第329堀:突入作戦と成果

突入作戦と成果



side:デリーユ



妾は今、目の前の報告書や資料とにらめっこをしていた。

夫、ユキから、別の組織が魔剣を開発している可能性ありとの報告を聞いて、即座に、潰しにかかるための準備を開始したのじゃが……。


「デリーユ様。何か問題でも?」

「いや。ユキの判断は妥当じゃ。じゃが、もう少し何かないかと思ってな」

「もう少しですか?」

「うむ。ユキの今回の潰し作戦は、あくまでも被害拡大を防ぐためじゃ。裏にいる、魔剣を開発している組織を洗い出すのではなく、いぶりだす類じゃ」

「そう、ですね。確かに、拠点を潰すのは力技ですから、どちらかというといぶりだしですね」

「まあ、それしか行動の取りようがないのじゃがな。どこの国が魔剣を所持しているかはマークを付けただけで、本格的に調査して裏を取った訳ではない。いや、調査途中、候補にヒフィー神聖国が上がって、それだけと決めつけておったからな。そこで調査が止まっておるのじゃ」

「なるほど。で、もう少しとは?」

「そうじゃな。できれば、その魔剣を別件で供給している組織の下っ端でもいいから、確保したいのじゃが、ミノちゃんの一件ですでに警戒態勢をとっている可能性もあるんじゃよな……。やっぱり突入して、手柄はアグウストに譲ったほうがいいかのう?」

「うーん。正直、私には判断しかねます。しかし、私としては、主様からの指示優先ですね」

「うむ。霧華の立場ではその判断が正しい。じゃが、ユキの妻たる妾たちは、それではいかんのじゃ」


そう、いつまでも、ユキにおんぶに抱っこではいかんのだ。

確かにユキは凄まじく仕事ができる。

しかし、体は一つしかない。

今のところは、仕事が集中しないように、のらりくらりと躱して、なんとか減らしておるが、いざとなればあの夫は自分一人でしょい込むのが、目に見えておるし、妻たち全員が理解している。

セラリアや妾たちの出産、出産後の心配のしようを見て確信したわ。

あの、優しい夫は忙しければ忙しいほど、きつければきついほど、笑顔を絶やさぬのじゃ。

全く厄介な。


妾は、あの時のように、何もできない存在ではない。

ユキの下で学び、今まで以上にいろいろな意味で強くなった。

二度と、現状にうぬぼれ、他人任せにして、幸せを失うことなどあってはならぬ。

ユーユやサクラたちには、幸せな世を生きてほしい。

妾のように父や母、兄弟姉妹と死に別れるようなことは絶対にさせたくはない。

……絶対に、愛しい夫を失いたくない。


「デリーユ様。お気持ちはわかりますが、主様はじきに戻ってきます。その時に迷って行動をしていないというのはまずいかと……」

「じゃな。時間は限られておる。……よし、拠点襲撃は予定通り深夜じゃ。出入りは今まで通りに監視。襲撃後も監視を続行、変にコンタクトをとろうとする者がいればマークをつけておくように」

「了解しました」


はぁ、そんな簡単に名案が思い付くわけもないか。

とりあえずはユキの手堅い作戦通り、深夜に襲撃をかけて、何かの証拠があれば確保じゃな。

運よく、取引相手がいればいいが……。

そんなに都合よく行かんじゃろうな。

全く、夫に迷惑ばかりかけおってからに!!

……魔王の妾も言えたことではないか?

ま、そこはいいではないか。

今では良き妻じゃから、水に流しておこう。


「じゃが……」


ユキやタイキ、タイゾウといった異世界人の力によらず、コメットというダンジョンマスターの力にもよらず、ヒフィーという神の力にもよらず、どうやって、魔剣を製造するというところまで行きつきおった?

いや、妾らの大陸では普通にナールジアが作れるが、この新大陸では異常じゃ。

一体、どれほどの組織が裏におる?

今までの経験から、なんとなくではあるが、生半可ではない大きさの組織がいるような気がしてならん。

この作戦では、なるべくこちらの情報がばれぬように、アグウストの仕業と思わせる必要があるな。


「念には念をいれるか……。霧華」

「はい。こちらに」

「妾たちの突入服はアグウストの専門部隊のどこかの服を手に入れられんか?」

「それはどういう?」

「ミスリードを誘ってみようと思う。妾たちの姿を隠す目的もあるが、専門部隊の服を着ていけば、万が一妾たちの襲撃を見ている関係者がいても、そちらに探りを入れてくるじゃろう。正直、アグウストに来てから一週間そこらじゃ、それだけの監視で、魔剣を持つならず者全員の確認が取れたとなんぞ思えんからのう」

「いい手に思えます。しかし、アグウストの専門部隊となると……正直把握しておりません。さすがに、イニス姫様の近衛を囮にするのは問題があるように思えますし」

「そうじゃなー。そうじゃ、クリーナに連絡を取って、何かいい部隊がないか聞いてみようかのう」


クリーナがアグウスト出身で助かったわ。

うむ。やはり、こういうハーレムはあると楽じゃのう。

他所との繋ぎが身内な分、楽じゃ。



「というわけじゃ。何かいい部隊はしらんかのう?」

『ん。内容は理解した。その提案自体はいいと思う。ユキの負担軽減にもつながる。そこで、私からもその案に、さらなる提案がある』

「なんじゃ?」

『イニス姫様に話を通しておいたほうがいいと思う。そうすれば、向こうも全面的に協力してくれるはず』

「そうか? そっちの部隊の名前だけ貸してほしいという内容じゃぞ?」

『ん。それも含めて。私達が外から見ることも大事、だけど中にいる人からの報告もあればよりいいはず。私達が名前を借りて動くと言っておけば、そっちの部隊はフリー。つまり、周りに警戒できる。探りを入れてくる相手を捕縛するのに有効』

「なるほどのう。……わかった。イニス姫に話を通してみよう。連絡の関連は渡した魔術通信球で聞いたということにしておく」

『わかった。そっちの方向で話を合わせるようユキに言っておく』

「頼む」

「話はまとまりましたか?」

「うむ。やはり1人で考えてもいかんな。持つべきものは妻仲間じゃ。ということで、イニス姫に面会して、事情を話して、都合がいい部隊の名前と部隊服を貸してもらうとする。突入のメンバーの選出を頼んだ」

「わかりました。お気をつけて」


ふぅむ。

……なんか、妾、結構働いてない?

今まで、妊娠出産、子育てであまり新大陸でパッとした活躍をしてないからか?

あとで、ユキに褒めてもらおう。



「こちらからも、ラライナ、ユキ殿から確認はとれた。デリーユ殿の言うことはもっともだ。むしろ、そうやって陽動や実働をやってくれると、今の状態では非常にありがたい。しかし、クリーナの件といい、この前の非礼といい、なぜ私たちにここまで協力的なのだ? 言っては何だが、どう考えても私達アグウストの印象は良いように見えない。身内の私から見てもだ……」


ふむー。

こうやって面と向かって話すのは妾は初めてじゃが、しっかりしておるではないか。

妾が王女をやっておったときより数倍ましじゃ。

と、いかんな。返事をしなくては。


「簡単じゃよ。すでに学府やエナーリアで名が通っておるからな。妾たちが通った箇所が潰れていると思われるとなると、狙われるのは……」

「そういうことか。確かに、妨害しているように見えるな。となると、ユキ殿の傭兵団が狙われる可能性が高いか。だから、一度ここで、注目をそらしてみて、自分たちのことが知られているのか、いないのか確認するわけか」


頭の回転も悪くない。

横にファイゲル老もおるし、問題があれば修正するという体制じゃな。

自分一人で考えることの脆弱さも理解しておるか。


「さて、ファイゲル。デリーユ殿たちに名と服を貸し与えるのに都合のいい部隊はどれかあるか?」

「ふーむ。さすがに、犯罪者の集団の取り締まりに、姫の近衛を動かすのはいささか違いますな。取り締まりというより、軍ですからな……。治安の関連の方で、それなりに名が通っている……ですか、魔術の不正使用の取り締まりの部署がありましたな」

「ああ、あれがあったな。それなら、魔剣を貯蔵しているとされる所に行っても不思議ではないし、それなりに名も通っているか。ならそこの制服で決まりだな」

「説明の方はどういたしますか? さすがにデリーユ殿たち、傭兵団に場を譲るといわれると面子が潰れますぞ? 忙しくて手が一杯であったとしてもです」

「そうだな……。ならデリーユ殿たちは私の願いで探りを入れているということにしておこう。私の独断だ。結果、魔剣が出てきたから、その後の制圧を委譲する形でどうだ?」

「それなら問題はなさそうですな。あとは、デリーユ殿たちが突入している時に、逃げた輩を押さえる方法は……」

「場所は把握しているし、その時に私の近衛を周りに配置しておけばいい。私服でも着せてな」

「それで問題ないかと」


いいコンビではないか。

特に妾も今の話に問題があるとは思えぬ。


「まあ、大丈夫だと思うが。デリーユ殿、危険になっても私達は表向きに手は出せんぞ?」

「わかっておる。この作戦は妾たちの認識を確かめるのも含めておるから、姫様の方から兵が来ては無意味じゃ。なに、危なかったら逃げてくる」

「そうか。無茶をしないのならいい。デリーユ殿たちに何かあればクリーナやユキ殿が怒りそうだ」


うむ。

怒るな。

しかも、ユキが怒ればどれだけの被害が出るかわからん。

無暗に破壊などと分かりやすい被害は出ないだろうが、気が付けば全部なくなっているようなことが起こりそうじゃ。

あれはそういった、方向性が全く違うのじゃ。

妾としては頼もしい限りじゃが。


さて、話は協力してくれる方向で纏まったし、あとはさっさと制服をいただいて、今夜決行するだけじゃな。

……ユーユのことはキルエに頼むか。

本当に、妾たちの邪魔ばかりしおるな、世界の問題というのは……。



深夜、そろそろ決行の時間が迫っていた。


「さて、霧華。様子はどうじゃ?」

「相手に特に変な動きはありません」

「じゃ、予定通りでいいな?」

「はい」


妾もコール機能のMAPで確認する限り、特に妙な動きは見えない。

……外部の接触もないか。


「しかし、なぜ、姫様がここにおる?」

「私がGOサインを出したようなものだからな。責任者がいないのはまずいだろう」

「その服。よくもっておったな」


なぜか一緒についてきたイニス姫は、一般人がきる粗雑な服をまとっている。髪は荒く束ねて、これまた安っぽい紐で結んでいるだけだ。


「ふふ、私もよく街にはこうやって出ておるのだ。こういう姿でないと聞けない情報もあるからな」

「それは、ファイゲル老や周りの者に取り、非常に胃が痛い話じゃな」

「固いことはいいっこなしだ。で、どうやって攻めるのだ?」

「いえ、攻めませんよ」

「そうじゃな。これを使う」


そういって、小さい袋を見せる。


「なんだこれは?」

「睡眠薬です。液状の睡眠を促す液体が小瓶に入っています。これを、窓から部屋にこっそり流し込めば……」

「中の連中はぐっすりというわけか」

「そういうことじゃ。起きている連中がいればそれは気絶させるがな」

「素晴らしい作戦だな。しかもその睡眠薬。そんな効力の高いものなど聞いたこともないぞ? 眠れぬ人に処する薬草ぐらいは知っているが、起きている人を眠らせるほどの薬品か……」

「さすがに、これは教えられんぞ?」

「わかっている。ただ、ユキ殿の傭兵団と事を構えるのは得策ではないと言う思いがこれでさらに強くなった。気が付けば全員やられていそうだ」


その判断は間違っていないな。

ちゃんと保つべき距離は分かっておる。

本当に利口なことじゃな。

まあ、こちらの能力把握や、重要物品の持ち出しを警戒してのことだろうが、悟らせるようなことはせぬよ。


「窓と扉それぞれ二か所から流し込んできました。これで、10分もすれば十分に効きます」

「よし、なら10分待って突入じゃな。重要なものを調べて確保。それで、残りはこの制服を貸してくれた部隊に譲る」

「そうしてくれると助かる。そういえば眠っている時間はどれほどだ?」

「多少個人差はありますが、1、2時間で起きるようなものではないです」

「そうか、ならば私たちが見て回った後、すぐに来てもらっても十分間に合いそうだな」

「ああ、そういうことか。大丈夫だと思うぞ。まあ、薬品のことは黙っててもらいたいが」

「当然だ。適当に私たちが気絶させたと知らせるさ」


と、そんな雑談をしつつ、10分を待つ。

ステルスモードでコール画面を開いて確認する。

ユキの指定保護に含まれていない人は見ることはできないが、一点を見つめるので、察しのいい奴は魔術的、スキル的技能を使っていると予測がつくから、基本的にこのような使い方はしない。

……どうやら、マーカーを見る限り、全員が停止しておるな。表示もステータス異常を示す紫に変わっておる。

まあ、これで油断するつもりはないが、こうやって敵の情報を丸裸にできるダンジョンマスターのスキルはすごいのう。

というか、ユキ以外のやからが、どれだけアホだったかということじゃな。

……妾の弟も含めてじゃが……。


「さて、そろそろ時間です」

「よし、ならば行くかのう。姫様も遅れるなよ」

「わかっている。足手まといにはならん」


そういった後、頷き合って、すぐにその倉庫に入り込む。

こっちも薬品にやられないために、マスクをつけているから、制服の帽子も相まってほとんど素顔を隠せている。

無論、姫様もマスクを渡している。

中に入って即座に、近場に倒れこんでいる相手の様子を伺う。


「こっちはしっかり寝ておるな。そっちは?」

「こちらもちゃんと寝ています」

「同じく効いている」

「どうする? 縛っておくか?」

「うーん。手早く柱にまとめて縛っておくか」

「わかりました。それは私が引き受けます。デリーユ様、イニス姫様は奥に行って調査の方を」

「わかった」

「頼んだぞ。霧華殿」


そうして、2人で奥の部屋へと入っていく。

幸い、この倉庫の構造は単純で、入ったでかい倉庫と、管理室であろう小さい部屋、そして何か貯蔵用の地下だけとなっている。

まずは、管理している資料がありそうな小さい部屋に行く。

中では同じように人が3人ほど眠りこけている。


「本当によく効く薬だな」

「まあのう」


実のところ、風の魔術で中にしっかり行き渡るようにしていたのじゃ。

そよ風程度だから気が付かんかったのだろうが。

こういう、魔術と科学を組み合わせた小細工は得意よのう、あの夫は。

こちらも、パパッと縛って、分かりやすそうな場所に置いてある資料をとってみるが、特に目ぼしいことは書いてない。


「……本当にここに魔剣が貯蔵されているのか?」

「本命は地下じゃ。しかし、なんというか本当にチンピラじゃな」

「ああ、いくら何でもって感じがする」


ここまでの相手は、魔剣を持って戦って、ようやく正規兵みたいな連中ばかりだ。

なんでこんな連中に?

まあいい。次は地下だ。

わざわざご丁寧に、入り組んだ木材で入り口を隠してあるから、多少は期待していいだろう。

そして、地下に入ると、そこにはチンピラとは違う、立派な服装を着込んだ男が倒れていた。


「こいつは」

「知っておる顔か?」

「アグウスト国内で手配中の盗賊でハイドという。毎度使う魔術が違うから手を焼いて、やたらと逃げられる。どうしてかと思っていたが、ここで魔剣を受け取っていたせいか」


ほう。

なるほどな。

それなりの手練れもいたということか。

とりあえず、まずは魔剣を見つけたほうが早いか。

そのハイドをさっさと縛り上げて、積み上げてある木箱の一つを降ろして中をみれば……。


「本当にあったな」

「なんじゃ、信じておらんかったのか?」

「いや、そう言う意味ではない。魔剣が本当に大量にあるのは信じがたくてな」

「ああ、なるほどな。と迂闊に触るなよ。変な術で操られるみたいな報告はきいたじゃろう?」

「わかっている。すぐに予定通り、魔術取り締まり部隊を呼ぶ、私の近衛もだ。ここまで物的証拠があれば、動かして問題あるまい。行ってくる」


そういって、姫様はすぐに地下から飛び出す。

妾は残って調べ物をしてみるかのう。

このハイドとかいう盗賊、盗賊という割には身なりが綺麗な気がする。

……使い込んだ武器や防具ではあるが、手入れを欠かしておらぬな。


「ん? これは手紙か?」


それを開いて目を通す。


『より高精度な魔剣を貴公に授ける。これからもわが手足となり職務に励め。盗賊ハイドへ、偉大なる覇王ノーブル・ド・エクスより』


これはこれは、残りの二か国のうち、人国は一つ。

まあ、わかりやすい、エクス王国か。

さて、これを信じるかどうか? ブラフか?

規模的には国がバックにいても不思議ではないが……。

いかんな、今、妾だけで答えを出すのには情報が足らんし、早計だな。


とりあえず、一定の成果ありじゃな。


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