第886堀:その前にやるべきこと

その前にやるべきこと



Side:エージル



「ふぅん。イフ大陸は調査対象がありすぎて絞るのが当面の方針。新大陸の方はゴブリンの村、そして、私たちが住んでいるロガリ大陸では竜山ですか」


我がウィードの女王セラリアがそう言って、書類をテーブルに置く。

現在、私たちはウィードの庁舎会議室に集まって話し合いをしている。

内容は、事前に集めた各国の、いや各大陸の魔力枯渇現象に関連すると思われる場所の件だ。

当初は大陸間交流会議と結婚式を済ませたあとの予定だったが、ある程度興味深い情報が出てきたので集まって検討しているわけだ。

まあ、イフ大陸と、新大陸の方は対象が多すぎなのでもっと絞り込まないとという感じだけどね。

いや、違うか。この場合、候補が絞れているロガリ大陸の方がおかしいってことだね。


「しかし意外だな、ロガリ大陸の他の王たちも同じように、竜山をあげてくるとは思わなかった」

「ええ。意外よね。クソ親父もなぜか竜山について聞いてみたら、魔力枯渇現象をというなら確かにそこだろうなって言ったのよね」


そう、この竜山の事はなぜか各国の王が全員同じ意見だった。

しかも、その名を聞いてから、ああそういえばと思い出すという感じでだ。


「ねえ。セラリア。その反応の原因がなにかわかるのかい? 僕としては、ここまで皆の意見が揃うと逆に何か口裏を合わせているように感じるんだけど? なにか、僕たちをうまく使いたいような……」


今回のロガリでの対象の場所の一致には、どうも作為的なモノを感じるんだよね。

そう思って質問をすると、意外なことに……。


「それはそうでしょう。使いたいのです」

「ですね。私もシェーラと同じ意見です」

「私もシェーラやルルアと同じね」


と、こちらの疑惑をあっさり認めた。

そのこと自体には拍子抜けしたが、それで終わっていいわけではない。


「いや、それって僕たちが危険な目に合うってことじゃないのかな?」

「まあ、それはそうなんだけど。で、あなたはどう思う?」


セラリアは苦笑いをしながら、ユキに意見を求める。

そうだ。ユキならこのあまりに胡散臭い竜山なんかに行くとか言わないよね。


「うーん。まぁ、各国の狙いはわかるけどな」

「え? わかるのかい?」

「そりゃな。竜が飛び回っている山を何とかしてほしいんだろう。国防上、かなり頭が痛いはずだ」

「はずというか。絶対頭が痛いわよ。ドラゴンは空を飛べるんだし、近いとか遠いとか竜山からの距離には関係ないんだから、そりゃどの国もどうにかしてほしいわよ」

「「「あー……」」」


ユキとセラリアの説明に、僕だけでなくほかのみんなも間抜けな声を出した。

確かに、頭上を……とまではいわないけど、目視できる山の上にドラゴンが飛び回っていたら、そりゃどうにかしてほしいって思うか。

そんな単純なことすら思いつかなかった。


「それに、ミヤビ女王の言うこともあるし、多分あながち嘘というわけでもないだろう」


あー、確かミヤビ女王が竜人の村があるって話をユキにしたんだっけ。

そうなると、各国が単に竜を退治して欲しいというだけの嘘を言っているわけでもなさそうというのもわかる。

ま、その名を聞いてから言ってきたものだから、眉唾だと思っていたんだけど。


「しかし、ユキ様。いずれにしろ危険なところです。どういう調査の仕方をするおつもりでしょうか?」

「まさか、私たちが登山することになる?」

「ま、そうなるな」


それは勘弁願いたい。

竜山にはおそらく、興味深い調査対象が色々あるのかもしれないが、それよりも命の方が大事だ。

一応、ユキの妻となってからのスパルタ訓練を受けてずいぶん実力は上がったけど……いや、上がったからこそ、警戒してしまう。

頭上を押さえられるという恐怖を。

……制空権のない戦いは自殺と変わらないと身をもって理解したよ。


「とはいえ、さすがにこの調査をロガリ大陸の国々に任せるわけにはいかない。どう考えたって全滅するしかないもんな」


それは同意。

ドラゴン相手にまともに戦える戦力があるのはウィードだけだ。

だからこそ、各国の王の選択は間違ったモノとは言えない。

まあ、あとは僕たちがどう判断をするかってことなんだけど。

そんなことを考えていると、技術者の一人として会議に参加しているコメットが口を開く。


「ま、竜山を調べるって方向性については問題ないんじゃないかな? 調査方法、手段については後々考えるとして。それより大事なのは他には候補が無いのかってところだ。あくまで有力候補の一つとして竜山が出てきただけで他には無いってわけじゃないんだろう?」


確かに、コメットの言うように、竜山だけがロガリ大陸における魔力枯渇現象の原因調査の候補というわけではない。

ただ可能性が高そうだというだけだ。他の場所に原因がある可能性も十分にある。


「それはそうなんだけど、それ以外となると、候補地は書類の束になるのよね。いま、その書類の束を各国で可能性が高そうな順番に並べ替えようと会議中ってところね」

「なるほど。そっちはまだ当分分からないってことか。なら、危険であっても竜山の攻略メンバーを考えるべきだね。分からないことを無駄にあれこれ考えるよりも、そっちの方が建設的だ」


と、コメットが現状を整理してそう言うと、全員が頷く。

そういうことで、まずは竜山の調査を先行しようって話になったんだけど……。


「というか、竜山のことは僕も聞いたことがあるけど、なるべく早く手を付けた方がいいんじゃないかなーって思うんだよね」

「うん。私もリエルに賛成。多分だけど、各国の王様たちも、きっと今度の大陸間交流会議の邪魔にでもなったらって思ったんじゃないかな?」


意外なことにリエルとトーリが揃って大陸間交流会議よりも先に調査をするべきだと言ったのだ。

そしてその理由も納得。

ロガリ大陸の王たちもきっとそれを懸念したのだろう。


「なるほどな。大陸間交流会議や結婚式に水を差されるのはまずいか」

「まずいってものじゃないわ。ドラゴンが相手よ? ウィードはダンジョン国家だからまあいいとしても、ほかの国は大損害になるわ。それは確かに避けたいわね」

「ふむ。セラリアの言う損害だけで済めばいい方じゃな。下手をすると今後の大陸間交流会議に差し支えが出るじゃろうな」


確かに、ここでドラゴンの被害なんか出た日にはのんびり会議に参加しているゆとりなんてないし、そもそも大陸間交流などしている余裕はなくなるよね。

でも、なんで……。


「そうですね。それに、旦那様のおかげで魔力枯渇現象がはっきり認識された今、それによってドラゴンたちが動き出すかもしれないという不安もあるのでしょう」


僕が疑問に思ってたことを、ルルアが答えてくれた。

なるほど。今このタイミングでドラゴンのことをと思ったけど、色々知ったからこそ気になったわけか。

情報を与えられて、ドラゴンという存在が現実の脅威になるかもしれないという危惧がわいてきたわけだ。

魔力枯渇現象がきっかけでドラゴンが動き出すかもってね。


「となると、大陸間交流会議と結婚式の準備を進めながら、並行して竜山の訪問調査をする必要があるってことだが……。そうなると誰が行くのかって話だよな」

「そうね。調査ができる人物というと、コメットやエージル、タイゾウ、ザーギスということになるけど……」


そう言ってセラリアが僕たち技術者陣に視線を向けるけど……。


「いや、さすがに僕は無理だよ。これから会議の準備とか、結婚式の準備もあるからね」


僕はすかさず無理と言っておく。

これ以上仕事を増やすのはどう考えても無理だ。

今回の会議のメインともいうべき結婚式が控えてるのだからね。

仕事で当日いませんでしたとか、絶対ありえないよ。


「確かに、エージルは無理よね。今回の大陸間交流会議で、結婚式をするメンバーは当然として、外交官メンバーも無理ね。となると残るは……」


セラリアがそう言いながら視線を向けた先には、


「まず調査担当者としてはザーギスかしら?」

「私ですか!?」

「なに驚いているんだよ。消去法で行けばお前だろうに。エージルは結婚式、コメットはシーサイフォの海域監視、タイゾウさんもヒフィー神聖国の事で忙しい。ナールジアさんは……なんか違うし」

「最後なにか間違っていませんか?」

「バカね。ナールジアさんは、人形作りにかかりきりよ」


あ、そういえば、各国の特産品としての人形作りがあったね。

それに没頭しているんだっけ?


「ということで、今回のメンバーとして、ザーギスはまず確定だ。あきらめろ。というか久々の運動だ喜べ」

「ドラゴンが普通に飛び交っている竜山に行って、ただの運動で済むわけないじゃないですか……」


そう言って肩を落とすザーギス。

気持ちは分かるが頑張ってくれ。僕たちの幸せな結婚式のために。


「あとは、戦力としてのメンバーだが……」


さて、問題はここだ。

ザーギスは余っているからいいけど、戦力メンバーだけど……。


「それなら僕たちが行くよ! 警察はもうポーニに任せているしね。問題なく行けるよ」

「私も行けないことはないですね。ポーニにはちゃんと副官もいますし」

「……そうね。私も行ける」


そう言って立候補したのはリエル、トーリ、カヤだ。

この3人は別に暇というわけではないけど、確かに動けるメンバーではある。

警察署は既に任せられる後任がいるからね。


「あとは誰かいるか?」

「「「……」」」


ユキがそう聞いたけどさすがに誰も立候補はしない。

まあ、ほかのみんなは真面目に忙しいからね。


「じゃ、俺が……」

「「「駄目です」」」


速攻でユキの案は却下される。

それも至極当然だね。

ユキこそ今回の大陸間交流会議の要なんだし、そんな危険なことはさせられないからね。


「いや、リエルたちが危険なことをするのに、3人だけに任せっきりで放っておくのもどうよ?」

「バカね。リエルたちにはめいっぱい支援するに決まっているじゃない。今回はナールジア装備も解禁ね。最悪竜山は消滅させるという選択肢も視野に入れるわ」

「物騒だな」

「大陸間交流会議と結婚式を邪魔されるよりはマシね。まあ、魔力枯渇現象の情報が必要だから、なるべく穏便にとは思うけどね。それともなに? あなたはリエルたちが死んでもいいっていうわけ?」

「そんなことはない。リエルたちは大事だ。だからこそ、俺が付いていくって話だろう? しかし、なんというか、嫁さんの護衛がザーギス一人って考えるとなんかあれだろう?」

「「「ああ、確かに」」」

「ちょっと待ってください!! 守られるのは調査する私ですよね!?」


そうザーギスが叫ぶが、僕も同意だね。

リエルたちが心配だ。

同じ嫁仲間として、彼女たちはとても気のいい友人だ。

怪我なんか絶対してほしくない。

しかし、そんな都合のいい人材は……。


「あ、それなら、モーブさんたちとかどうでしょうか?」

「ラッツ、それ名案だわ。モーブさんたちは冒険者としてはトップランクだし、いいと思うわ。ねえ、エリス」

「そうですね。モーブさんたちなら、安心して任せられます。最近は亜人の村の取り締まりと監視だけで退屈って言っていましたからね」


ああ、彼らか。

確かに、彼らならいい動きをしてくれるだろう。

ロガリ大陸に存在する職業、冒険者。

まあ、内容は傭兵か何でも屋に近いんだけど、その中でここだけは大きく違うというのが魔物との戦闘経験だ。

そしてモーブたちはかつて英雄とも、いや今でも英雄と呼ばれている凄腕の冒険者で、ユキの目的も知っている珍しいタイプの協力者だ。

ついでに現在暇だというのが丁度いい。

で、その提案にユキはというと……。


「うーん。ま、モーブたちなら信頼できるか。よし、モーブたちにも竜山に向かってもらおう」


ということで、編成が決まるのであった。


「せめて私の話も少しは聞いてもらえませんかね? 機材の準備とか補佐ぐらいはできれば欲しいのですが……」


ま、ザーギス。がんばれ。


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