Fox Girl Tales ~敵の呪いでTSした賢者~

@Reviatan

第1章 新生活の始まり

第1話 全ての始まり

真っ赤に染まった丸い月の下。

ひび割れた外壁におどろおどろしい植物が侵食し、何十年もの月日の間、打ち捨てられた貴族の屋敷。その鬱蒼と生い茂った木々も相まって、非常に不気味なその建物では種族の明暗を分ける死闘が繰り広げられていた。


「カース・フレイム!!」


放たれるのは毒々しい紫色の炎。

その一撃に込められた禍々しい力に寒気が走り、強烈な熱気が肌を焼く。

食らえば骨も残さず灰になるであろう一撃を前に怯む者は誰も居ない。


「勇気ある者に聖なる護りを与え給え。セイクリッド・ディフェンダー!!」


紺色の神官服に身を包んだ少女の魔法が戦士たちに聖なる加護を与える。

邪悪を跳ね除け、あらゆるモノから身を守ってくれる加護を守った二人の戦士が呪いの焔に恐れる事無く飛び込む。


「「はぁぁぁぁ!!」」


「呪いの炎の中に飛び込むなんて正気の沙汰じゃないわね。」


「セリアスの聖術の効果は俺が一番知っているから、な!!」


黒い髪の青年が神々しいオーラを纏う長剣を振るう。

敵の攻撃の真っただ中を突っ切るという正気の行動とは思えない奇襲だったが、敵は歴戦の将。動じることなく、ひらりひらりと振るわれる必殺の一撃を避ける。


「くそっ!! 一発ぐらい当たっても罰は当たらねえと思うぞ!!」


「だって、一発当たったら終わりじゃない。その聖剣、魔族私たちには効果抜群だもの。だから————」


横一文字に振り抜かれた聖剣を避け、そのまま青年の足を払う。

体が宙に舞った彼に対し、鋭利な刃物となった鋭い爪がその眼前へと迫る。体が宙に浮き、凶刃を避ける手段が断たれた絶体絶命の状況。


そのまま不気味な洋館に真っ赤な花が咲き誇るのかと思いきや、床を突き破ってきた土壁が盾となって受け止める。さらには、役目を終えた土壁が無数の礫となって、逆に牙を剥いた。


「ちっ、やっぱり厄介な爺さんね。」


「ホホホ、魔王の幹部にそう言って貰えるとは……修練を積んだかいがありました。」


飄々と笑いながら、長身の中年紳士は魔法をスタンバイ。

夜空に光り輝く八芒星の魔法陣が浮かび上がり、その照準を敵に向ける。

正面からだけでなく、彼女の取り囲むように全方位に展開されたソレに思わず、引きつった笑いを浮かべてしまう。


「容赦ないわね、おじさん。」


「お主は手加減できるような相手ではないからのう。魔王幹部の一人、呪法のルナール。」


「あら、酷い。私は荒事担当じゃないから、ガチンコ勝負は苦手なのよ?」


「セリアス、ラグナに追加の加護を。」


「はい!! フォースシールド!!」


セリアスと呼ばれた神官服の少女が杖を突きたてると、黒髪の青年——ラグナと鎧姿の偉丈夫——ガレスに【セイクリッド・ディフェンダー】の上に強力な守りの加護が施される。

これで前線を支える二人の戦士には敵が得意とする呪いへの対策も鋭利な爪への対策も万全な状態だ。


しかし、彼の下準備はそれだけで終わらない。


「へカティア、行けるか?」


「誰に言ってるのよ、師匠!! こっちは準備万端よ!!」


戦闘が始まってから大広間の入り口から動かなかった勝気な少女——へカティアが吠える。

老齢の魔法使いとよく似た杖が振り上げられた刹那、ドーム状に配置された無数の魔法陣が狐の耳と尻尾を生やした少女——ルナールへと牙を剥いた。


放たれたのは炎や土、水、風の弾丸。

魔法陣が砲身となって放たれた砲弾は全方位からルナールへと向かっていく。しかも、一発終わったらへカティアが準備した魔法にチェンジし、それが撃ち終わったら再び魔法使いの魔法から砲弾が放たれる。


つまり、攻撃の手が緩まる事がないのだ。

ルナールは避けるのは不可能だと瞬時に判断し、呪いの炎で自身をすっぽりと覆い隠して即製のシェルターをくみ上げる。





しかし、それこそが彼らの狙いだった。





「行け、ラグナ!!」


「はい!!」


魔法使いの合図でラグナが駆け出す。

砲弾吹き荒れる空間に舞い降り、全速力で駆け抜ける。

魔法使い師弟の二人による大魔法は仲間であるラグナにも牙を抜くが、絶妙にセリアスの防御魔法を貫通しないように威力を調整しているので、彼にはちょっと強い雨のようにしか感じない。


もちろん、威力を抑えているため、ルナールの防御を貫く事はできない。

そんな事は彼らは百も承知。魔法使い師弟が行使した魔法の目的は攻撃ではなく、目晦ましなのでそれで良かったのだ。


「ルナール、覚悟!!」


ラグナが手に持つ剣が眩しい光を放つ。


勇者という役目を与えられた彼に与えられたこの世に一振りしかない剣。

聖なる光を放つその剣の銘は【聖剣ガラドボルグ】と言う。

ルナールのように闇の勢力に属する者に対して絶大な効果を発揮し、敵が張る障壁を紙切れのように切り裂く事ができるヒューマンの最終兵器である。


「はぁぁぁぁ!!」


気合と共に聖剣を一閃。

聖なる力は呪いの炎もろともルナールの体を切り裂いた——かに思われた。


「なっ!?」


炎のシェルターが解ける。

しかし、その中にも何も無く、聖剣は空しく屋敷の床を切り裂いただけだった。


刹那、驚愕で固まっているラグナの背後で紫色の火の粉が舞った。

花びらのようにも見える無数のソレが集まっていくと、繭を切り裂くかのようにルナールが飛び出してきた。その両手の凶刃はラグナへと向けられている。


「「「ラグナ!!」」」


気づいた時には遅かった。

ルナールはすでにラグナに肉薄しており、その間に割り込める者は居ない。

そして、本人の迎撃も回避も間に合わない。この上ない絶好のタイミングだ。


思わず、ラグナは死を予感した。

砲撃の雨を搔い潜ってきた事でセリアスの守りの加護はすでにその効果を失っている。もう勇者ラグナの身を護る物は機動性を重視した衣装しかない。


(ここで終わるのか……? 魔王の幹部一人すら倒せずに————)


ルナールの動きがとてもゆっくりに見えた。

だが、身体が追い付かない。ルナールの強靭な爪が衣服を、皮膚を食い破り、真っ赤な華を咲かせるのがこの世の運命さだめ


かくして、運命さだめを逆転できる者は居らず、屋敷の中に鮮やかな血が飛び散る。

その光景を


「ぐっ、ふっ……まさか、空間魔法を使えるとは、予想外だ」


ルナールの爪は確かに真っ赤な華を咲かせた。

しかし、その種子となったのはラグナではなく、隻腕隻眼の魔法使い——ミストであった。

深々と水晶のように透明な爪で切り裂かれた傷口からはダラダラと血が流れ、白い装束を赤く染め上げていく。


「ルナールゥ!!」


「おっと。」


「セリアス!! 爺さんの治療を頼む‼ 俺とラグナでアイツを引き付ける!」


正気に戻ったラグナが怒りに任せて剣を振るう。

そこにガレスも参戦し、二人がかりでルナールを追い立てる。


「ミトス様!! ああ、酷い怪我……すぐに治療いたします!!」


「ちょっと、師匠!! こんな所で死なないでよね!?」


「ハハハ、そう簡単に儂がくたばると思っているのか?」


安心させるように弟子に向かって微笑みかけるが、弱弱しい。

神官のセリアスが泣きそうになりながら、治癒魔法を掛けたおかげで傷口自体は塞がりつつあるが、いつも覇気は影も形もない。


「……アヤツ、とんでもないヤツだな。まさか、空間魔法を隠しておったとは……」


少し身体を起こし、視線を移してみれば果敢に攻め立てる2人に対して、ルナールは相変わらず飄々としている。


しかも、空間魔法を一度見せたためか、惜しげもなくその力を披露している。

攻撃がヒットするかと思いきや、空間転移で姿を消す。一方で、ルナールの方からは遊んでいるのか攻撃を仕掛けてくる気配はない。


「ミトス様、さっきおにぃ……ラグナ様を庇ったのはどうやって」


「このアイテムじゃよ。」


そう言って、ミトスは右腕に嵌めた腕輪を見せる。


「昔手に入れた“チェンジ・リング”というアイテムじゃ。装備した者の位置を入れ替える事ができるが、使えるのは後1回だけじゃな。」


「空間魔法が使える訳じゃなかったのね……師匠が使ってるように見えたから、もしかしたらと思ったのに」


「儂もそこまで完璧超人という訳でない。しかし、ルナールの奴、異常だな。」


「はい。流石は幹部の一人という所でしょうか。」


「どうする? 一回撤収して、作戦を立て直す? 作戦は失敗しちゃったし……」


「ふむ……撤収は難しいだろうな。相手が空間魔法を使える以上、何処までも追いかけてくるだろう。」


「じゃあ、此処で倒すしかない訳か……アタシもあっちに加勢するわ。セリアスはそのまま治療をお願い。」


「はい!!」


(じゃが、空間転移はかなりの魔力を消耗する魔法の筈。短距離とは言え、あれだけ連発して魔力が尽きないのは妙じゃな。)


ルナールが空間転移を使った回数はすでに2桁に突入している。

しかし、それでも彼女は疲弊した様子を一切見せずに二人を翻弄する。さらに、へカティアも援護に回って魔法を繰り出すが、空間転移と呪いの炎を操るルナールには歯が立たない。


(何かしらカラクリがあると見るべきだろうな。パッと考え付くのは、外部から魔力を補っている事だが……試してみるか。)


「ミトス様? どうかされたのですか?」


「いや、あの女狐のトリックを暴いてやろうと思ってな。」


そう言って、ミトスは杖を振るう。

大広間全体に広がるように浮かび上がる八芒星の魔法陣。ただ浮かび上がっただけで目立った変化は見たらない。前線のラグナたちの彼の不可思議な行動に疑問を抱く。



しかし、ルナールの方は明らかに狼狽していた。

今まで余裕に満ちた笑みを浮かべていたのに、魔法陣が展開された途端、表情は崩れ、冷や汗を流している。


「ほう、やはりそういう事じゃったか。」


好々爺はイタズラが成功した悪ガキのような表情を浮かべて、叫ぶ。


「ラグナ、ガレス!! ルナールは何かしらの方法で外部から魔力を供給しておったのじゃ!! 儂が展開している結界の中なら魔力供給を受ける事はできない!!」


「っっ!! あのクソジジイ!! 余計なことを!!」


「その反応だと、爺さんの言っている事は正しいようだな。」


「なるほど。余裕の裏には何からの手品があったわけだ。」


「あの反則的な空間転移が使えないなら、こちらの方が有利ですわね。」


切羽詰まっていた勇者パーティーに光明が差し込み、戦意が高揚する。


一撃必殺の聖剣、強力な魔法が舞う。

ルナールは何とか迫りくる攻撃を避けつつ、反撃するものの、ガレスの盾とセリアスの魔法によって防がれる。彼女の余裕の源は外部から際限なく供給される魔力による空間魔法だった。

それを封じられていた今、旗色は完全に勇者パーティーの方に傾いていた。

しかし、逆に言えば結界の起点となっているミトスさえ倒してしまえば、戦況はルナールの方に傾く。


「クソジジイ!! 先にお前からあの世に送ってやる!!」


故に、ルナールがミトスを狙うのは当然の話だ。

種族由来の敏捷性を生かして攻撃の間隙を抜けた彼女は真っすぐ元凶を狙う。

結界を維持している以上、妨害しているヤツさえ居なければ彼を打ち取る事など容易いと考えた。


「それを予期していないとでも思ったのか?」


ミトスはニヤリと笑った。

ルナールの足元が光り輝いたと思うと、聖なる力を宿した鎖が彼女を雁字搦めにする。


「まさか、これは!?」


「トラップ型魔法、セイクリッド・バインド。踏んだ相手にしか発動できませんが、その拘束力が絶大です。」


「この結界の起点は儂じゃ。こうやって狙ってくる事は容易に予想できたからのう。罠を張らせてもらった。」


「……勇者よりも先に貴方を始末する事を優先する方がよかったかしらね。」


ルナールは完全に諦めたのか、身体から力を抜いた。

聖剣ガラドボルグの神々しい刀身が背中から飛び出したのはその直後。

傷口と刀身からポタポタと真っ赤な滴が零れ落ち、大広間を染め上げていく。


「ああ、まったく……予定外だわ。この力を使う事になるなんて」


「っ!? まだ何か隠し玉があるのか!!」


「アハハ!! そんなに警戒しなくても、もうすぐ私の命は終わるわ。でも———」


ルナールは口角を釣り上げて、三日月型の不気味な笑みを浮かべた。


「勇者!! 貴方には此処で退場してもらうわ!!」」


刹那、ルナールの肉体が禍々しい光となって鎖の戒めから解放される。

その光は真っすぐと勇者ラグナの方へと向かっていく。良くないモノであるのは間違いない。咄嗟に聖剣で切り捨てようとするが、禍々しい光は聖剣の聖なる力を寄せ付けない。


「あっ……」


「ラグナ!!」


ミトスとラグナが身に着ける腕輪——【チェンジ・リングの腕輪】が輝く。

残された最後の一回の魔法、【チェンジ・リング】が発動し、2人の位置を入れ替える。

結果、ラグナが受ける筈だった禍々しい光はミトスが一身に受ける事となった。


「ぐっ、ぐあぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「み、ミトスゥゥゥ!!!!」


全身に襲い掛かる激痛にミトスは耐えきれず、彼の意識は闇に包まれた。



———貴方に、決して解ける事がない呪いを———



意識が失われる寸前、怨嗟に満ちたそんな言葉が聞こえた気がした。



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