第5話 王都への道すがら
翌日。
フィディスと神殿騎士2名の神殿関係者、及びミトスを乗せた竜車は街道を爆走していた。客車の窓から広がる景色は目まぐるしく変わり、かなりの速度が出ている事を物語っている。
「流石、竜車。速いのう」
「ミトスちゃんは竜車に乗るのは初めてかい?」
「そうじゃな。“妾”も話に聞いた事はあったが、実際に乗るのは初めてじゃ。」
「まあ、竜車を持ってるのは貴族や王族だけだからね。僕たちもフィディス様が教育係じゃなかったら、乗れてないし。」
「そうなのか? てっきり、神殿騎士は支給されるものと思っておった。」
「実績を重ねた熟練の神殿騎士は持っている事が多いけどね。」
(馴染んでいるわね~。)
それほど広くない竜車の中、ミトスは同席する事になった新人の神殿騎士を楽しそうに世間話に興じていた。
急にフィディスが連れてきた人物という事もあって、関わり方に戸惑っていたが、今はそんな気配など何処にもない。
見た目相応に子供っぽく振る舞うミトスに緊張が解れて、今では近所の子供を見守る年配者と同じ視線を向けている。もちろん、子供っぽい振る舞いは演技だが、2人の新人神殿騎士——ドレッドとガデッサはそんな事を知る由もない。
(この調子なら大丈夫そうね。私の方は運転に集中しましょうか。)
フィディスは客車を離れて、御者を務めている。
竜車の特徴として、御者は竜を飼い慣らした本人にしか務める事はできない。
竜は自分が認めた者の指示には素直に従うが、第3者の指示には決して従わない生き物である。そのため、この竜車の御者はフィディス本人が務めるしかないのだ。
「そういえば、ミトスちゃんはフィディス様とは知り合いなのかい?」
「いや、初対面じゃ。妾はつい最近まで“闇の勢力”に囚われておってな。勇者ラグナに助け出されたのじゃが、勇者は多忙。そこで交流のあるフィディスに預けられる事になったんじゃ。」
「あれ、ミトスちゃん。両親は?」
「物心ついた頃から“闇の勢力”に囚われていたのじゃ。両親の顔は覚えておらん。」
「す、すまん」
(此処まであっさり信じてしまうと、逆にこっちが申し訳なく感じるのう……)
フィディスに預けられる事になった
それが2人で考えたカバーストーリーである。
【闇の勢力】の下から勇者ラグナによって助け出されたが、物心をついた頃から囚われていたため、両親の事も故郷の事も分からない。そんな子供を一人置いておくのは忍びないので【灰の聖女】フィディスに預けられる事になった。
本来なら王都で邂逅する筈だったが、新人の神殿騎士教育のために同行したフィディスと偶然にもクリスタの町で邂逅したので、一緒の竜車に乗って王都に帰還する事になった。
勇者ラグナが流したウソの話に少し付け加えたようなストーリーだが、筋が通っているので疑われる心配はない。
「気にしておらん。物心をついた時から向こう側に居たから、特に寂しいとも思わんよ。それよりも—————」
話を打ち切って、ミトスは斜め向かいに座るもう一人の新米騎士を見る。
積極的に話しかけてくるタンク役のガデッサに対して、魔法使いのドレッドは一言も発せずミトスの方を見ている。
警戒しているのかと思いきや、その目はキラキラと輝いている。
さらに言えば、彼の視線はミトスに向けられているというよりも、ローブの下から顔を覗かせている毛玉——尻尾に向けられているように見えた。
「あっちの男は無口な性格なのか? さっきから、こっちを見ておるが……」
「あ~……確かに無口な方かも。戦っているときはすごい饒舌なんだけどね。」
「———というか、こう言っては失礼かもしれんが、コヤツは本当に男なのか?」
「あはは、まあそう思うよね。」
ミトスの質問にガデッサは苦笑いを浮かべた。
その反応から察するに彼の容姿について、幾度となく同じ問いが投げかけられたのだろう。
だが、それも無理からぬ話だ。
引き締まった肉体と大楯を扱うに相応しいガタイを持つガデッサに対して、ドレッドは全体的に華奢で細身。その上、髪も肩口まで伸ばしてある上に顔立ちも丸っこいので、どちらかと言うと、女子に見える。
(おかしいのう……昨日見かけた時ははっきり男だと分かる容姿だった筈なのじゃ)
昨日、目撃した時は暗がりでフードを被っていたので顔はよく見えなかった。
しかし、顔立ちや声は男性的だったので、ミトスは男2人組の新米騎士だと判断したのだが、目の前に居る人物が同一人物のようには見えない。
「ドレッド、お前のとっておきを見せてやれよ。」
「……あまり見世物じゃないんだけど」
か細い声で呟いたかと思うと、ドレッドはその場で神秘を見せた。
肩口まであった髪はどんどんと短くなり、丸っこい顔立ちは形を変えて男らしい精悍な顔立ちへと変貌する。肉付きもよくなり、ガデッサ程ではないが、手足が逞しい太さへと変わる。
5秒にも満たない本当に僅かな時間。
そんな本当に短い時間で女に見えたドレッドの容姿と体格は変貌した。
とても同一人物と思えない劇的な変化にミトスは開いた口が塞がらなかった。
「ど、どういう事じゃ?」
「俺の特殊能力……みたいなモノさ。戦闘中はこの姿で戦うから、さしずめドレッド戦闘形態だな。」
「よく魔法と勘違いされるけど、そんな事はないんだ。生まれつき、ドレッドに備わっていた特異な能力———いや、体質なのかな?」
「どうだろうな。特に気にしていないから、考えた事もないな。」
「ち、ちなみになのじゃが……その能力は他人に施したりできるモノなのか?」
「よく言われるが、この力は完全に俺専用だ。他の人に掛けたりする事できない。」
「そ、そうなのか……」
ミトスは落胆した。
ドレッドが目の前で披露する能力を自分の体にも応用する事ができれば、疑似的に元の身体に戻れるのでは、と考えたのだが、その希望はあっさりと打ち砕かれてしまった。
「さて、そろそろ元の姿に戻るぞ。この姿で居るのは疲れるんだ。」
刹那、ドレッドの身体が時間を巻き戻すように細くなっていき、顔立ちも戻っていく。
変化の度合いが激しく、目の前で変身されてもやはり同一人物だと思えないくらいの変貌ぶりだ。
「ふぅ……疲れた。」
「そんなに疲労するのか?」
「うん、めちゃくちゃ疲れる。今日はもう動けないぐらいに疲れる。そんなモノを見せたんだから、対価を要求する。」
「ちょっと待て!! そっちが勝手に披露したのに対価の要求するのはおかしいじゃろ!!」
「問答無用。という訳で—————」
そう言うと、ドレッドは勢いよく席から飛び上がり、ミトスに飛び掛かった。
「うにゃぁぁぁぁぁっ!!!!」を可愛らしい叫び声が木霊する竜車。
そして、幼気な少女に飛び掛かったドレッドが次に取った行動は————
「はぁ~モフモフ、癒される~」
ミトスの尻尾に思いっきり頬ずりする事だった。
モフモフとした尻尾に顔を埋めたドレッドは頬をだらしなく緩めて、にやけ顔を晒している。
「……」
「ドレッドは実家で動物たちに囲まれて暮らしていたから、モフモフな毛の中に包まれているのが一番のリフレッシュになるらしい。神殿騎士になるために養成所に入ってから、ご無沙汰だったから、その反動だろうね。」
「はぁ……そういう事なら素直にそう言えば良いものを。何故、あのような遠回しな言い方をするんじゃ。」
「ビーストは結構、尻尾や耳を触られるのを嫌がる。正直に言っても、触らせてもらえない。無理に触れば手痛い反撃を受ける。」
「そうなのか? 他のビーストに会った事がよく分からん。」
それは嘘偽りない事実。
勇者パーティーの一員として王国各地を巡ったミトスだが、ビーストには会った事がない。別に
もっとも勇者パーティーに参入する前のミトスは引きこもりに近い生活を行っていたので、出会う機会が無くて当然ではあるのだが……。
だから、ミトスのビーストに関する知識は書物に記載されている程度のモノなのだ。
「(それにしても、ビーストは尻尾や耳を触れるのを嫌がるのか。それぐらい触らせても————)ひゃんっ!?」
ドレッドに好き勝手させていると、何とも形容しがたい感覚に襲われた。
お尻の辺りから伝わってくる擽ったいような、ゾワゾワするような———兎に角、言葉にする事ができない感覚が下半身の方から伝わってきた。
今まで感じた事が無い感覚に背筋が勝手に伸びて、発した事がない声が漏れる。
「はぁ~♪ 久々のモフモフ……気持ち良い♪」
「こ、これ!! わ、妾の尻尾を離すのじゃ……っ!!」
「やだ♪」
「ちょっ!! こら、お主!! 見てないで助けないか!?」
「ごめんね、ミトスちゃん。そうなったドレッドはどうやっても止められないんだ。」
「ふぃ、フィディス!!」
「ごめんなさい。手綱を放す訳にはいかないから、助けられないわ。」
「そ、そんなぁ~……ちょっ、止めんか、ドレッド!!」
竜車という密室空間で助けてくれる人は居ない。
ドレッドを何とか引きはがそうとするが、女っぽい見た目に反して正式な騎士である彼の力は強く、尻尾から引きはがす事ができない。
結果、ミトスはドレッドが満足するまで、襲い掛かってくる未知の感覚に耐える事を強いられるのであった。
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