第781堀:技術者ぶらり
技術者ぶらり
Side:エージル
「ふぅ……。つかれた……」
僕はそんなことを言いながら、仕事を終えてエナーリア大使館の外へでた時にはすっかり日が落ちていた。
「とはいえ道が明るいのは助かるね」
確かに日は落ちて暗くなっているが、道まで暗いかというとそうではない。
街灯が立ち並び、道を明るく照らしている。
「お帰りですか? エージル様」
そんな光景を見つめていると、門で警備を行っているエナーリアの兵士が声をかけてくる。
「ん? ああ、そうだよ。君たちはもう交代したのかい?」
「ええ。夜の警備はお任せください。とはいえ、このウィードの中でここに忍び込む連中がいるとは思えませんが」
「金目のモノなんてないからね。あるのは国の指示書、方針ぐらいだ。盗賊よりも、他国の密偵を心配すべきだね。とはいえ、足の引っ張り合いをするほどいがみ合ってもいないしねー」
「ええ。平和なものです。せいぜい居眠りしないように気を付けます」
「だね。居眠りが見つかったら流石にかばえないから、そこらへんは上手くやるように。僕は、一杯ひっかけてから、帰るとするよ」
「はっ。お疲れ様でした!!」
そんなやり取りをしてから、僕は大使館が並ぶ区域を出て、商業区へと足を伸ばす。
大陸間交流が始まってからと言うもの、机仕事ばっかり……。
平和な証拠だが、僕たち外交官は書類の山に殺されそうになっている。
「ま、それも最初の内だけだ。いずれ落ち着く。そうなったら、さっさと転職してやる」
なんというか、転職というか、ユキの所への永久就職を決意したが、タイミングがつかめないんだよね。
ユキの方は色々忙しいようで、最近まったく顔を合わせないし、どうしたものか。
とはいえ、求婚の話をしに、外交官として面会を求めるのはあれだしねー。
そんな野望を抱えつつ、僕は行きつけのお店に行くと……。
「いやー、面白い物が出てきましたねー」
「だね。なんであんな発想になったのが理解できないよ」
「発想の元があったと思うべきですね。特殊な機構を思いついて作ったにしては既にきちんとした形になりすぎている」
「まあ、強度が全然足りていないですからな。だからこそ、魔術を撃つ道具として機能させたとみるべきですな」
そんな、聞き覚えのある声がしたので、店員さんの案内をちょっと待ってもらって、声がする場所を覗いてみると。
「あまちゃんですよねー。って、鍋がいいかんじですよー」
「おー、鍋、鍋!! ん? あれ、エージルじゃないか。どうしたの?」
「おや、珍しいですねこんなところで」
「仕事帰りですかな?」
ウィードというか、世界最高峰の頭脳の持ち主が集まって、鍋をつつこうとしていた。
「いや、仕事帰りだけど。みんなこそ、こんなところで何やってるんだよ……」
一応、立場的には礼儀をわきまえて話さなければいけないが、この4人は既に研究者仲間として仲良くなっているから、公式の場でもない限り、こんな感じで話している。
研究対象の討論会とか、敬語もクソもないからね。
「なにって、普通にご飯ですよー」
「そうそう。面白い案件が入ってさ。その前にしっかり腹ごしらえをってね」
「始める前に無理にでも食事に連れてこないと、ナールジアさんはアイスクリーム。コメットに至ってはご飯を食べずにやりますからね。体調管理にも気を配らないと、所長の私が怒られるんですよ」
「はは、ザーギス殿は大変だな。だが、研究に夢中になる気持ちもよくわかる。と、そこはいいとして、エージル殿も食事に来たのなら、一緒にどうかね?」
「なるほど。そういうことならご一緒するよ」
興味を惹かれる話もしてたしね。
店員さんに断りをいれて、僕はナールジアさんたちと一緒に食事をすることになった。
「はふはふ。んー。お豆腐がいいですねー」
「鶏肉も美味しい」
「良い出汁がでていますね」
「味噌ベースはなかなかくせになるな。で、エージル殿は味噌のスープは口に合うかな? どうぞ」
「いや、好きだよ。というか、ここは行きつけで、結構お世話になってるんだよ。んー、美味しい」
相変わらずの良い出汁と味噌が絡み合って、これだけでご飯がいけるね。
まあ、ご飯は締めだけどね。だが、うどんも捨てがたい。
鍋を食べた時の究極の選択だよね。
「ほほう。それはよかった。故郷の味を気に入ってもらってよかったよ」
「いやー。何をいうんだい。元々はタイゾウ殿が研究の合間に鍋を作ってくれたのが始まりだよ」
「おや、そんなことがあったかな?」
「ありましたよー」
「あったね。おかげで、私たちはこうして、鍋屋にしばしば足を運ぶことになったんだよね。いやー、美味しいから万々歳だけど」
「私としては、ユキの所でやった鍋の食べ比べが良かったですね」
「なんだいそれは!? ユキの所でそんな美味しそうなことをやってたのかい!?」
「ええ。確か……」
そこで、聞き出した話しによると、ユキたちは定期的に知り合いを集めて、鍋パーティーをやっているようだ。
なんて羨ましい。僕もぜひ御呼ばれしたい。
で、そんなこんなで追加の具を注文して、食べながら話は、最初の面白い物の話になっていく。
どうやら、新大陸の方で、カグラたちの故郷であるハイデンに、あの超兵器である銃を持っている軍が復興支援なんて馬鹿げた名目を引っ提げてやって来たらしい。
「また、ユキは厄介ごとを抱え込んだんだね」
「銃に関係することだからねー、無視はできないよ」
「って、ちょっと待ってください。エージル殿にそこまで話していいんですか? 一応、機密ですよ?」
「大丈夫ですよー。イフ大陸の人に話したところでどうにかできるわけでもないですしー」
ナールジアさんの言う通り、私が何かを知っても出来ることなんかたかが知れている。
というか、そもそも見たことも無い銃という超兵器を理解できる上層部の連中が何人いるか。
万一作れといわれてもそう簡単に作れる物でもない。
ここは聞き流すのが一番だ。
下手に報告して、調べて来いとか言われると仕事が増えるだけだからね。
僕の寿退役が遠のく。
そんな妄想をしていると、タイゾウさんが意外なこと言う。
「そうだ。よければ、エージル殿も解析に参加してみないか?」
「え? いや、流石に問題があるだろう。一応機密だし」
参加してみたい気持ちは確かにあるけど、これは機密に関わることだ。
それに僕を入れるっていうのが不味いのは分かる。
「まあ、それはそうなんだが、脅威度は今の所は低いと私たちは見ている。というか、銃と言ったが、パッと見た感じの構造は魔術の杖なんだ」
「魔術の杖っていうと、魔術を撃ちだす杖ってことかい?」
「そうだ」
「銃の形をしていて?」
「そうですよー。だから面白いんですよー」
「そうそう。だからエージルも見てみないかい? って誘ってるんだよ。意外と面白い発見があるかもしれないからね」
「……はぁ。私が始末書を書く羽目になるからやめてほしいのですが」
と、ザーギスだけは僕の参加に否定的なようだが、他は好意的、というか一緒にやろうといってくれる。
通常の仕事が無いなら二つ返事なんだけど……。
「ああ、仕事の方は問題無い。こちらから説明しておく。もとよりエージル殿は技術習得者の筆頭だろう? そこでいけるだろう」
「ああ、そういえばそうだったね」
各国からウィードへ技術を学びにくることは、大陸間交流会議で決定している。
今はその学ぶ人の選定をしている最中だが、僕は既にメンバーとして確定しているのだ。
なにせ、こんなチビでも、エナーリア随一の天才だからね。
とはいえ、この人たちに比べると霞むけど。
まあ、そんなことはいい!! これで僕が書類仕事をさぼる格好の理由ができたわけだ!!
「そういうことなら、喜んで参加させてもらうよ」
ということで、仕事をさぼることにも成功したわけだ。
まあ、仕事をさぼるとは言っても、やることは技術的協力だから、こちらも仕事といえば仕事には間違いないが、僕としてはこっちの方が性に合う。
あ、ちなみに、本日の締めはうどんだった。味噌にはよく合うよね。
「で、これが例の銃か」
「そうですよ~。はい、こちらがジョンくんが調べたスペックです~」
膨れた腹を抱えながら見ているのは例の銃だ。
現物を目の前に、ナールジアさんから資料を受け取って目を通した限りでは……。
「……本当に、銃の形をした魔術の杖だね。これは妙だね」
「だろう? 妙、おかしいとしか言いようのない構造だ。イフ大陸の魔剣や聖剣、ロガリ大陸でいうなら、エンチャント、魔術付与の道具なんだよ。なのに、弾丸を撃ちだすための機構が付いている。にもかかわらず、各パーツの強度は全然なんだよ」
そうコメットに言われて、強度項目を見ると……。
「うわぁ。2個壊れたのか」
「ええ。ジョン将軍が持ち帰って来た5丁の内、2丁で試射してみたのですが、弾を撃ちだす衝撃に銃身が耐えられませんでした。本当にただ銃の構造を真似ただけですね」
「ザーギス殿の言う通り、本当に銃の構造を真似ただけの代物だ。これを見てエージル殿はどう思う?」
そう聞いてくるタイゾウさん。
いや、全員が僕の回答を待っている。
これは、下手なことを言えば、評価を落とすね。
とはいえ、見たままを言うしか僕にはできない。
「先に断っておくけど、僕はみんなよりも基礎的な知識で圧倒的に劣っている。まともな答えが出来るとはかぎらないよ?」
「そのまともじゃない答えが欲しいですねー」
「そうだね。私たちじゃ見えない何かに気が付いてくれるかも」
「あんまりプレッシャーを与えるのはどうかと思いますがね」
「とまあ、みんなを見ればわかると思うが、気にしなくていい。エージル殿の感じたままを言ってくれるだけでいい」
「わかったよ」
まあ、聞かなくても、この人たちは頭がいいとか悪いとかにこだわる人たちじゃない。
興味があることをただひたすらヤル人種なんだ。
「ま、僕が資料や現物を見た感じをいうと、おそらく、これを作った人物は、本物の銃に近づけたかった。とかじゃないかな?」
僕がそう言うと、みんな頷く。
「ですよね。きっとこの銃もどきを作った人は、本当はちゃんとした銃を作りたかったんだとおもいますよね」
「だろうね。そうでもないと、ここまで真似たりはしないよ。魔術の杖を作るならこんな面倒な機構にする必要はないんだ」
「そこは私も同意です。この銃もどきを作った御仁は銃を作りたかったのでしょう」
「だが、現状は耐久が全然伴っていないので、魔術の杖として転用をした。というところかな」
やはりというか、みんな同じ意見のようだ。
これは魔術道具として作った物ではなく、本来は銃を目指して作ったのが、要求耐久値に達しておらず、この使い方になったはずだ。
「しかし、今の問題点はこれがどのような物であるかをユキに伝えることだろうから、どういうふうにまとめるつもりなんだい?」
この武器の開発の経緯はユキも知っておきたいだろうが、それは知っておきたいだけであって、今必要な情報ではない。
これの解析、調査をしてくれと言ってきたのには、他の目的があってのことだ。
これが、軍に配備されているとなると……。
「そうですね~。ユキさんの知りたいことは、この銃もどきの脅威度と、本物の銃が生産されている可能性の有無、でしょうね」
「あとはこの銃もどきの弱点だね。まあ、見るからに脆いんだけどね」
「それはウィードから見ればですね。撃ち出せるものがファイアーボールとはいえ、これで30発も撃てるのは十分に脅威です。しかもこれを3000人近くが兵器として所持しているとなると、かなり警戒しないといけませんね」
「ザーギス殿の言う通りだな。戦力という観点からみれば相当な脅威だ。これらを相手にした時の対処を知りたいのだろうな」
タイゾウさんの言う通りだろう。
軍人としての観点から、この兵器の弱点は知っておかないと、被害が甚大になる。
ユキが率いるウィードの軍ならば、この程度で負けはしないだろうが、損害が減らせるのであればそれに越したことはない。
それに、兵器がこれだけと思うのも馬鹿の所業だ。
恐らく、更なる新兵器がシーサイフォ王国では常に開発されていることだろう。
そのために、僕たちがこの場でしっかりと分解研究して、シーサイフォ王国の設計思想を調べる必要があるわけだ。
と、そんなのは建前で、こういう珍しい道具を分解して相手の思うところ、技術を知るというのが僕を含めてこのメンバーは全員が好きなだけなんだよ。
「「「ふふふふ……」」」
と、全員新しいおもちゃを手に入れて、夜通し色々やって朝を迎えたところに……。
「……何やってるんだ、エージル」
銃の情報を聞きにユキが来て……。
「ん? 君の為に、銃もどきの調査をしていたのさ。はい、コレ、資料だよ」
僕がにこやかに資料を渡すと、苦笑いしながらユキは受け取るのであった。
なんというか、もうさ、僕の居場所はここしかないと思うんだよねー。
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