第4話 灰色の聖女
「さて、あの新人たちも十分に懲りたでしょうし、助けてあげるとしましょう。貴女は此処で待っててね。色々と聞きたい事があるし。」
そう言って、【灰色の聖女】ことフィディス・エスペランザが飛び降りる。
新人騎士2人が彼女の存在に気付いた時には既に遅く、苦戦を強いられていたセッラ・アレニィの身体が光の剣によって串刺しにされていた。
さらには、小さな蜘蛛も無数の光線によって1匹残さず塵へと変えられた。
時間にして、1分にも満たない時間で彼女は蜘蛛型のモンスターを討伐してみせた。
(相変わらず、とんでもない早業じゃな。一つの属性に特化したからこそ、会得した高速魔法。)
ミトスは変わらない彼女の魔法の腕に舌を巻く。
フィディスはミトスと同じ後衛タイプの魔法使いであるが、大きく違う点が存在する。
多種多様な魔法を扱うミトスに対し、フィディスは一つの属性に特化した魔法使いなのだ。そして、一つの属性を極めた彼女の最大武器が他を寄せ付けない高速行使である。
常人の半分以下の時間で魔法を行使する彼女は一瞬の隙に強力な魔法を叩き込む事ができるため、小細工なし真っ向からやり合えば彼女に勝てる者は居ないと噂される程だ。
そんな事を考えている間に、眼下ではフィディスによる説教が行われていた。
「あれだけ大口を叩いておきながら、無様な有様ね。」
「「…………」」
「セッラ・アレニィなんて雑魚だから、下準備なんかしなくても楽勝? じゃあ、その雑魚相手に苦戦してたのはどうしてかしら?」
「「………」」
フィディスの言葉に新人騎士2人は何も言い返す事ができなかった。
今回の戦いはきちんと下準備をしていれば、苦戦する事が無かったのは当の本人たちが一番痛感していた。自分たちの力に溺れ、調子に乗ってしっぺ返しを食らったのは紛れもない事実。だから、反論する事ができなかった。
「私、忠告したよね? セッラ・アレニィはそれほど強くないけど、下準備はきちんとしておかないと痛い目を見ると。それを怠った結果が今回の失態よ。」
「「フィディス様の、おっしゃる通りです。」」
「今回は規模が小さい故に、失敗しても大きな問題にならない。だけど、場合によっては神殿騎士が討伐に失敗すると周りに大きな被害が出る事もある。その事を心に留めておきなさい。」
「「はい……」」
「先に村へ戻って、村長に報告しておきなさい。私は後処理を終わらして帰るから、先に休んでても構わないわ。」
意気消沈中の新人騎士2人はフィディスの言う事に素直に従い、トボトボと村の方へ戻っていった。
完全に新人騎士2人が居なくなったタイミングでミトスも降り立つ。
すると、フィディスはついさっきまでお説教していたとは思えない優し気な雰囲気で彼女に声を掛けた。
「お待たせ。さっきは私の部下を助けようとしてくれてありがとう。」
「あのまま放置しておくのは目覚めが悪いからのう。まあ、お主が見ておったなら、手助けの必要も無かったようじゃな。」
「本当はもう少し追い込まれてから救助するつもりだったのよ。その前に部外者が助けに入るとは思わなかったわ。それよりも—————」
その言葉を皮切りにフィディスの雰囲気が豹変する。
聖杖を突き付け、明らかにミトスの事を怪しんでいる。
「貴女、何者なの? こんな時間に貴女のような子供がうろついているのも勿論だけれど、そのローブは賢者ミトスのモノ。彼が精魂込めて作った一つしかない代物をどうして貴女が持っているの?」
今のミトスが羽織っているローブは肉体が変異する前に身に着けていたモノと同じ。
勇者ラグナが譲渡した事になっており、前線基地でお世話になった看護師によって、サイズ調整等は行われているが、フィディスがそのような経緯を知る筈がない。
「どうしても何も……儂がミトス本人だからじゃ。」
「何を言ってるのよ。ミトスはヒューマンだし、何よりも男性よ。」
「まあ、初めから信じてもらえるとは思っておらんよ。そうじゃな……儂の弟子、へカティアは仮の名前で本名は——————」
ぼそぼそと紡がれた名前。
それは本当に限られた者———フィディスとミトスしか知りえない名前。
しかも、その名前は知られないように当の本人も口ずさむ事ができないように誓約を掛けた名前であり、保護者的なポジションであるフィディスとミトスも名前を知る者にしか名前を告げる事はできない。つまり、自分がミトスである事を証明するのに最適だ。
「……はっ? えっ?」
突然の事態にフィディスは目を白黒させる。
久しぶりにあった幼馴染がダンディな叔父さんから狐耳と尻尾を生やした幼い少女へと変貌しているのだ。フィディスの反応は当然と言えるだろう。
「えっと……状況が呑み込めないのだけれど、本当にミトスなのよね?」
「ああ。」
「どうして、そんな姿に……? というか、ラグナやセリアスはどうしたのよ?」
「そうじゃな、歩きながら話そうか。」
「え、ええ。でも、ちょっと待ってちょうだい。すぐに後処理を終わらせるから。」
そう言って、フィディスは死骸となったセッラ・アレニィに近づく。
聖杖を振るい、魔法を発動させると、蜘蛛型モンスターの身体が細かく切り刻まれる。細切れにされた身体から出てきたのは月明りを跳ね返すクリアブルーの石。それを回収すると、フィディスは残骸に火を付けた。
「なんじゃ、持って帰るのは“魔石”だけか。」
てっきり使える素材は回収すると思っていたミトスはきょとんとした表情を浮かべた。
魔王が敵勢力を絶滅させるために生み出したと言われる生き物。それがモンスター。
モンスターの体内には力の核となる石があり、王国ではその石をエネルギー源として活用している。その石がついさっきフィディスが回収していた”魔石”である。
さらに、モンスターの遺体の一部は素材として武器や防具、薬品などに使われる事が多く、最早生活圏を守るためだったモンスター狩りは1つの産業となっている。
「セッラ・アレニィの素材は回収しておいても損はないじゃろ。」
「回収業者は手配してないし、カバンの中も一杯なのよ。魔石だけで討伐証明になるから、今日はこれだけ。」
「ふむ……もったいない気もするが、仕方ないのう。」
「それよりも、ミトス。ちゃんと事情を説明してもらえるんでしょうね?」
「ああ、勿論じゃ。お主の力も借りる必要があるしの。」
火が完全に鎮火するのを見届けて、フィディスとミトスは町へ引き返す。
その道中でミトスは今日に至るまでの経緯を彼女に話した。
【闇の勢力】幹部、ルナールを無事に討伐する事が出来た事。
しかし、ルナールによって呪いを掛けられた事。
目を覚ましてみると、呪いの影響で今のような身体に変貌した事。
セリアスでもこの呪いを解くのは不可能だった事。
そして、ラグナに勇者パーティーから追放された事。
そこまで聞いた所でフィディスは頭を抱えた。
「
「むぅ……お主なら何か手がかりを持っているかと思ったのだが……」
「確かに神殿は呪い関係のエキスパートではあるけど、貴女のような症例は初めてよ。それに、セリアスにすら解呪できないなんて、それこそ神様の力を————」
フィディスは途中で言葉を止めた。
「———ねぇ、ミトス。貴女、身体の何処かに変な文様とか浮かんでなかった?」
「ん? よく知っておるな、ほれ。」
そう言って、ミトスはローブの裾を捲り上げようと手を掛けた。
余談だが、ミトスが羽織っているローブは上下が一体になった構造である。
本来であれば下には薄手の衣服を着るのだが、尾てい骨の辺りから生えるモフモフの尻尾が邪魔をするまで今の彼女はローブの下には下着以外身に着けていない。
そんな彼女がローブの裾が捲り上げればどうなるか?
答えは簡単。可愛らしい下着や白く柔らかそうなお腹が露わになるのだ!!
そして、その下腹部——ヘソの辺りには禍々しい文様。
何処となく天秤を意識したようにも見える文様は下腹部全体に広がっており、消す事も出来ずに絶えず浮かび上がっているのだ。
「……貴女、今は女の子なんだから少しは恥じらいなさいよ」
「他の奴ならいざ知らず、お主とは幼い頃からの付き合いだしのう。それに、儂の身体に欲情する変わり者なぞ居らんじゃろ。」
「不要に裸を見せない。今此処で誓いなさい。」
「ふぃ、フィディスよ。め、目が怖いぞ? それに、このままだと儂の肩が壊れてしますのじゃ。」
「返事は?」
「わ、わかったのじゃ。不用意に裸を見せたりしないのじゃ。」
「なら良し♪」
「(何故脅されなければならんのじゃ?)それよりも、何か分かったか?」
「ええ。貴女の呪い、恐らく“契約神”が絡んでいるわね。天秤の文様は“契約神”のシンボルだもの。」
「“契約神”? 確か、約束や契約を司る神様じゃったか?」
フィディスは頷く。
この世界には数多の神が存在している。
“神代”と呼ばれる時代は人々も神々も同じように地上で暮らしていたが、今となっては【神界】という場所から見守るだけで人の世にあまり干渉してくる事はない。
しかし、神々にも個性があり、中には積極的に干渉してくる神も居る。
フィディスの話に出た“契約神”もそんな神の一柱である。
世界の混沌をもたらすような悪神ではなく、どちらかと言うと善良な神。
しかし、少しばかり困った性格である事が広く知れ渡っている。
「“契約神”は対価を支払えば、どんなお願いでも叶えてしまう。それが善きモノでも悪しきモノでも関係なく。もちろん、過去の改変や死者蘇生などは無理だけど、肉体を変質させる事ぐらい容易いモノよ。」
「それなら、儂も契約神に対価を払えば、この呪いも———」
「無理よ。」
ミトスの中に湧き上がった一筋の希望をフィディスは切り捨てる。
「その呪いを解くためにはルナールが支払った対価と同等の対価を支払う必要があるわ。状況から察するに引き金となったのは彼女の死。そんな呪いを解こうとすれば……」
「儂の命を対価として要求される、という事か……」
「ええ、間違いないわ。」
「なんという事じゃ……!!」
フィディスから告げられた事実にミトスは崩れ落ちる。
命を捧げなければ解く事ができない呪いなど解けないと同義である。命が複数持つ特異な存在であれば支払える対価なのかも知れないが、生憎とミトスは至って普通。命は一個しかない。
「くそっ、ルナールのヤツ、とんでもない呪いを遺しおって……!!」
「……一応、解呪する方法は存在するわ。」
「本当か!?」
フィディスの一言に絶望の淵へ沈んでいたミトスに活力が戻る。
「ええ。解呪できるかどうかは貴女次第になるけど……聞く?」
「もちろんじゃ!!」
「分かったわ。でも、詳しい話は宿に戻ってからにしましょうか。これ以上遅くなると魔物が活発に動き回るもの。」
もう完全に陽が地平線の向こう側に沈み、黒い空には淡く輝く月が顔を覗かせている。
夜は魔物が一番活発に動き回る時間であり、夜行性の強い魔物が活動を始める時間。
このまま立ち話を続けていると、昼間には出くわす事のない魔物と遭遇してしまう危険性がある。フィディスの申し出をミトスは快く受け入れた。
「むっ、そうじゃな。儂も少し腹が減ってきた所じゃ。」
「ちなみに、ミトスは何処に向かう予定だったの?」
「王都じゃ。お主に儂に掛けられた呪いの事を聞こうと思ってのう。此処で会えたのは幸運じゃった。」
「それならちょうど良いわ。私たちは明日、王都に帰還する予定だったの。こっちは竜車で来てるし、一緒に王都に戻らない?」
「それは嬉しい申し出だが、良いのか?」
「ええ。でも、さっきの神殿騎士も同席するから、話は合わせて貰う必要
はあるけど。」
「それくらいなら構わんよ。馬車の旅は時間が掛かる上に乗り心地がそれほど良くないからのう。」
ちなみに、竜車を使えば馬車がおおよそ3日掛けて進む道のりを1日で進む。
クリスタの町から竜車で王都へと向かえば、その日のうちには到着する事ができる。
さっきの神殿騎士の誤魔化す演技をすれば、そんな恩恵が得られるのだ。
ミトスはフィディスの申し出を受ける事に迷いはなかった。
「それなら夜明け頃に竜車の所に来てくれる? 事前にカバーストーリーの打ち合わせをしておきたいから。」
「うむ。儂も世話になった御者に話を通しておかんとな。」
「それじゃあ、また明日。竜車の停留所で。」
「ああ。」
そう約束して、ミトスはフィディスと別れた。
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