランザ王国では両手で数える程の人物しか扱う事ができない。学長アスラ・エスカドルはその数少ない使い手の1人なのだ。
「さて、ミトスは無事に元に戻れるかしらねぇ。個人的には、あの可愛らしい姿のままでも良いと思うけど。貴女はどう思う?」
アスラもミトスも退室して、部屋の主だけが残った部屋で聖女は問い掛ける。
もちろん、部屋には彼女以外のヒトは居ない。問い掛けに対する返事が返ってくる事は無いのだが————
「同意見ですね。あの凛々しいオジサンの姿も良いですが、あの愛らしい姿も捨てがたいです。」
「そうよねぇ。ずっとあのままの姿で居てくれないかしら。」
「ずっと……というのは困りますね。ですが、魔王が倒されるまではあのままで居てもらわないと」
フィディスの話に反応したのは執務机の脇に留まっていた灰色にも見える銀色の羽を持つ一羽の鳥。
その体躯は大人の顔一個分と同じぐらいのサイズで、一般的な鳥と比較すると少しばかり大きい。その頭を撫でながらフィディスは話しかける。
「それにしても、フィディス様。あの人が一人で探す道を選んでいたら、どうするつもりだったのですか?」
「ん? あの手この手で無理やり生徒として編入させたわよ? 目を離すと、どんな無茶をするか分からないもの。」
「同感ですね。あの人は誰かの眼に届く所に置いておかないと……」
「そうそう。だからこそ、あの学院は都合が良いのよねぇ。」
「何から何まで任せて、すみませんでした。」
「良いのよ。大変なのは貴女たちの方でしょ?」
「まあ、そうですね。———っと、会議の方に呼ばれたので、失礼しますね。」
「ええ。ミトスの事は私に任せておきなさい。」
「すみません、お願いします!!」
その言い残すと、銀色の鳥は翼を広げて大空へと羽ばたいてしまった。
「あの子たちも不器用ね……」
飛び去って行く鳥を見つめながらフィディスはボソッと呟いた。
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